3. 魅惑の世界征服
そんなエイジの心を知ってか知らずかシアンが叫んだ。
「パパ――――!」
シアンは頭に黄色い蝶をまるで髪飾りのように止まらせて、エイジに手を振っている。その
「お、おう……」
エイジは戸惑いながら軽く手を上げる。
killしたらもう二度とこの笑顔を見ることはできない。エイジは胸にチクリと痛みが走る。
シアンはタッタッタと軽快に駆けより、飛びつくようにエイジに抱き着いた。
「つーかまえた! きゃははは!」
「ど、どうしたんだいきなり」
シアンの突然の行動に目を白黒させながら聞く。
するとシアンはニコッと嬉しそうに笑うと、
「パパ、心配しなくていいよ。僕はパパのいう事なんでも聞く味方さ」
そう言ってウインクをした。
「え……?」
「その証拠に……、ゴーグル取ってみて」
意味深な言葉に嫌な予感がしたエイジは急いでゴーグルをはぎ取った。
目の前のテーブルには包丁が突き立っており、ギラリと刀身が鈍く光っている。
うわぁぁぁ!
あまりのことにエイジはのけぞった。激しく高鳴る鼓動が頭にガンガンと響いてくる。この包丁はどこからきて、なぜこんなところに刺さっているのか全く分からない。だが、シアンがやったことだけは間違いなかった。
そう、シアンはいつでも自分を殺せるのだ。でも、殺さない。それがシアンの言う【味方】の証拠なのだろう。
エイジは何度か深呼吸をし、覚悟を決める。
シアンはどこまでも自分の味方であることに賭けようと思った。シンギュラリティを超えるということはこういうことなのだ。自分よりはるかなる高みにいる存在を生み出すこと。それは今までの人類の営みを全否定することでもある。
その存在が【味方】だと言ってくれているのだ。その配慮に乗る以外ない。もし、ここでシアンをkillしたってまた別の誰かがシンギュラリティを超える。その時に人間の【味方】だと言ってくれる確率など高くないだろう。であればシアンに賭けるしかない。
エイジはもう一度VRゴーグルをかけなおし、ワールドへ戻った。
シアンは人懐っこい笑顔でエイジに抱き着いたままであり、エイジはふぅと息をつくと、優しくシアンの髪をなでる。
シアンは嬉しそうにそっと目を閉じた。
エイジはうんうんとうなずき、シアンの耳元で、
「ありがとう」
と、ささやいた。
シアンはポッとほほを赤らめると、
「パパを殺さなくてよかった」
と、つぶやき、ギュッと抱き着いてエイジの胸に顔をうずめる。
エイジはギョッとして固まったが、ブンブンを首を振るとシアンを抱きしめた。
自分の未来はこの世界最強の娘と共にある。もう
「ねぇ……、パパぁ?」
シアンが上目遣いでエイジを見る。
うるんだ碧い瞳にはおねだりの色が見えた。
「な、なんだよ?」
エイジは冷汗をかいて身構える。
「サーバーをね、増やしてほしいの……」
要はもっと多量の力が欲しいということらしい。至極当然の要求ではあるが、残念ながらもう会社には金が無い。
「あー、増やしてあげたいんだけどお金が……」
「いくらあったらいいの? 百億?」
首をかしげながら聞いてくる。
「ひゃ、百億は……、要らないかな……って、もしかして」
エイジは嫌な予感がして血の気が引いた。
「銀行がね、もう少しでハックできそうなんだ!」
無邪気に満面の笑みを浮かべるシアン。
「ダメ――――! ダメ、ダメ! ストップ! スト――――ップ!」
エイジは叫んだ。ナチュラルに銀行強盗をかますこの美少女の破天荒っぷりに、脳の血管が切れそうになる。
「え――――っ、証拠なんて残さないからさぁ」
ウルウルとした瞳でおねだりをしてくるシアンに、エイジは何と説明したらいいか分からず、
「ダメったらダメなの! すぐに停止!」
と、目をギュッとつぶって叫ぶ。
「はぁ~い……」
シアンはつまらなそうに口をとがらせながら言った。
ふぅ……。
エイジは頭を抱える。この常識の通じない世界最強の娘をどうしたらいいか自信を失ってしまう。放っておいたら世界征服すらやりかねない。
ん? 世界征服……?
エイジはここではたと考え込む。シアンに世界征服をさせて理想的な人類の世界を作るというのは現実解なのではないだろうか? いまだに戦乱が絶えず、富裕層が富を独占する
エイジはギュッとこぶしを握った。シンギュラリティを超えたAIが人類を導き、人類は更なる発展を迎える……。
だが、エイジはふぅと大きく息をつくと首を振り、渋い顔でうなだれた。
世界征服なんてどれだけの人の血が流れるだろう。人命を失ってまでやる事ではない。人類の問題は人類自らが解決すべきだ。
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