6. ICBM

 エイジは高度3万メートルの制御室の窓から外を眺め、沈んでいく夕日を眺めていた。隣にはアンドロイドの姿で現実世界に現れたシアンが並んでいる。アンドロイドは顔こそ美しくVRと同じクオリティだったが、身体は武骨なカーボンファイバー製で、動くとモーターの音が響いていた。


 この高さまで来るともはや空は真っ黒であり、宇宙に来たような感覚になる。思い付きが形になり、今、自分は宇宙の入り口に立っている。それはとても嬉しいことである半面、狼煙のろしを上げてしまったようなものであり、これから始まる既得権益層との軋轢を考えると胸騒ぎが止まらない。


「なぁ、シアン。本番はこれから……だよな?」


 エイジが聞くと、ウィン、ウィ――――ンと、モーター音を響かせながらシアンはエイジを見つめ、


「そうだね。すでに弾道ミサイルの照準はここに合わされちゃってるね」


 と、嬉しそうに物騒なことを言う。


「だ、弾道ミサイル!? ど、どこの?」


「X国だよ。でも、ちゃんと撃ち落とすから大丈夫! きゃははは!」


 シアンは楽しそうに笑うがエイジは心臓がキュッとなり、渋い顔で胸を押さえた。


 X国は以前は軍事大国として世界を二分する勢力であったが凋落ちょうらくし、じり貧となっていた。資源が採れるために経済的にはまだ体裁を保っているが、巨大風力発電所などシアンの技術がどんどん広まっていくと、経済的にも追い込まれると考えているのだろう。しかし、だからといって叡智の塔を破壊するなんて愚挙ぐきょに出るだろうか?


 エイジは目を細めて、水平線の向こうに沈んでいく太陽の鮮やかな赤い閃光を眺め、大きくため息をついた。



         ◇



 しばらくは何事もなく、テーマパークとして叡智の塔はにぎわっていた。AIを巧みに使った乗り物がスリル満点の運転をし、可愛いロボットが親切丁寧にアテンドし、また話し相手になっている。来場者はその近未来的なおもてなしに驚嘆し、新たな時代を体感していく。


 しかし、X国は着々と軍備を整え、近海で軍事演習を行い始めた。


 エイジたちは秘密基地へと身を移し、会議室でX国の配備状況のマップをスクリーンに映し、対策を考える。


 エイジは腕組みをしてそれぞれの兵器の性能や数などをチェックしながらため息をついた。


「これ、攻撃してくるかな?」


「間違いなく来るよ。きゃははは!」


 シアンは嬉しそうに笑った。


 エイジはウンザリしながら首を振り、


「塔は守れる?」


 と、聞く。


「ミサイルとか、レーザー砲で撃ち落とせる攻撃なら無効化できるゾ!」


 そう言いながら胸を張るシアン。


「守れない攻撃というと?」


「身をていして突っ込んできた時、どうするかだよね? 人を殺していいの?」


 シアンは小首をかしげ、碧い瞳でエイジをジッと見つめる。


 エイジは言葉を失う。塔をしっかり守ろうとすればそれは人を殺さざるを得ない。しかし、塔は人命より重いのだろうか?


 嫌がらせならいろんなやり方で回避できる自信があった。しかし、命がけで攻撃してくる存在がいるなんて想定もしていなかった。エイジは自分の平和ボケに呆れ、首を振った。


「ちょっと考えさせてくれ」


 エイジはそう言うとベッドルームへと引きこもった。



      ◇



 翌朝未明、シアンがベッドルームに飛び込んできてエイジを叩き起こした。


「パパ――――! 来たよ、来た来た! きゃははは!」


 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぎながら笑うシアンを見てエイジは寝ぼけ眼をこする。


「な、何がきたんだ?」


「ICBM、大陸間弾道弾だよ!」


 エイジは一瞬で目が覚め、飛び起きて会議室へ走った。


 会議室では大きな画面があちこちに投影されており、世界地図の上をいくつもの光点が塔をめがけて移動している。


 塔の現地からの映像では、地上に設置されたドーム状の屋根が開き、何かが狙いを定めるように動いていた。


 直後、ドームからは激しい閃光が放たれ、画面が真っ白になる。


「あったりー! きゃははは!」


 シアンが嬉しそうに笑う。


 すると、地図上の光点が次々と消えていく。どうやらレーザー砲で弾頭を破壊しているようだ。


 しかし、今度は別のマップに動きがあった。いくつもの交点が一気に塔を目指し始めたのだ。どうやらそれは戦闘機のようだった。


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