7. 我が祖国に栄光あれ

 X国のエースパイロット【ガヴリ】は荒れる海を疾走する空母から無事発進をこなし、一気に高度を上げていく。偉大なる祖国をおとしめる悪魔の所業を正すため、特別任務を受け、飛び立ったのだった。


 制空権のない中での強行突破である。帰還はもとより諦めている。


 ガヴリはアフターバーナーのスイッチを入れ一気に加速する。シートにグググっと押し付けられながら歯を食いしばって耐えた。やがて、ドン! という音とともに音速の壁を突破する。その圧倒的加速はマッハ2を超え、塔へ一直線に迫っていく。


 しかし、これで帰りの燃料はなくなった。もう空母へは戻れない。塔を破壊して歴史に名を刻む以外道は無くなったのだ。


「敵機5機、スクランブル確認! ガヴリ隊はターゲットを目指せ!」


 僚機から無線が入る。予定通り空中戦を彼らに任せ、自分たちは塔に正義の鉄槌てっついをくれてやるのだ。


「イエス、サー!」


 ガヴリは右上に舵を切り、雲へと突っ込んだ。激しいGが襲ってくる。何とか必死に耐えながら操縦かんを握り締めた。


 やがて雲を抜け、一気に夜明けの空が広がる。


 ヨシ! と思ったガヴリはふと横を見て言葉を失った。そこには真っ赤に燃えるような花がはるか高みに咲き誇っていたのだった。


まだ薄暗い夜明けの空に叡智の塔の気球が朝日を受けて輝いている。思ったよりずっと高く、宇宙の入り口に咲き誇る真紅の花、それはガヴリが今まで見たどんな物よりも美しく、どんな物よりも神聖に思えた。


 大統領は『自分たちの国をけがす悪魔の塔だ』と叫んでいたのだが、こんなに美しい悪魔の塔などあるのだろうか?


 一瞬ガヴリは心が揺らぐ。ドッドッと高鳴る鼓動に手が震えた。


 直後、ガガッと無線機が鳴った。


「ガヴリ頼んだぞ! 我が祖国に栄光あれ! うわぁぁぁ!」


 飛び込んでくる僚機の無線。画面には次々と地対空ミサイルを受けて撃墜されていっている様子が映る。もう残っているのは自分だけ。


「あ、ああ……」


 もう引き返せない。さいは投げられたのだ。


 ガヴリはギリッと奥歯を鳴らすと、ミサイル発射ボタンのカバーをパキッと外し、一気に押し込んだ。


 激しい衝撃音とともに4発のミサイルが白煙を上げながら塔に向って吹っ飛んでいく。


「行け――――!」


 叫んだガヴリだったが、その直後、なぜか全弾爆破されてしまった。


 へ……?


 ガヴリは目を疑った。仲間の命を犠牲ぎせいにしてまで放った渾身こんしんのミサイルが全く通用しない、そんなことがあるのだろうか?


 未知の力を行使する叡智の塔にガヴリはゾッとして背筋が寒くなった。ミサイルを撃墜できるなら自分も撃墜されてしまうのではないだろうか?



      ◇



 その頃、エイジは究極の選択を迫られていた。塔にまっすぐに突っ込んでくる戦闘機、これを撃墜していいのだろうか? 自分は人を殺すために生まれてきたのか?


「防御リミットまで後十秒!」


 シアンは無表情で頭を抱えるエイジを見つめていた。戦闘機の撃墜はたやすいことではあったがエイジの指示なしに殺人はできない。


 くぅ……。


 自分が推し進めてきたシンギュラリティの象徴であるタワー。それを襲うパイロット。彼らは命を捨て突っ込んでくる。一体なぜ? 自分は人類のためにやっているというのに。


 エイジはガン! とテーブルを拳で殴り、叫んだ。


不殺ころさずだ! 俺は人は殺さない!」


 そして、頭を抱え、耳をふさいだ。


 シアンは何も言わず、うんうんとうなずき、大きく息をつく。



      ◇



 ガヴリは目の前で急速に大きくなっていく真っ赤に輝く花を見ていた。


 なぜ彼らは自分を撃墜しないのだろうか? ミサイルを四発も軽々と爆破した叡智の塔が自分だけ撃ち落とさずに静かにたたずんでいる。理由は自分を殺したくないとしか考えられなかった。


 そんな慈悲深い叡智の塔を自分は破壊してしまう。それは祖国のためだから仕方ないとしても本当に正しかったのだろうか?


 そんな想いももう全てが手遅れだった。戦闘機は気球へと突っ込んでいく。


「祖国に栄光あれ! バンザーイ!」


 最期、ガヴリの視界は全て朝日に輝く花に覆われた。それは今まで見たどんな赤よりも鮮やかで心に響いた。


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