第二十八話/心中波旬
「と、言うわけでぇ〜……部下というか後輩と言うか何というかなグドゥグドァくんです。よろしくしてやってください」
「ヴァンの姉御の下僕、グドゥグドァでっす。よろしくお願げぇしまっす皆々様々」
執務室。
全員の治療をフィフティさんに施して貰った後に、今度の一件の状況報告をするべくアズマジロを串刺しにして早々執務室に集められた僕らはそれぞれの状況を報告することになったのだが……今、僕は集められた面々の前に立たされて襲撃者の一人であるグドゥグドァの紹介をさせられているのである。
なんでさ!
いやまあ唯一の関係者だから仕方ないんだけどね。わかるけども、複雑な乙女回路を理解しておくれや。割と迷惑掛けてるのに見逃してってお願いしてるようなものじゃんか、これ。昔馴染みだったから声掛けたけどこいつが能力持ちで今回の一件に関わってんなら救わなかったわ。完全にトチった。
「えっと、それでグドゥグドァさん。ここを襲ったのはヴァンの側だと思ったからって言ってたけど、それは、一体誰から言われたんですか?」
ソウルが質問する。
この質問に対してグドゥグドァは一瞬記憶を掘り返すためか喋り出そうとして詰まったが、しかし一度詰まりが解消されてしまえば早いものでスラスラと語り出した。
「こう、何と申しましょうか……束ねた黒髪を頭の上に乗っけた髪型で目付きが鋭くて、手なんか形が変わる程ゴツくって——そんで、隻腕の剣士でした。腰に剣吊してたし、あの手は剣士のそれかなと」
「名前はわかるか?」
「すみません、姉御。名乗られなかったもんで……何某か事情があるのかと思って訊きませんでした」
「いや、仕方ない。それで依頼を取り消されてもつまらんからね」
名前はわからず外見だけか。
まあ名前なんぞ判明したところでいくらでも偽装出来るから信用に足るソースにはならないし、敵は依然として正体不明を貫く感じなのかねぇ。組織であるかどうかもわからない、現状でわかっているのは裏方の人間に依頼をばら撒いてソウルや南方大聖堂といった蒼教関連に攻撃を仕掛けているということだけ。
目的がわかればまだやり易いんだけども。
「ああ、そうだ! そいつ、隠そうとしてましたけどちょっと東の訛りが出てました」
頭をもたげて思考していると、はっと今思い出したと言わんばかりの所作でグドゥグドァが付け足した。
「東訛りか……身長はだいたいこのくらいじゃなかったか?」
僕が自分の頭の位置よりも少し高いくらいを指して言うと、グドゥグドァは「あー、そうっスね。そのくらいだったと思います」と答えた。
となると、だ。
「グドゥグドァのところに来た奴は、僕の元に来た人物と同じ人物と考えても良いかと」
「ヴァンに依頼に来た奴も隻腕だったの?」
「いや、外套を羽織ってたもんで……何とも」
「腕の有無くらいならわかるんじゃないのか?」
「そんな簡単な話かバカなユリウス、略してバカウス。付け腕でもしてたら布の上から真偽なんぞ確かめられるかよ」
「誰がバカウスだ。バカユリウスならまだいいが繋げるな腹立たしい……いやはやしかし、同一人物だとしてだから何がわかるって訳でもないが、何もわからないよりはマシってくらいか?」
「ヤな奴だな、マジでお前。何なん? そんなんだからユリウスなんだよ馬鹿野郎この野郎」
「どういう煽り……?」
だが、事実的を射た意見だ。
僕とグドゥグドァの前に現れた依頼人が東訛りの人物であるとして、この二人には繋がりがあるから同一人物を送っただけで他にも依頼を出している人物がいたとしても何らおかしな点はない。一歩前進とまでは言えないような微々たる前進。摺り足一歩ってレヴェルの話。
「それで? グドゥグドァさんはヴァンの側に着けるならとその依頼を受諾して先程まで俺を閉じ込めていたと?」
「元はサウロ・エテランを閉じ込めるはずだったんですがね。戸枠を踏まれちゃうと閉じ込められないんですよ、システム上。だから取り敢えず取り敢えずとな」
「うむ。脚を悪くしていた故、助かったというわけか」
何ともない笑い話みたく語るエテランさんだが、とてもとても笑えない。人の身体的特徴を笑った奴は死体を鴉に啄まれると言うし、そんなおちゃらけた物の言い方はやめていただきたい。反応に困る。しかも立場上目上のお方だからより一層反応に困っちゃう。
「で、迷い込んだ俺に結界内部にいたアズマジロをぶつけた。けれど、乗り込んできたユリウスさんがアズマジロの相手をした……と」
「そういうことになるな」
ソウルの側はそんなことになっていたのか。
離れるべきでは無かったのか、はたまた……ままならないな。
「ヴァンは聖堂を出た後どうしてたの?」
「んーっと、僕は聖堂を出てカフェで一杯やってたら変な奴に絡まれて珈琲を奢ってもらった。美味かった。んで何だったんだと思ってたら突然見知らぬ牢獄にゴールインしてまして、その珈琲奢ってきた奴も同じ牢の中に居たわけですわ」
「ツッコむ?」
「まだもうちょい待って」
一階の騒がしさが執務室にまで響いている。
そんな中で階段を登る足音が三つ。ひとつは淡々と段を繰り上げているが、他二つは慌てた様子。
「まあ、何が何やらわからぬままに動いて牢屋を出てふらふらしてたら円形の部屋に出たんですがね。その中心くらいまで歩いて行ったら珈琲奢ってきた奴が背後からザックリとやられまして」
「殺されたの?」
「うん。そして、珈琲人を殺した犯人がこの方です」
扉の方へと目をやると、丁度そのタイミングで開け放たれて奥から一人の男が部屋へと入ってきた。
「すまん、遅くなった。もう終わっている様子で何と詫びれば良いものか」
煤けた衣装に身体中巻かれた包帯。
その後ろには引き留めようと必死になっている様子の聖堂職員が二人。そんな二人はサウロさんが顎を動かすだけで立ち去ったが、包帯の男はズカズカと執務室内へと立ち入った。
「まさか……!」
僕なんかよりも幾分も感覚が鋭いのか、あるいは敵視をしない純粋な視線で観察したためか十秒とせずにその人物の正体を探り当てたソウルが歓喜と驚愕の入り混じった声を上げる。
「……テンケツさん! お久し振りです。えっと、大いに変わられたようで」
「ああ、ソウルは変わらないようだな」
お二人とも、お二人ともいと楽しげでようござんした。
背負っていた大太刀が鞘と共に無くなっている。埋葬というのは、十全に行えたらしい。道祖様への捧げ物となった大太刀だ、下手な処理の仕方をして旅路を呪われてもつまらんだろう。上手くいったなら結構結構。
「どうやらストーカーに燃やされたらしく、肌なんか焼け爛れてますが元は結構なイケメンボーイですよ。ああ、その前に名前か……サキハラ・テンケツさんです。信用出来る男ですよ」
信用出来る男、だなんてどの口が言うのだろうか。暗殺者、殺し屋——そんな言葉で表されるアストライアの一族である僕が、裏切りも嘘も方便もただ息をするように吐き散らす僕がそんな言葉を遣ったところでそれこそ信用に足るものなのか……お笑い草も甚だしい。
お笑い草ってどんな草だよ。
「どうかしたか? ヴァン」
「いんや、お前の火傷もフィフティさんの手を借りれば治せるのかなと」
ちらりと視線をフィフティさんではなくユリウスの方へと向けてみるが、彼は軽く瞼を降ろして小さく首を横に振った。
「フィフティの治療の本質は『縫合』にある。切り傷や骨折なら縫い付けてしまうことは出来るが、打ち身や火傷といった怪我はどうこうしようがない。申し訳ないがこちらが提案出来る治療手段としては、火傷している箇所を切り取り、別の部位から皮膚を移植するといったものになる」
「テンケツ、どうする? やって貰うか?」
今度はテンケツの方へと目をやるが、テンケツは静かに考え込むように俯くばかりである。返事はないのは思考しているためか、あるいは別の何かがあるのか……僕にはわかりはしない。
「テンケツ?」
もう一度呼び掛けるとスッとこちらへと目線を向けて来た。
「ヴァン。やはり、可笑しい」
「何がさ」
「俺は間違いなくあの男を殺した。城の、あの男だ。だが、あれはまず間違いなく俺を焼いた奴と共に行動していた男だった。ではなぜ城にいたんだ……どういうことだと思う?」
「それは……」
僕が言い淀むと、誰もが口を閉ざして辺りを静寂が包み込む。
そんな時、それを待っていたと言わんばかりに一階から甲高い悲鳴の声が響いた。さながら村内に熊が降りて来た昼下がりみたいな雑多な声聲に反射的にテンケツを押し退けて執務室の扉を押し開け、身を乗り出して一階を覗き込む。
見ると、人影が聖堂の職員を無刀のままに刻み殺している。人影が進む足先には倒れ伏したアズマジロの身体があり、そんなアズマジロの死体をサウロさんの命令で今回の襲撃の主犯として処理するために聖堂の職員達が動いていたとなると——アズマジロの仲間だろう。そうされると迷惑が掛かるために回収されようとしているのか?
手摺りを越え一階へと飛び降りるも、片膝着いて着地をしたその刹那にゾクリと生暖かな猫の舌で舐め上げられたような感覚が尾骶骨から頭頂部に掛けて背骨に走った。呼吸が浅くなっているのが、自分自身ですら俯瞰してわかってしまう。
固唾を飲み込んで立ち上がろうと腰を浮かべかけたのだが、しかし身体は石になったように固まって、さながら超常の化け物と相対したように体がすくんで身動きが取れなくなっている。必死に動かんとしても動けぬとなると、意識は自然と人影に向く。
ピン留めされた虫が影を見る。
身長は一八〇を超えているのではないだろうか。先細りのロビンフッドハットは端が縮れており、長く使い込まれていることが目に見えてわかる。全身を仕立ての良い黒装束で包んでおり、それらと同じくして真っ黒な瞳孔が世界を覗いている。
特徴らしい特徴はないけれど、不幸が歩いているような印象を受ける。
「……まともであることの、なんとくだらぬことよ」
僕に向けて、呟かれたような……そんな、気配がした。重々しい心底不幸です、といった声。
石造りの床を踏み鳴らすブーツの足音が木霊する。
影の足はアズマジロの亡骸を前にして止まり、見下ろすこともせずただ前を向いたままにただ一言答えは求めていない風に問う。
「歩みを進めるか、地に魅せられるか」
アズマジロの死は確認済みだ。答えなんてものが返ってくることはないし、死した人間は空っぽになって響く音色は持ち合わせない。質問なんてしたところで何の意味があるというのか……いや、あるいは何かしらの能力を以てしてアズマジロを……有り得るのか。
だが、影の動きを止めようにもまず僕自身の体が動かない。仕方ないってヤツだ、仕方がない。
しかし僕が諦めて動かないながらも楽にしていると、遅ればせながら階段からソウルが降りて来た。能力の対象人数が一人だからか、はたまた別の条件があるのか知らないがソウルはこの謎の金縛りの影響を受けないらしい。
ソウルは何を言うワケでもなく腰の鞘に手を掛け、抜剣する。信じられないね、あんなボンボンで正義大好き結婚したいって面してた奴が口上も上げずに抜剣したよ……おっ、突きの構えだ。加速込みのソウルの突きは破茶滅茶に速くて嫌になっちゃうのよね。
右腕は引いて左手は刃に添える。
脚は前後に開いて、腰を落とす。
ソウルの呼吸速度が加速度的に上がっていっているところを見るに、加速の能力は使っていると見ていいだろう。この加速のために若干遅れて来たのだろうね、きっと。したらばしたらば、繰り出されるのは回避不能の突きってなワケだ。
勝ったな。
タンッと床を蹴る音が鳴ると同時に僕の長い年月掛けてコツコツ育ててきた反射神経でも目の前を小蝿が飛んだ時みたいに残影だけを残し、刹那の内に着剣して魅せた。流石だぜ僕のソウル・ステップ! 動けない僕のためにここまでの献身を! いやぁ、愛だねぇ青春だねぇ殉教だねぇ。
「善い剣だが、それだけで満足の行くモノとはなり得ない」
何だこいつムカつくな。
ソウルの突きは影の胸中央を刺し貫いた。にも関わらず影は平然とした顔でアズマジロの返答を待ち続けている——ソウルに向けて言葉は放っても、顔を向けることもせずに。
敢えて言っておくか。こいつ……無敵か⁉︎
「貴様、名を名乗れ」
ソウルのその発言に、ようやく影が反応する。
そして一度熟考するように視線をアズマジロへと泳がせると、ギョロリと蛇を思わせる動きでソウルへと向き直り口を開く。
「わたしは墓守りのアンテノール……アンテノール・オルドル」
その名前は、喫茶店の彼の名であった。
しかし外見も異なれば声色も、受ける印象さえも異なる。そして何よりも、喫茶店で出会い共に閉じ込められたあの領域内部でアンテノール・オルドルはテンケツによって既に殺されてしまっているのだ。
語りか?
だとしても身分も力も何も持ち得ないアンテノール・オルドルの名前を語ったところで意味なんて無くないか? もっと僕の名前を使うとかさ〜、色々あるだろうに僕がだらだらしてた社会で一回たりとも名前を聞いた記憶のないアンテノールなんて名前……なんで名乗ったのだろうか? それともアレか? 実はアンテノールが生きてて、実はアンテノールが結構な実力者で、実はアンテノールは僕が知らないだけでネームドだったりとか……は、無いだろ流石に。
「ソウル・ステップだろう? 貴公」
「………………」
「貴公、我々と歩まぬか? 貴公ならば真の"身投げ花"の元へと共に辿り着くだけの素質がある」
ソウルが僕のチラリと見るが、僕は未だに身体がガチガチに固められていて何の反応も返してやることは出来ない。
しっかし面白いなこの状態、絶対能力によるものだから僕の能力でパクれるだろうけど発動条件も能力内容もよくわからないからなぁ……使えるようになれば色々用途が生まれる有能な能力なんだけどねぇ。欲しいんだけどな、この能力。どうにかこうにか盗めないものか。
「……身投げ花だと? 何を言っているのかまるでわからないな……気持ちの悪い話し方をするし、信用出来ないんだよアンタは」
「虚しいな、貴公は」
最後まで僕に視線を向けることもせず、刺し貫かれた傷口から二の腕の太さなど優に超える百足が這い出て来たかと思ったらそのままソウルに襲い掛かった。ソウルは堪らず刃を引いて百足の猛攻を捌くが、アンテノールと名乗る影は再びアズマジロへと視線を落とした。
「歩みを進めるのならば、死を越え今三度空を目指せよ」
転がされたアズマジロの死体に手をかざすとアンテノールの手の平から脊椎のような白蛇が一匹ぼとりと落ちて、着地した白蛇は僕が貫いた傷口から死体の中へと入っていく。糸が括り付けられた操り人形のように人間離れした動きで起き上がったアズマジロは、立ち上がりゆっくりと眼を見開いた。
「……ボスか。あんた自ら動くとは、光栄なこった」
息を吹き返したアズマジロにアンテノールは一瞥をくれることもせずに回れ右、入り口の扉へと脚を進めて行った。アズマジロもまた、まだ地面に縛り付けられた状態で能力考証を行う僕を睨んで「次は殺す」などと何ぞ楽しげなことをほざいたと思ったらアンテノールの尻を追い掛けて雛鳥みたいに聖堂を出て行った。
アンテノールの姿が見えなくなったら、僕を縛り付けていた拘束は解き放たれた。対象の視界の中に自分の姿が映っていることが条件なのだろうか。一回拘束してしまえば視界にさえ気をつければ持続するアタリ能力じゃないか、これ。
アンテノールが立ち去ったことでソウルを襲っていた百足もご帰宅なされたらしく、手空きとなったソウルが僕の元へと駆け寄って来たのだ。
「大丈夫か?」
「ヘーキヘーキ何もない。けど、アズマジロンが……ね?」
「ああ——あ、サウロさん。無事でしたか」
僕がソウルからの心配を身体を伸ばしながら受けていると、サウロさんと彼を守っていたテンケツ、ユリウスが階下へと降りて来た。そのサウロさんの表情は極めて厳格であり、厳格でありながらもその瞳の奥には戸惑いや焦燥、そして煮詰められた墨のような諦めが。
「うむ。では、一度話が落ち着いたところでひとつ耳に入れておいて欲しい話があるのだけれど……良いかな?」
一度言葉をそこで区切り、僕らが耳を傾けたところで続きを語った。そういうところ、やっぱり貴族は上手いよね。
「南都の地下で管理していたヤハウェオブジェクトが、盗まれた」
……ハッ。
もう笑うしかねぇな、こりゃ。
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