第十一話/月光探人

 イワミ町で武器屋ヴァニキを営むテンケツは、妖刀を鍛造することが出来る。


 妖刀——そのただならぬ刀身の長さ、不安を煽る切先、惹きつけられる魅惑的な反り、蠱惑的な純粋なる美を持つ刃縁。端から端まで全身から漂わせる完全性と機能美を持ってして、己が危険性を語っているようである。


 つまり、妖刀とは視界に入れるだけで相手の無意識下——本能を刺激して威圧する刀を指すのだ。


 それは生来の性を忘れさせることもあれば本来矮小な殺意を肥大化させることもまたあり、賢者のような精神を与えるものもあれば特定の一族郎党のみの鏖殺に奔走させるものもある。


 刀匠の中でも選りすぐりの手腕と才能と変態性を持っていなくては鍛造することの敵わない、絶対不変な頂点の証明。不動にして絶対の、そして言葉で話すことのない不可侵の心象風景へと片足突っ込んで来るのだから、理解する他に道はない。

 故にテンケツは、宵越しの刃を持たない。


     *


 九死に一生を得た僕らは、命辛々のところを助けた責任としてテンケツの営むヴァニキへと逃げ帰った。


 しかし、ヴァニキとて何のことはない一端の店でしかなく、瀕死の人間を生き延ばせる程の医療機器は存在していなかったのだ。瀕死を瀕死で停滞させて、辛い死に際を引き伸ばしくらいの手当ては出来ても十全に動けるまでの蘇生は不可能である……つまり、どこかでこの傷を治す療養なり手術なりを行わなければならない。しかしこの町の医療機関を頼ることは、この町に僕らがいると知られている以上は危険が優ってしまう。


 ならばどうするか。


「第一イワミ町の坑道を突破して、山脈の南に出る」


 結論は、そうする他なかった。


「いけるのか、今の俺たちで? 確かに動けるっちゃ動けるけど、無理して体に祟ったら多分二度と立ち上がれんぞ」


「ああ、賭けだ。人知らず坑道の中で死ぬ可能性も大いにある。けど、やるしかないところまで野郎にやられた……認めるしかない」


「………………」


 第一イワミ町の坑道は実際に何度か使用したことがあるが、今の僕らで突破出来るかは五分五分……いや、希望的観測を抜きにして二割あれば御の字だろう。現イワミ町の坑道が使えるのであれば南に抜けられる確率は六割強あったが、テンケツに確認へ行ってもらったところ"原因不明"の爆発によってデカめの岩盤が崩落した結果、坑道は潰れたらしい。幸い時間も時間のために被害者はいないらしいが、関連で死に掛けている奴が二人ほどここにはいたりする。


「やるしか、ないのか」


 ソウルが最後の確認、あるいは決意表明のように口にした言葉ではあるが、しかしそこには確かに不安が浮いていた。


「やるしか、ないんだ」


 そんな不安は気付かないフリをして、僕は答えるしかない。ここで少しでも僕が不安を見せてしまっては、ソウルに響くことは必然であり、その弱みは知らぬ間に僕らの心臓をその手中に包み込もうとするのだから。


「そういうことだから、もう寝とけ。今寝れば三時間は寝れるから、休める時に休んでおけって」


 言って、僕は半強制的に強奪した店舗裏の倉庫を後にする。今はなるべく一人にはしたくないけれど、今回ばかりはそうも言ってはいられない。


 倉庫と店舗を隔てる暖簾をくぐり抜け、僕は本日二度目の来店を果たす。店とも言えない作業場に入れば、すぐに目につくのは炉と金床であり、入ってすぐ右手側に広がるそれらはこの場所がまさに鉄を打っている場所であると表しているのだが、それは同時にこの場への立ち入りを妨げる結界の核としての作用も持ち合わせている。


 職人の作業場という神聖性。

 圧倒される、気配に。


 僕は炉の更に向こう、丁度一度目に入店した際用いた窓の左隣に掛かる梯子へと近付き、それを登る。押し開きの戸になっている屋根を片手で押し上げて店の屋根上に登ると、そこにはあの時僕らを助けた笠に浴衣姿のまま黄昏れるテンケツの姿があった。無造作に草履を脱ぎ捨てて、浴衣を着崩し屋根に腰を据える彼の姿はさながら浮浪者のようにも映るが、それでいて目には見えない雰囲気がそれを打ち消していた。


 何を言わずに横に腰を下ろして、こいつが見据えているであろう月を見る。あまり良い一日ではなかったというのに、常と変わらず妖艶な光を滾らせる月というものは、きっと、死んだ後でも僕を照らし続けることだろう。


 しんみりした気持ちになっていると、テンケツは僕が口を開かぬことに痺れを切らしたのか言った。


「言え」


 と一言。


 良い具合にロマンチストなスイッチが入っていたというのに台無しにされた気分ではあったが、隣に座ったのに全く喋らずにいられた者の反応としては妥当とも言えてしまう。僕だってコイツに隣に座られて喋られなかったら……いや、コイツの場合は何かまた変な行動してるわで済ませる気がするな。……ソウルにやられたら「何だよ、言えよ」ぐらいは言うだろうから、今回ばかりは僕が悪いと反省しようじゃないか。


「ちょっとさぁ、雰囲気足りないんじゃない?」


「知るか。……いや、そういうのも必要なのか?」


「まあね、そりゃ必要だよ。例えば結婚式会場で人を殺して観客から拍手喝采とか、会わないだろ」


「成る程。理解した」


 沈黙が再び辺りを包む。

 痛い視線は向けられないが、逃げてもいられないか。


「なあ、テンケツ。頼みがあるんだが、次の街までで良いから僕らと一緒に来てくれないか?」


「無理だ。店がある」


「どーーーーーせ、こんなけったいな店にゃ誰も来ないんだからちょっと空けたところでだろうが」


「否定はせん。しかし、相も変わらず、お前は正しく人なんだな」


「当たり前だろ。僕はどうしたって人間なんだから」


 昔からもう少し上手く生きられるんじゃないか、やれたんじゃないかと過去を恐れ未来を振り返ることばかりだ。結局口だけで、今回ももっと上手くやれたかもしれないというのに何も出来ない辺り、否定のしようもないくらい人間してるだろう。成長性がまるで無い、学ばない人間らしいじゃないか。


 自分で言ってて悲しくなるな。


「まあ、いいんだよ、僕はこれで。人には可能性ってヤツがあるらしいからね。こっからこっから」


「蒼教の教えか? くだらないな。彼の手前慎むが、あんなものを信じ始めたのか」


「いんや、信じちゃいないよ笑いものにしてるだけで。つか、お前こっち系の話知ってたんだ。てっきりぽっきり炎しか知らないもんかと」


「合っている。が、己が生きている世界の主宗教くらいは嫌でも認知するだろ」


「違いない。っても、僕だって今まではノーチラスとサルヴァーの二大勢力が怠い喧嘩ぶち上げてるくらいしか知らなかったんだけどね」


 あーあと人殺すとなるとどっちも羽振りがいいってのも追加、と続けておく。


「一枚岩ではないのか。ますますだな」


「そう言いなさるな。賢い僕はあいつから聞いた勢力図ってーか特徴的なのをまとめているので共有してやろう」


「いらん」


「客のニーズに合わせるために覚えておけって」


「………………」


 腰のポーチから乱雑に仕舞われたメモを取り出す。ここから既に、あまり僕がそこいらに興味がないのことが伺われてしまうだろうか。


【猿でもわかる? 勢力を見分けるポイント集】

 ノーチラス/サルヴァー。

 教会が豪勢/質素。

 教会内に像や絵画が飾られている/オルガンくらいしかない。

 伝導者ケリィに敬虔である/あまり気にしない。

 聖典に誓うのが最強の契約となる/程々に強力契約(中の上から上の下くらい)となる。

 家計がちょっと苦しかったりする/割と余裕がある。


 ソウルは、サルヴァーの家系らしい。

 この話をソウルに一部実感が籠った声色で語られて、反応に困りながらもメモを取った勢力情報。正直気にして生きていなかったが、こうして知ってみると料金支払いの際に駄々を捏ねるのはノーチラス陣営の方が多かったかもしれない。家計が苦しかったのだろう。


「何にせよ、宗教って面倒よね〜」


「宗教だけじゃない。社会がだ」


「違いない。……そんで、考えはまとまったか? 有耶無耶にゃさせねぇよ、今回ばかりは」


「なぜ彼に」


「そんなに入れ込むのか、ってか。変えられる力を持ってるからだよ、あいつは、世界を。それが良い方に回るか、はたまた悪い方に転がるかは知らないが、ベットに見合ったリターンが来るッ……と思う。今の内に恩を売って損はないだろ」


「そうか」


「第一の坑道だったら……ミヤマ村くらいかな、そこいらまでの護衛——依頼だ。あれ、ミヤマにちっさい先生いたよな」


「いるな。……ミヤマか」


 ここから第一イワミ町へ行くのはおよそ半日で可能だろうが、傷の具合も具合だから一日と少しで見積もっておこう。そこで一度休憩を挟み坑道を抜けるのには通常六時間、多く見ても八か九時間あれば充分だな。そっからミヤマ村なら半日も掛からないから、合計で二・五日前後と言ったところだろう。


「報酬に関して言うとソウルに要相談にはなるけれども、まあ、極力そっちの要求には応えると約束する。どう?」


「答えは変わらない」一瞬として考える素振りもなく、テンケツはそう言い切った。「俺はお前に手を貸さない」


「そうか……じゃあ、殺すか」


 立ち上がって、袖からナイフを取り出す。


「理由は三つだ。まず主に相談せずに護衛を増やそうという考えに賛同しかねる」


 取り出したナイフは今日この店で購入した白銀のナイフであり、特別選んで取り出した訳でもなくこのナイフが取り出されたことにこの世の残酷さを垣間見る。


「二つ。妹が俺を訪ねてここに来るかもしれない故、空けられない」


 星空から眼を離し、テンケツは僕へと視線を向けた。


「三つ。このような話は主人が行うべきだ、お前じゃない」


 テンケツと目が合う。

 僕は目を逸らし、ナイフをしまって座り直す。

 バツが悪い。僕はあの目が、あの瞳が大嫌いだ。その一生を焔の中に見て、鋼だけではなくその奥底に眠るナニカを見透かしたあの目は、真に人を信じることを不得手とする僕の逃げ腰を見通しているように思ってしまう。事実、僕はその通りの人間なのだが、それでも、人の心の内をジロジロ見て回られると不快なことに変わりはない。


「言っていることが正しいってのはウザいな」


「だが事実だ。明日、明朝に時間を設ける。そこで彼も含めてこの件について話そう」


 言うと、テンケツは立ち上がり、屋上を後にした。梯子を降りる音が聞こえなくなるまで耳を傾けて、深々と降り積もった白だけが包む世界の持つ静寂が頭に響く。

 無様に腰を下ろして、片肘突いて悪態を吐く。


「わっからねぇよ」


 何もわからない。どうしてこんな辛い思いをしなきゃいけないのか、どうしてソウル・ステップに惹かれるのか、どうしてテンケツが何も訊かずに手を貸してくれないのか、どうしていつも上手くやれないのか、どうして僕はこうなったのか、どうしてこの石櫃は僕をこんな戦場に上がらせたのか。考えても答えの出ない質問ばかりが頭に上るが、何もわからない。


 腰のポーチから、未だ返さずにいる石櫃——ヤハウェオブジェクトを取り出して、月光に当てる。九つの正六面体からなるそれは、月光を受けて鈍く光っているが、しかしその僅かな光は決して憎らしいモノではなく、逆にどこか懐かしい思い出に浸るような心地を与えてきた。望郷の心とでも言うのだろうか、故郷のノリが世間一般とはどこかしらズレている僕にしてみるとあそこはとてもじゃないが落ち着ける場所ではなかったけれど……それでも、確かに存在していた人と人との関わりと、その心強さだけは嘘だと言い切ることは出来ない。落ち着けないけれど、安心感はあった。安定感と言ってもいい。変わらずある帰る場所には、これがある。


 一度目を閉じて、深く息を吸う。

 口を軽く開き吐き出して、立ち上がりナイフを握る。


 左脚を前へ、右脚は軽く引く。ナイフを握った右手も同じく引いて、正面から見た際に身体でナイフが隠れるように構え、そのまま上体を屈める。


 手足を戻し、右手のナイフを柄の少し長いものに取り替えた後で再度深呼吸。意識のスイッチを入れ替えて、挑む。


 足は前後に肩幅程度開き、柄は両手持ちで構えは正面中段。腰は落とし、視線は真っ直ぐ前だけを見つめる。肩の力は抜いて、ゆっくりと腕を持ち上げ、大上段の構えを取り……更に後ろへ足を下げる。


「ああ……」


 成る程。得心いった、テンケツの言葉に。

 構えを解いた僕も早々に屋上を立ち去り、倉庫へ戻った。人の気も知らずに気持ち良さそうに寝こけているソウルを一瞥した後で、先のジャック・Jの奇襲の折、爆発で吹き飛んで散り散りになった彼の私物を収めた荷袋へとヤハウェオブジェクトを忍ばせる。余談だが、爆発に際して元々の彼の荷袋は破けてしまったためにテンケツのお下がりであるリュックサックがソウルの新たな荷袋となった。


 入れ終えたら、そそくさと自分の布団に戻り掛け布団を肩まで被る。


 ヤハウェオブジェクト……これは、あいつが持っているべき物だとわかってしまったから、返さざるを得なかった。本当はどこかへ行ってしまっただ何だと言って彼にこの死出の旅と表しても差し障りのない闘争ばかりの非日常から脱却して欲しかったが、それじゃいけないと今回の件でわからされてしまったから、もう下手なことは出来もしない。


「友人に殺すは、いけないよ」


 声がした。

 僕は、寝返りを打ってそちらから顔を背ける。


「ありがとうね」


 果たして、僕は良い行いをしたのだろうか。彼のためにはならない無駄な気遣いによって成長を妨げるという償い難い悪行を行い掛けて、友人に止められた僕が。


「ありがとうなんて、言わなくていい」


 続く言葉は飲み込む。

 が、どこか続いていたのかソウルは優しく語る。


「……人を思っての行動が、悪いハズ無いでしょ」


 どこまでも綺麗事を吐く彼は、いつまでこのままでいられるのか。世界を知って尚、世界に希望を見出せるのか。

 知りたいのは、そこだ。

 僕の心にあるものを、あいつは見透かしている。


 僕は、僕が間違っていなかったことを証明するために、彼に力を貸しているのだ。騙していると言っても、違いはない。

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