第三十一話/知的性行

「さて、敢えてレーザーと名乗ってはみたが——群は表立っても裏立っても活躍なんてものはまるでせず、自らのためだけに動き回っていたので名を知らずとも結構ッ! 知られているのならば恐悦至極。だが、事の本題はそこじゃあない。そこじゃあない」


 両の手を軽く開いて高笑いをする男に、不明の襲撃少女二人が警戒の姿勢を見せる。今の今まで俺達を相手取っていたにも関わらず、もう既に視界に俺達の姿は映っておらず、背中をこちらに向けて、少女らを挟んだ向こう側の男に身体の正面を向けさっきまで俺達にしていたように手のひらを見せつけている。


 恐らくあのポーズが能力の発動に関係があるのだろう。だが、あの破壊活動は行われない。


「やめておき給えよアリシア、アユリア・ユークリアス姉妹。諸君の【物体を引っ張るキャットキャミソウル能力】と【物体を引き離すbatbutbad能力】では一時的ですら群を退けることすらも出来ないものだ。役不足とは、言わない。役で言えば群も諸君らもそう大して変わらないのだから、過不足はない。敢えて不足点を挙げるのならば数くらいのものだけれど、けれどそこは実力にてカバーされているワケだから全く問題は無くなってるのさ」


 レーザーと名乗った男は口で語りながらも襲撃少女——アリシア・ユークリアスとアユリア・ユークリアスと言うらしい——を眼中には入れず、不審な人物に向ける類いの視線で見つめる俺とヴァンに微笑みかけてくる。


 存在を認められながらも無視されたことに激昂した襲撃少女二人はレーザーの忠告を切って捨てて、僕らにしたように手のひらをレーザーに見せつけるように開いた。


「貴女は誰?「知らない人よ。見られちゃったら、殺さなきゃいけないわ「そうねそうよね。では、さようなら」


 先程の奇襲で使われた見えざる破壊が開かれた手のひらから放たれる。


「ねぇー話聴けないタイプって嫌いなんだよね、群は。君らにゃ用事はないんだ。ここを通るであろうと踏んで出逢いの時を待ったのは姉妹の君らなんかじゃなくて、ソウル・ステップとヴァン・アストライアのコンビなのさ。わかるだろ? わからないのかなァ。本当の本当に理解出来ない? 割りかし単純な話だと思うんだがね。勿論わかってるでしょソウル・ステップ、ヴァン・アストライア……君達ならば」


 話を唐突に振られたために驚き戸惑い口籠る。

 横目に見るとヴァンは単純に警戒から答えていない様子だけれど、それ以上に気圧されているように見える。ヴァンがこういった状況に対して頼りないのは割と最初からそうだったので気にはしないけれど、狼もかくあらむといった形相で毛を逆立てて警戒する姿は見たことがない。


「ちぇっ、無視かい。でも君達は理解している。この阿保姉妹とは違って、群を軍として認め、身持ちの固い姿を見せているのがその証拠だ。Be sweet to love——見込み違いはなくこの瞳に一欠片の狂いもないことが証明されてしまったなぁ」


 語る声は留まらず、破壊の波を受けたレーザーは黒い霧となり散っていった。しかしこれは血液が四散する様を比喩表現で霧に見立てて書き留めたものではなく、文字通りに雲やそれに類する実態を持たない虚像として霧散し、平然と寄り集まって人の形を取り戻して見せたのだ。


 俺達はより一層警戒を強め、襲撃少女らも敵を睨みつける凶悪な視線から変質者や不審者を見る俺らと同じ警戒の視線に変貌する。


「だから言わんこっちゃない。それで自信とか無くされたら困るんだけどなぁ、仕方ないか。先んじて言っておくとここにもどこにも群を真の意味で殺せる奴は存在しないぜ。敢えて群の能力を明かしてしまうのだけれど【身体をプライド蟲にオブ転じるインセクト能力】なのよね。変じるんじゃなくて転じる。要は戻れないってワケ。笑っちゃうよね! 知識欲に塗れて方々に彷徨を重ねた結果、群は結構本の虫になるんだから。どれだけ運動をしたところで学者ってのはインドアだって示してしまったよ。まァ得られたモノも多いし、この身体はこの身体で便利ではあるから一概に否定もし切れないけども——群はカフカよりもブロンテ派なのよね」


 肩をすくめるレーザーに、その場の誰も反応しない。けれどその足が着実に前進を続け、今襲撃少女アリシア、アユリアの横を通り過ぎたことから時期に俺達の元に辿り着くのは明白。

 身体は、動かなかった。


「ああ、目的。そうだ目的を話していなかったからそんなにも警戒しているのか。そりゃ失敬、群は会話や相談の手合いがおんなじタイプの人間だからこの調子でも割と話が続いてしまうのさ。だからコミュニケーションを円滑に進めるって能力がいつまでも育たずにこんな人間としてすくすく成長してしまったのだけれど、やはり広く交流を持ち人間関係を深めておくべきだったと今になって反省が傷口から滲むよ。交流は直流じゃ駄目なのね。そりゃ交流は直流に繋げられないけれど、ハナから。交流なんだから」


 何が面白いのかケラケラ軽薄な笑い声を上げるレーザーの足が止まった。

 俺が接近に耐えかね剣の間合いに入った瞬間に抜剣し、その首筋に剣尖を突き立てたためか、あるいは元よりその位置で止まるつもりだったのか。彼の言を信じるならばレーザーは群生する蟲であり、首を切り落としたところで群れの内で幾ばくかが死ぬに限り大したダメージにはなり得ない。と考えると後者であろうが……不服だ。


「それ以上近付くな」


 俺の言葉に「構わないよ。声の通りには自信があるんだ」と訳のわからない返答をするレーザー。


 おいヴァン、こんな変質者と言葉を交わすとか正気かよって顔で俺を見るんじゃないぞ。護衛である君が喋らないからこうして俺がこんなのの相手をしているんだからな、今日は美味い飯でなかったら暴れるぞ。青年の駄々が見たくなかったらお前も道連れになるか美味い飯の準備をしておけよ。


「さてと、目的をか。うん、目的。目的意識っては重要だし、人は相手の目的を知りたがるのは十二分に理解出来る理に適った知識欲だ。何たって相手を知るのに目的と目標以上に人物を写すモノはこの世にはないのだからね。


「ああ、わかっているさ。さっさと喋れってんだろ? 仕方がないだろ、先に謝ったじゃないか。だから剣を突き立てないでおくれよ。首に声帯は無いけれど、やはり人の形を取っている時に首を狙われるのは生理的嫌悪感があるからね。


「いやホントごめん。目的だ。


「端的に言ってしまえば、宝石のカッティングだね。あーいや、比喩表現だよ比喩表現。坑道での会話だからその手のネタを紛れ込ませたかったの。炭坑だけどさ。


「はいはい、わかってるって。もっと略して話せってんだろ。だから君らを鍛えてあげようって言ってるの。腕は彼女らの保証付きだよ。君達が逃げる選択と特攻の選択、愚かな二者択一しか選ぶことの出来なかった連携攻撃を乗り越えたんだからね。


「ああ、ちなみにあの破壊の波は引力圏と斥力圏が二つ縦並びで接近することで発生する収縮拡散の技でね、確かに回避は困難なものではあると思うよ。引っ張ってぶっ飛ばすって単純明快痛快物理アタックはどうしたって対処が難しい。でも難しいだけで不可能じゃない。特にソウルくんにとっては朝飯前のハズだよ。あの技は二人の息を合わせなければならない都合、手を向けられてから二人の息が合うまでのタイムラグがあるからね。速度を溜めて狙われていても後の先を取ることが出来る。ヴァンくんだってナイフの投擲で後の先を取ることが出来れば勝機がない訳ではない。一撃の元に片方でも殺せれば後は単純な駆け引きだ。引っ張る方か突き放す方か二つに一つなんだから、多少苦戦するだけで全然勝てる。


「違うかい? 違わないだろう。


「まあ逆にこの場所で相手取るとなると連携攻撃をいかに出させないかってところがミソになるから見極めるウェーブにシームレスに移行した選択は正解と言えるけれど、でも最後の最後で自暴自棄になったのはいただけないな。見破れなかったからってそうするんじゃいけない。それも合わせるんじゃ駄目だったね、各々もっと個人主義でやってやらなきゃ意味がない。


「脱線した? すまないね、そういう性を背負っているんだ。リングよりは軽いけれど、決して降ろせぬ都合でね」


 最後に蒼教のシンボルマークでありケリィ・キセキ様の旗印でもあった指輪を引き合いに出されて結構ムッと来たが鼻での深呼吸で怒りを鎮め、長々話て大部分が無駄な話題の消費に終わったレーザーの台詞の中から大切な部分をピックアップしていく。


 目的は俺達を鍛えること。アリシア、アユリア姉妹に対しての判断間違い。協力性と主体性。

 恐らく取り上げるならばこの三つだろう。


 ……不味いな、内容がすっからかんなことに驚きたい気持ちも確かにあるのだけれども、それ以上に目的の意味不明さとじんわりと背中にかく汗のような気持ちの悪さにドン引きする時間が欲しい。非実在証明の怪物やモンスター、妖精や妖怪の類いよりも何よりも今はこのレーザーなる男ただ一人に対して俺の恐怖は向けられた。俺内の精神アラームは鳴り響き、警告アラームは爛々と赤い色で基地内を照らしている。


「ヴァン、どうしよう。変なのに絡まれた」


「そだね。どうしよっか」


 俺の本気の救援要請に適当に返してきたヴァンであったが、どうやらこの男も限界らしい。そりゃ、まあ不審者対応はアサシンの仕事ではないだろうけれども最後の砦も破壊されていたとなると一体全体どうしましょう。


「どうかな? 別に強制するってんじゃない。ただ君達の行く末を見ながら揚げた薄切りポテトでも食べたい気分なものだから、興味本位で接触して君らに一つ能力のなんたるかを教えてしんぜようと思っただけなのだからね。その時にちろっと群が旅の中で知り得たケリィの奇譚怪談を語ってみるのもまた良いのかな」


 チラチラと横目にセールスをするレーザー氏。

 最早、襲撃少女は除け者であり下手に攻撃してレーザーに絡まれるのも嫌らしく甘んじてその立場を維持せんと気配を殺している。ズルい。


「なあソウル」


 先程俺がやったように、ヴァンが微かな声で呼び掛けてきた。


「何、ヴァン?」


「加速してダッシュで逃げられないか?」


 考える。あの不審者はあれでかなり強く、その上で手の内は確実に見透かされているだろう。だが、走るのは直線で見える視界に注意を払う必要はない。この【加速】の欠点である俺自身が加速に対応出来ない状況であれ、直線上を駆け抜けるのであればこれは存在しない。加速度に制限を掛けることをしなくて良い。


 以上のことを念頭に置いて考えると、


「不可能じゃない……かな」


 俺の答えに穏やかな笑みを浮かべたヴァンが続ける言葉は言われずともわかった。


「じゃ、逃げろ」


「嫌だ。俺だけ逃げろってんだろ、ヴァンの言い方はお前も行くって風じゃない。そんなの、するワケがないだろ。最善じゃなかったとしても、共に立ち向かうぞ俺は。俺達はもう一連托生なんだ」


 とは、言えない。

 逃走経路である坑道の直線通路へと視線を向ける。闇に慣れ始めた視界は明瞭に像を映し始め、俺は逃走が不可能であることを悟ることとなった。襲撃少女二名が逃げ出さないのには疑問が無かったワケではない。レーザーの意識は俺達に向けられているのだから、襲撃少女が逃走するのはそう難しくはないだろうと。だが、そんな行動は不可能であったのだ。


 レーザー……本当に気持ちの悪い人間である。その男の腰の辺りから伸びた腕はユークリアス姉妹の二の腕を掴み、逃げる選択を奪っていたのだ。ユークリアス姉妹の表情は強張っており、何となく、強襲してきた敵だというのに同情の心を禁じ得ない。


「無理だな」


「無理かぁ……」


 恐らく、ヴァンはユークリアス姉妹の状況を知っていたのだろう。のんびりとした日頃と何ら変わらぬ口調でヴァンが諦めたように呟いた。


「回答は単純明快、肯定か否定かだ。確かに唐突ではあるだろうが、ヴァン・アストライアがそちら側の陣営にいる以上、こうして一度接触を果たした後に考える時間などと口にして見逃してしまうと完全に姿を眩ませて二度と出会うことは無いだろう。いやさ、君達の目的の都合、東都か北都……あるいは央都の聖堂で待ち構えておけば再会を果たせるだろうが、現状では少々難しいところがあるだろう。墓守りの一座——中でもアンテノール・オルドルと名乗ったのだったかな、あんなものと直接対峙するのはまだ早い。となると、きっとこれが最後になる。すまないが、決断はここで出して貰おうか」


 俺が三度意見を求めてヴァンへと視線を流したが、俺が予想していてつい今し方まで隣にいた彼の姿は見えず、周囲を探った瞳はヴァン・アストライアをレーザーの前に見た。袖口のナイフを逆手に握り俊足の足並みで間合いに潜り込むと二箇所、太腿に刃を突き立てて、身を捻り続く一撃で首に深々と刺し込んだ。さながら沢に流れる水のような、美しい流動である。


 目を見開き瞳を輝かせるレーザーであったのだがしかして死どころか出血すらもせず、大きく左右に開かれた腕ががっしりとヴァンの背中に回された。首筋にナイフが突き刺さっていることすらも気にはせずヴァンを抱擁する。


「へ……変態だーーーーー! 本物の変態だぞ、そいつは!」


 ついつい口を開いて叫んでしまう。

 じたばたと暴れるヴァンに逃げ切るヴィジョンは映らない。十秒も抱擁するとレーザーはヴァンを解放し、解放されたヴァンはキッとレーザーを睨みつけて視線を逸さぬままに後退し俺の隣へと帰ってきた。彼の意思は、口の動きだけで伝えられる。


「判断はお前がするんだ」


 突き放されたのではなく、彼は俺に対して雇い主として当然の責任を求めているのだと理解する。理性では理解しているが、感情としては揺らぐものがある。


 レーザーに視線を戻す。ヘラヘラとこちらの緊張も知らずに俺の瞳を覗き返してくるレーザーに対して夜道で熊にでも出会ったような不気味さのみを覚えて、瞬間的に様々な考えが脳裏を過ぎる。逃げられないユークリアス姉妹、完璧な攻勢での奇襲を無防備なまま対応されたヴァン、逃走のイメージすらも浮かべることが出来ず戦わずして敗北に染められた俺。


「それで貴方は何を得るのですか?」


 最後に質問を投げ掛ける。


「何か得るのは群ではなく教主タリエシンか墓守りアンテノール・オルドルのどちらかだとも。だが、何も得るものはないと言ったら利益損得で判ずる人間である我々は信用に足らないだろう。だから答えを出そう。群は知識欲に生きる存在だと語ったが、この知識に対する感情は三大欲求すらを凌駕しているのだ! 口で言うは単純でこの熱く滾る心は何かしらの能力を用いなければ伝えることは不可能であろうが、敢えて薄ぺらな感情論で語りこれ以上の言葉を紡ぐことはしないでおこう。得るもの……そう得るもの! それは何のことはない知識欲の満ち! 海が満ちるように、干潟が海底となるような満ち! 未知を振り払い満ちる欲こそが群の望みであり此度の選択で得るものだとも。誰が何を得るのか、群はそれが知りたいのさ」


「ですが、貴方と言う通りならば干渉はせず俯瞰して見届けるべきなのでは?」


「ああ、その通りだねソウルくん。君の言っている事はほぼ正論と断じて差し支えないだろう。だけれども、それではいけないのさ。予測というものは対象が短な手順で行われれば確実性の高まるものが出来上がるが、長期的スパンで行われる計画となるとボロが出る。現に今の状況は群が予想していた未来図からは少しばかりズレが生じ始めているものだからね、これは不味いと一手補強剤を差し込もうという魂胆なのさ。ああ勿論わかっているとも『何でそのズレを許容しないのか』だろう? 無論、その理由はある。このままでは最終ステージに進める者がどちらか片方になり……いやさ、途中からワンサイドゲームになって発展性が無くなるからだとも。ソウル・ステップくん、この取り引きは君にとっても悪い話ではないのだよ。このままでは負けるよ、教会は。墓守りの一座はそれだけの膂力を有している」


「負ける? 今、一体全体何が起こっていると言うんですか?」


 俺の問いに、レーザーは口の端を歪めて答える。


「世界の命運を分ける戦争さ。英雄ケリィ・キセキの忘形見であるヤハウェオブジェクトを巡り戦いは繰り広げられている。その果てに迫られる選択はこの世界を大きく左右する程絶対的な力を持つものであり、そこには知られざる英雄ケリィの物語があったのさ」


「知られざる英雄の物語……?」


「それに関しては教主タリエシンに問い給え。その方が良い」


「ああ、はい」


 レーザーは腕を広げ微笑んで、その無秩序で無尽蔵な欲に従い動いてくる。


「さて、どうする。選択は二つに一つだ。君達は能力の深淵を見たくはないかい?」


 思案する。けれど、答えはもう既に出ていたのでこれは何のことはないポーズであり、俺は三十秒も思案するフリをすると意を決して決断を口に出す。


「お願いします」


 俺の答えを受けたレーザーはわざとらしく口の端を吊り上げて、しかしその目は自然な具合に吊り上がっており、彼自身の内心が狂喜乱舞する様を熱々と物語っている。男の様子は口から火を吹き跳ね回る悪魔とそう大して変わらない。

 選択を間違えたかと隣のヴァンに何度目かの流し目をして、その選択こそが間違えであったと察することとなる。彼の目は、興味深げに未だレーザーの首筋に刺し込まれたナイフを眺めていたのだ。


 ヴァン・アストライアは殺人者である。

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今は白きこの世界 白井戸湯呑 @YunomiSiraido

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