第三十話/美辞冷句

 炭鉱夫の町であったルッタは、今では退廃空虚な一面の雪景色へと変貌していた。

 管理する者のいなくなった町は静かに横たわって死んでおり、降り積もった雪の重量に負けた家屋は押し潰されることで着実に埋葬が進んでいる。


「ルッタの討ち入り事件って知ってるか?」


 何の気無しに歴史の授業を行おうとこの町の死因について知識の有無を問うてみると、物珍しげに首を回して周囲に視線を巡らせて隣を歩くソウルはその首の動きを止めて考える様子を見せると小首を傾げて微笑んだ。


「概要なら……まあ」


 権力持つ者の息子だから社会が大きく揺らめくこの事件については教えられているのか、と変に納得してしまったけれど、けれどこれは紛れもない僕の思い込みであり僕の中で作り出された幻想と言っても過言ではない。僕は彼の家族関係なんてものは表面上の資料でしか知り得ないためわからないけれど、取り敢えず事件の概要だけでもソウルは耳にしているらしい。


 ソウルの返答に何と答えたものかと考えがまとまらずに「そう」と素っ気ない答え方となってしまったのだけれど、その様子がどうやら続きを求めたのだと思われたらしくソウルはつらつらと自分の知り得る限りの情報を語り始めた。


「ルッタは五十年前に大都として独立していたアガツマを国取り戦で勝ち取って東都とし、教会の参加に協力した九段衆が隠れ住んでたって場所でしょ? それで、ルッタの討ち入り事件は九段衆の隠れ家を突き止めたアガツマ軍が強襲を仕掛けて町が滅んだっていう……大体こんなところであってる?」


「まあ、おおよそそんなトコ。んでもって、九段衆に協力してた炭鉱夫が東都へのフットワークを軽くするために炭坑と偽って開発した地下の隠し通路こそが今僕らの目指している坑道ってワケだ」


「成る程。イワミ町の無計画ぶっこ抜きとは違うんだ」


「ヒデェ言い方。まあ、そこに関しちゃ僕も疑問には思うけどね」


 声高らかに笑ってみせると、それに合わせてソウルも口元を押さえてクスクスと笑みをこぼした。人の悪口で笑い合えるようになるだなんて、良い方向に成長していて僕ァ涙がちょちょ切れる思いだよ。


「ところでなんだけどさ、ソウル」


「何? どうかした?」


「聖典を読んでて思ったんだけども、北都と南都は央都とハナっから協力関係にあったから央都が教会政権に移行したからそれと同時に教会傘下に与したワケだろ?」


 こくりと首肯で返される。


「西都は教会以前、皇帝政の時代の闘争で央都旗下に与していて……まあ、これもすんなり移行出来たと」


「そうだね」


「じゃあ何で東都だけは五十年前の国取りまで傘下に入ることをしなかったのさ? 他の四都が手を貸してるのなら、捻り潰せただろうに……」


 僕の問いにソウルは「うーむ」と眉間に皺を寄せて唸り、首だけでなく上半身ごと傾けて熟考する。しかしソウルが答えを見つけるよりも早く、一歩後ろを歩くテンケツが口を開く。


「教会が手を出す理由がない。従わざるを斬るだけでは、真の王とは成れんもの」


「ああ、そういう」


 確かに宗教家が暴力で殴り飛ばして相手を従わせるなんてことしたら、今味方につけている方からも視線が痛いし基盤のところに疑問を持たれる恐れがあるか。それが良好とは言えぬまでもナアナアで貿易とかを行えている相手なのだからより、だ。


 いやはや、政治の世界というのは面倒なものだこと。関わりたくはないと思いつつも今も東都、北都、果てには央都へ向かうべく旅には旅を続けているのだから、否応なく大きな流れに乗って僕って人間は政的な事情に関わっていたりする。いやさ、もっと以前のもっと真っ当に殺し屋をしていた時ですら貴族の依頼で貴族連中を数人手に掛けているのだから、既に政的な事情に首突っ込んで食い千切ってはいたんだよな……。


 結構因縁があるな、僕は。


「お、そうこうしてたら見えた見えた。正面に見えて参りましたのが歴史的遺産、東都を生んだ大英雄九段衆が国取りの際に使用したと言われる秘密の地下道である坑道の入り口でございま〜す」


 町外れに設置された幅二メートル程の洞穴。入り口と内壁が丸太によって補強されていることで何とか人工的なものであるとわかるが、これが無ければ自然窟と区別などつかないだろう。現在絶賛稼働中のイワミ町の坑道とは趣きを異とするルッタの坑道は、目に見えぬ五十年という時の流れを感じるには良い教材と言えるだろう。


 ソウルが興味深げに眺めているのを尻目に僕はいそいそとランプの準備を始める。僕一人ならば夜目が効くよう調教されているため坑道の中でも平生のように周囲を見渡せるのだが、今回は一般のお客様が二人着いて来られるのでしっかりと用意してから挑まねばなるまい。暗闇は人を壊すからね。


「よし、行くぞぅ」


「おーっ! こういうのって冒険な感じがしてウキウキするよね」


 ソウルも強くなったな、と友の成長にしんみりと心の涙を流したのだけれど——まあこれは割とどうでもよくて、表面的には「ふふっ」なんて好青年風に笑うだけに済ませて一行は打ち捨てられながらも影の仕事人達によって管理・補修が重ねられることでダメージ加工され傷んでいるようでありながらも高い安全性の元にあるルッタの坑道に足を踏み入れたのであった。


 余談ではあるがこの地下坑道を管理しているのはミョードール土木研究所と呼ばれる普段は墓暴きをして生活する一派である。死体漁りとトラップ作りが上手いのだが、アジトにトラップを作らせると勝手に自爆機能とか付ける上にそのアジトの位置情報を売り物にされるので利用には注意が必要だったりする。


 坑道内部は暗く、ランプの灯りが暖かく照らす周囲五メートル以上は見えたものではない。岩肌が奥へ伸び、一定周期で天井を支える柱が見える……見る限り様子は以前と変わったところはないようなので、僕を先頭にソウルをテンケツと挟む陣形を作る。


 周囲の警戒を怠らず気を巡らせ、僕らは奥へと歩を進めた。


「アストライア、お前はどう考える」


「何をさ? 主題が何なのかわからねーから何とも返せんよ」


 坑道に入り十五分程経った頃だろうか、珍しくテンケツが口を開く。


「義はどちらにあると考える」


「義ぃ……?」


 教会と墓守りの一団、どちらに義——即ち正道があるのかという旨の質問だろうか?

 しかしそんな質問をされたところで僕としちゃどちらの言い分も知らないし、現状墓守りの一団は僕にソウル・ステップの暗殺を依頼したり南方聖堂から石櫃を盗み出したりと悪い面が目立つ上に目的らしい目的はわかっちゃいない。何だか身投げ花がどうしたとか言っていたけれど、身投げ花はケリィ・キセキが求めたと輪書に記されていた"万様薬"の異名を持つ万能の花だし、ちょっと何とも言えない。


 大体、どちらが正しいどちらが間違っているかなんて話をしたら暴力を行使する墓守りの一団が確実に間違っているけれど、教会は教会で正しいのかどうかは未だ不明と言わざるを得ない。圧倒的な情報不足と結論付ける他に道はないのではないのだろうか。


 だが、そんな答えはカッコ悪いのであえて僕はここでキメ顔を作りこう答える。


「自分の思うままに従え。テンケツ、君には立派な心がついているじゃないか」


 カッコイイ風にまとめてみたのだが、実際問題ただの丸投げで答えなんかじゃなかったりするけれど、いくら考えたところで後悔の残る思考実験など曖昧模糊にして何かいい感じに落ち着けるのが一番良い結果を招くのだ。それが、僕が生きてきて今何となく思ったことである。


「心に従う……か」


 しみじみと呟くテンケツ。

 また変な感じに拗れ始めようとしたのではないかと思い、友人としてもっと軽く考えりゃいいじゃんと適当主義の道へと引き摺り落としてやろうと口を開いた刹那、背後にて耳どころでなく目も鼻も口もつんざかんばかりの金属衝突音が掻き鳴らされた。全身の肌という肌に鳥肌が鳥肌と察せぬ程密接に密潤に満ち満ちて沸き立ち、僕は咄嗟に音の発生源たる背後へ振り返った。


 僕、ソウル、テンケツの順番に隊列を組んで進行していたのだから振り返った僕の視線にはソウルとテンケツこの二人の姿が見えるべきであるにも関わらず、僕の視界には同じく生理的嫌悪を促す金属衝突音に反応して首を回したソウルの姿だけを写しテンケツの姿を忽然と掻き消した。


 襲撃は予感する暇もなく始まったらしい。

 驚きのままに一瞬固まった僕の頸は舐め上げられるような不快な感覚を身に覚え、襲撃の開始を受けて、自然とソウルの手首を掴み脇道へ飛び込んだ。


「お兄さんと「お兄さん。死んでくださいな」


 背後——つまり今まで進行方向であった場所から声がして、明確な異常性を感じた僕はランプを落としてソウルの腕を掴み手近な脇道へと飛び込んだ。


 素早い判断が功を奏し、今僕らが立っていた通路が不可視の何かによって押し潰されていく様を僕は見届けることとなる。抉り取るように円形に通路を削った何かはこの目に捉えることは出来なかったが、その行為だけで敵対者である事実は確定した。


 身構え、袖口にナイフを取り出す。

 ソウルもまた腰の剣に手を掛ける。


「あらあら?「お兄さんは逃げちゃったわ」


 やけに幼い声。十四、五歳くらいの成長期の幼さの残る声がすす汚れた坑道に響く。


「どうしましょう?「追いましょう。お仕事だもの」


 あの不可視の何かによる攻撃は何だ? どう捉えるべきなんだ、あれを。まず能力であることは確かであろうが、その能力が何であるのか目にしながらも理解出来ない。かなり複雑な類い? だとしたら今この状況で能力解読に時を費やすべきではないか。ならば取るべき行動は……何だ!


「逃げるぞ」


 短く伝え、未だ暗闇に目は慣れないままにソウルの手を掴み走り出す。

 あの面制圧の能力をどれだけの頻度で放てるのか疑問は残るが、少なくともあの能力はこの狭い一本道を基本とした坑道内部では最凶と言っても過言ではない。逃げ場なく仕留められる。つまり真っ向から相手するのは不可能と考えて問題はないだろう。テンケツも気掛かりではあるが、今はそれどころではないというのが僕の結論だ。


「すまないがヴァン。まるで見えていないんだ、俺は」


 足がこんがらがったのか速度を落としながらもソウル・ステップは口にする。


「速度は落としたくない。なるべく距離が欲しい」


「わかってはいるが、君は見えているのか?」


「ほとんど見えてないが、全く見えてない訳じゃない。僕を信じろ」


「……わかった」


 とは言っても、打つ手は皆無と言う他にない。

 このまま逃げ切るのが理想ではあるが、あの破壊規模の攻撃を複数回行使されれば坑道が崩落を起こすのは火を見るより明らかであり、そうなれば僕らはペースト状に広がって土に帰らねばならなくなる。蜘蛛の巣のように広がる坑道とは言ってもだ、本当に蜘蛛の巣になるだなんて悪い夢だ。


 さてはてどうする、僕らはどうする。今進んでいる道はどこまで行っても咄嗟の行為の結果飛び込んだ場所であり、この先多少長く道は続くが通れる道など存在しない。


 信じろと言って十秒と経ってはいないけれど、僕の頭は回りに回ってこれ以上どうも足掻きようがないと叩き出す。完全敗北を証明し、無理無茶無謀を肯定した。

 足音を打ち鳴らす僕ら二人に合わせて別の足音が二つ分追ってくる。


 前門の虎に後門の狼が如く前方はどん詰まりで後門には追跡者。虎は尾を踏むまでは無視してくれるが狼は追っかけて身勝手に送ってくるからタチが悪く、行き止まりの道程は行き止まるまで牙を向かないが追跡者は常に僕らを追い正体不明の破壊活動を行ってくる。


「……ヴァン」


 僕の焦りが表情に出てしまったか、ソウルが心配そうな口調で僕を呼ぶ。


「大丈夫だよ、ソウル」


 何が大丈夫なのか、今この状況で大丈夫な部分なんて空腹でないこと以外には存在しないというに口に出してみるが、空っぽの言葉で相手を安心させるなど土台無理な話であり、微妙な空気が流れてまもなく僕らは坑道のどん詰まりへと到着した。

 追う足音も、近付いてくる。


 最期の情けか僕らの前へ姿を現した追跡者は見目の整った幼女二人であり、その表情は愉悦に歪んでいた。年齢は十五前後だろうか。姉妹なのであろう、身長も顔もそっくりそのまま生き写しと言ってしまっても遜色無いもので、パッと見て違う部分といえば着用する旅には不向きなドロワースのリボンの色くらいなものだ。

 赤と青。

 面白みに欠く彩色選択である。


「あらあら「あらあら」


 せせら笑いの声を上げる童女二人は、まるで死にかけに蠢く蛇でも見下すような冷たい瞳で僕らを見つめた。

 どちらがあの破壊能力を保有する者であるか不明であるが、あれで一つの能力と見るならばもう一方が不明の能力である恐怖が鎮座する。あるいは無能力者であるのかもしれないけれど、しかし確かめる手段は持ち得ない。ならばあるものとして考え、行動しよう。


 さて、どうする。

 パッと思い付く手としてはイワミ町で襲って来たアズマジロのツレである身体爆発マン、ジャック・Jの【ベイビーボム】を用いて強行突破する手段だ。だがこの手段で問題となる点は多く、僕の手が潰れることや上手く調整し切れずに坑道にダメージがあるかもしれないし、絶対に突破出来る確証が無いというのに持っていかれる代償だけは確実だ。すぐに治る程度の代償ならば喜んで払うのだけれど、後々に響くものとなると僕とて二の足を踏んでしまう。


「悲しいわ、行き止まり。「逃げられないわ、可哀想なうさぎさん」


 けらけらと無邪気な悪意で笑う童女ら。

 ちらりとソウルに目を配ってみると、彼は腰の鞘に手を添えて戦う意志を見せている。そんなソウルの闘志を見ると、何だか心の奥の方で凪いでいた海が沸り熱湯よりももっと熱く変じていく。


 袖口にナイフを取り出し、ソウルの前に出て彼を守る風を装いつつその実でいつでも地を蹴り飛び出して童女二人のどちらか片方だけでもその命を刈り取る準備をする。ソウルはどうせ加速を溜めているであろうから、僕の動きに後からでも合わせてくれるだろう。どちらか片方だけでも殺せれば、もう片方はソウルが殺してくれるだろうさ。


 赤の童女が右手を持ち上げ、青の童女が左手を持ち上げた。

 身構え、駆け出す二秒前——突如童女の背後より高笑いが響き渡った!


「は! ははは! ははははははは! 死の淵にて活を掴まんとする姿や良し!」


 穴倉の中で木霊する声の主は誰だ。

 短く刈り上げられた紅いの髪をたなびかせ、同色の瞳は切れ長で鷹を想起させる。不敵に微笑む口元からは鋭い犬歯が見えており、顔立ちとしては全体的に凛々しい青年と言った感じだ。やたらと手足が長いのだが背筋が曲がっており、その姿が前傾姿勢で今にも飛び掛かろうと構える四足獣を思わせた。


「確かに恩恵を扱うに足る資格はあろう! しかして未だその力を手中には抑えていない様子。それは頂けない……振り回されるだけではいかんよ、恋人とは共に歩くものだ」


 不味い不審者だ。

 それも相当高いレヴェルで。


「おっと、その瞳は何事かと思ったら……失敬! 名乗っていなかった。では、敢えて名乗ろうレーザーであるとッ‼︎」

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