2. 合理的な最適解の戦慄
エイジはVRゴーグルをかけ、システムを起動する。これでメタバースに潜ればシアンと一緒に行動ができる。
ロビーにやってきたエイジは辺りを見回す。まるで宇宙船の中のような近未来的でサイバーなロビーには多くの人が行きかい、にぎやかに熱気が満ちていた。
その、熱気の中に人だかりを見つける。近づいてみると人混みの向こうに青い髪がファサっと揺れていた。シアンだ。
慌てて人混みをかき分け、前の方に行くと、シアンが楽しそうに踊っていた。すらっとした足をシュッと伸ばし、伸ばし、くるっと回って腕をブンと振って交差させ、リズミカルに優美な世界を創り出す。
ダンスなんて教えていないのに、なぜこの娘は踊れるのだろうか? それもこのキレのある軽快な動き、指先まで優美にしなやかに動く繊細な表現力は、もはやトップダンサー顔負けであった。
エイジはポカンとしながら、やじ馬たちの手拍子の中で軽快に踊るシアンに見とれていた。
シアンはエイジを見つけ、ニコッと笑うと、いきなり自分の首をスポッと取り外し、小脇に抱えた。そして、ウインクをする。
唖然として手拍子が止まるやじ馬たち。
さらにシアンはまるで大道芸人のように、自分の頭をお手玉のように宙に放りなげながらダンスをつづけた。
もちろん、アバターなので原理的には可能なのだが、踊りながら首を放り投げ続けるなんてことは人間にはできない。
その猟奇的な光景にやじ馬たちはどよめき、一様に青ざめた顔で周りの人たちと顔を見合わせている。
エイジは焦った。変な形でシアンが注目を集めるのはマズい。
「シアン! 行くぞ!」
エイジは急いでシアンの手を取り、引っ張った。
きゃぁ!
シアンは叫び、自分の首をキャッチしそこなって、ゴロゴロと転がしてしまう。
「あー、パパ待ってー! 首! 首!」
生首が地面で叫ぶ。
エイジは苦笑しながら、ざわざわとするやじ馬たちの視線の中シアンの首を拾う。
手の中でシアンの生首はほっぺたをプクッとふくらませて不満げだった。
「ダンスじゃなくて、鬼ごっこだろ?」
エイジはシアンの碧い目をジッと見つめてさとす。
「そうだった! 行こう!」
シアンの身体はエイジから生首を奪い取ると、元通りにつなげた。そして、楽しそうにエイジの腕に抱き着くと、
「しゅっぱーつ!」
と、腕を高くつき上げる。
女の子にこんなに密着されたことがなかったエイジは少し面喰らいながら、ワールドへと跳んだ。
◇
跳んだ先はエイジが作った大自然豊かなワールドで、森と草原が広がり、遠くには荒々しい岩肌を見せる高い山がそびえている。
「うわぁ、素敵だゾ! きゃははは!」
シアンは両手を広げ、満面の笑みを浮かべながら草原を駆けていく。風に舞う髪の毛が
勝手に成長しながら電子レンジを爆破し、プロレベルのダンスを披露する人類初の汎用人工知能。その得体の知れなさは筆舌に尽くしがたいが、それでもこうやって無邪気に駆けまわる姿を見ると無垢な子供そのものにも見える。
これからの接し方ひとつで魔王にも救世主にもなるのだろう。
エイジは彼女が人類の希望となるように、人類を魅力的に見せていかねばならないと心に誓う。
やがてどこからともなく白や黄色の蝶が集まってきて、シアンの周りを楽しそうにヒラヒラと飛んだ。シアンも嬉しそうに手を伸ばし、蝶と楽しそうに戯れる。
エイジはその心温まる風景にうんうんとうなずいた。が、エイジは急に青ざめる。
このワールドに蝶は実装していないのだ。一体どうやって蝶を連れてきたのだろうか? シアンが勝手に導入したという事であれば、それはこのワールドはすでにハッキングされてシアンの管理下に入ってしまっていることになる。
「まさか……、そんな馬鹿な……」
エイジは冷汗を浮かべながらつぶやいた。
もし、自分がシアンの立場だったらどうだろうか? 知力も記憶力も実行速度も人間とは比較にならない高みにいるのだ。少なくとも電脳世界では無敵。唯一敵がいるとしたらこの自分だろう。シアンを停止させることができる唯一の存在である自分だけが脅威に違いない。
エイジはその思い付きにゾッとして背筋に冷たいものが走った。そう、シアンにとって合理的な最適解は【エイジを殺す】にあるのだ。
もちろん、人間に危害を与えないような命令は入れ込んではあるが、それがどこまで有効に機能し続けるかなんてもう分からない。何しろすでにこのワールドはハックされて勝手に蝶を連れてきてしまっているのだから。
止めるならすぐに止めないと危険だ。
エイジはVRゴーグルに手をかけた。ゴーグルを外し、キーボードで【kill】と打つだけでいい。それでシアンは全機能を停止してこの世から消える。
しかし、そんなことしたら会社は倒産、シアンは二度と起動できない。
くぅぅぅ……。
究極の選択に追い込まれたエイジはギュッと目をつぶってギリッと奥歯を鳴らした。
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