第四話/転禍為福-2

 壁の穴からシンと停止した白い世界に飛び出してみれば、読み通り不明の凶弾は飛来することは無かった。宿と隣の家との路地に上手く受け身を取りつつ着地して、受け身を活かして起き上がり宿の外壁に背をつける。


 直上にナイフを投擲することで「異常無し」を彼に知らせて反抗作戦は開始された。つい十五分もしない程度遡ると殺意を見出していた相手である男——ソウル・ステップへと声を掛ける。亡者たらしめようとしていた相手と手を組むだなんて、僕の短い暗殺人生でも数える程もない回数のみの体験だ。恐怖体験とも言えよう、お互い様だけれど。


 まあ、たまにはそういうのもアリだろう。

 深く息を吐き出して、意識を清く澄ませる。


「おいアンタ、大丈夫か?」


 瞬間、研ぎ澄ました意識が赴くままにその声の主に対して袖のナイフを投擲しようと行動するが、しかしそこにいたのは宿の向かいにある酒場の店主であった。取り出していたナイフを袖の中へと戻して、平然とした顔で店主に相対する。


「店主……いやー、びっくりですよ。突然壁が抜けて真っ逆さま、一体何が起こったのやら。あの宿ってばそんなに老朽化するほど古い建造物でしたかね——ェッ⁉︎」


 両腕を軽く広げて口軽やかに酒場の店主に近付き語って見せている最中、うなじの辺りが唐突に熱を持ち、無意識的に大きく一歩後方へと飛び退いた。無意識の内に起こした行動のため姿勢が制御出来ず尻餅を突いた僕が目撃したものは、透明な液体の棘が店主の眼球の奥から伸びたという、非現実的な現実である。その液体の棘は三十センチ程伸びると先端から形を崩し、ビチャビチャと雪上に零れて消えていった。


「なッ、なんだァァァァァ————ッ‼︎‼︎」


 異常の連鎖に化け物の口内を連想して、堪らず僕は叫ぶ。異常だ。人を殺すことの出来る人間以上に、異常である。

 何か可笑しい——ソウル・ステップの〈加速する動き〉も、たった今目の前で起きた〈人型の罠〉。今の今まで平凡な世界で生きていただなんて、そんな傲慢なことは決して言わないけれど、だが、だからと言ってこんなビックリ人間万博に片足突っ込むような生き方をして来た覚えはないぞ。


 ソウル・ステップの方は無事だろうか……相手の力量も味方の力量もわからない以上何とも言い難いが、こちらの頭はとっくに限界だったりする。今ので僕の余力は全て使い果たしてしまった、あちらさんに気を配るのは今のでお終いだ。


 次点、次の一刹那と表した方がわかり易いだろうか。

 無音の内に引かれた弓の弦は放たれ、さながら飛燕の如く中空を駆けた"ソレ"は誰が手を出す暇もなく酒場の店主の土手っ腹を撃ち抜いた。


「⁉︎」「————ヴァ」「⁉︎」


 再び始動した不明の狙撃によって倒れ込んだ酒場の店主はピクリとも動かなくなり、まるで元々死んでいたモノが動いていたような錯覚に見舞われる。この一瞬で僕の呼吸はかなり荒く変貌しており、この殺し合いにおける劣勢を突き付けられた気分に浸る。


「こんちゃッス、アストライアの」


 声に釣られる形で反射的にその音源を探ってみれば、眼前の、丁度ソウル・ステップの部屋に侵入する際に使用した宿の隣にある家屋の屋根上に人影を見つけた。そっと袖の内にナイフを用意したが、思い直し刃が袖口から出ない程度で止める。


 相手は……声からして女だろう。外見上、武器の類いは見受けられない。髪は実った麦のような色をしていて、肘の辺りまで長く伸ばしてはいるが一本にまとめている。口元は布に覆われているため見えないが、目元で言えば澄んだ空色の瞳が鋭く刺し貫く視線を向けてくる。


「誰だよ、お前。俺の名前を気安く呼ぶな、お前のような名無し風情が呼んで良い名ではないぞ。上手いこと奇襲したからと言ってあまり調子に乗るなよ」


 とか何とか言ってみたが、この路地から屋根上に登るには全身を駆使する必要がある。更に必ず踏まなければいけないポイントがいくつか存在しているために、隙が生じ易い。ここから掃除屋の立つ場所に辿り着くのに良くて十秒掛からない程度だが、それまでに例の液体弾を少なく見積もっても四発、多く見積もれば死ぬ程受ける。接近は不可能。だが、この場からナイフを投擲したとしても当たらないだろう。


 あと何秒だ? 十秒か、四十秒か……いや、三十四秒だな。


「名を名乗れ、痴れ者が。或いは、先に名乗るか?」


「暗殺者が何言ってんスか? まあ、自分を殺す相手の名前くらい知っておきたいって心情もわからなくは無いんで、いいッスよ。教えまスよ。でも、先の栄誉は譲るッス」


 飄々と、お芝居がましい語り口で女は言う。

 口では笑っているが本心では笑っていない……どこまでも冷徹な、殺しに慣れた渇いた人間のそれだ。


「ヴァン・アストライア。熊撃ちアストライアの最後の狩人だ」


「ニアスフィート、ッス。名前だけでも覚えて逝ってください」


 残りは……三、二、一。


「うおっ⁉︎」なんて可愛げのない声と共に、ニアスフィートと言うらしい掃除屋が屋根の上から落下してくる。ニアスフィートの背中には一人の男が浅くはあるが袈裟に刀傷を刻み込んでおり、その男は、言うまでもなくソウル・ステップその人であった。しかし、勢い余ってかニアスフィートと共にソウル・ステップをも屋根の上から落下して来たせいで締まらない。


 ニアスフィートも流石の対応速度で、即座に背中に手を回して共に落下しているソウル・ステップの腕を掴み、地面に叩きつける形で引き剥がして落下順を入れ替えた上で、上手く受け身を取りつつ即座に立ち上がりながらもバックステップを行うプロフェッショナルな動きにより僕らと距離を取ってみせる。一方のステップは背中を斬りつけた腕を捕縛された後、地面に叩きつけるような形で引き離されたため路地に背中から落下した。直前、何とか受け身を取った様子ではあるが、ニアスフィートのように華麗な事後対応は残念ながら。


「くっ……そいつッ、どういうことッスか‼︎」


 距離を取ったニアスフィートは改めてこちらを視認して、一瞬の疑問符の後で割りかし愉快な反応をして見せてくれた。まあ、既に死んでいると思っていた人間に背中を袈裟に斬られたらそのような反応にもなろう。

 しかし、その最大の功労者も落下したまま未だに立ち上がらない。少し位置取りを変えて、ソウル・ステップとの間に身を挟み込む。


「どうもこうも無いでしょう。殺して殺されるくらいなら、殺さず殺す方がマシってお話。だから……死んでください……なッ」

 格好付けつつも横目にソウル・ステップの具合を確かめて、驚愕に動きが止まる。地べたに這いつくばるソウル・ステップのボディには四箇所も五箇所も孔が空いており、止まることなく真っ赤な血液がこぼれ落ちている。


 それも——胸に。肺に。

 心臓は無事なのか? 肺に血液が溜まるのも十二分に危険だ。内臓への損害は? 貫通している時点で。死ぬぞ。いや、別に死んでも良いのか。だが、死んじゃあいけない人間だ。速さか。


「へへーん。見逃してあげても良いんスよ、別に」


 距離は百メートルも無い。一気に詰めて死ぬ前に殺す。生きていたらソウル・ステップを助けるし、死んだら奴も道連れにしてやろう。


「ちょっと、ちょっと待ってくださいッス! バーサーカー過ぎるですよ何摩の血筋ッスか、ったく。熊撃ちさんも、別に死にたきゃ無いでしょう? 死にたくは無いッスよね。見逃してやるから、そいつの荷をこっちに渡して欲しいッス」両手を前に出して振り、僕を静止するニアスフィート。「命あっての物種っスよ」


 ………………。

 踏み出した脚を逆に一歩戻して、僕は言われるがままに崩れ落ちたソウル・ステップに近付いて、腰を落として彼の荷袋に手を掛ける。


「なあ、名前も知らないあんただが一つ頼まれてくれないか?」


 敵に背を向けた僕自身が壁となっているこの状況を好機と見たのか、ソウル・ステップは出会って一日と経たない僕に対して語り始めた。そんなもの、僕が守るギリも無ければ意義も謂れもないと言うのに……人が良いのか世を知らないのか、はたまたその両方か。


「荷袋の中に石の六面体がある……それを、央都の大聖堂に届けて欲しいんだ」


 背後のニアスフィートに魅せるため、引っ手繰るみたく受け取った荷袋を開いてみれば、確かにそこに石櫃と表せるような正六面体が入っていた。面白い、僕は何かの奇縁と受け入れてその六面体をくすねて袖口へと隠す。


 立ち上がった後に振り返り、革製の荷袋を手渡そうと掃除屋の方へと歩を進める。


「近付かないでくださいッス、投げ渡して」


 用心深くも命じる掃除屋に対して荷を投げ渡し、次手で掃除屋の額目掛けてナイフを投擲してみた。手癖の悪さと言うか何と言うか、本当、単純な癖だろう——意図せず人を殺そうとしてしまう、難儀な血統書が付いてるもンでしてね。


 鈍色の軌跡を描いて飛翔したナイフは頭を捻る軽い動作で思いの外軽くあしらわれ、ついつい行った反逆行為の対価として僕の両脚の太腿にはそれぞれ一つずつポッカリと、真円形の穴が口を開いた。太腿から下が斬り落とされたみたいに感覚が無くなり、両膝を突いて崩れた僕は、さながら他人事のように自身の終わりを予感する。走馬灯なんて都合の良い救いもないが、見える灯はより明確に眼前に写っている。


「クソが」


「そちらさんの手癖に言われたくないッス」


 最後に僕が目にしたものは、ソウル・ステップから預かった正六面体が袖口から不自然な挙動で僕の手中へと転がり出でて——その表面に切り口が現れると時を同じくして地面から二十センチ近く浮遊、その身を九つの正六面体に分割するなんて幻覚だった。中央の青い光を放つ六面体を中心に、残る八つの六面体は周辺五から十センチを回転している。

 その閃光は神々しく、正しく世に舞う烈日の如し。


「……————ア」


 息を呑み、引き寄せられるように手を伸ばす。外界の雑音は遥か遠い出来事のように消え入り、ただその烈日を手中に入れるために這う這うの体で手を伸ばす。

 極冷の中にあるはずの身体は不思議と熱を帯び始め、仕舞いにはその身の熱は燃ゆるような温度にまで加熱され——


「——叩き割れェェェ‼︎」


「ふざけるなアアアアアァァァァァ‼︎‼︎」


 声が響くや否や、輝く石櫃に引き摺り込まれていた意識は現実の体へと引き戻されて、身は細胞単位で縮こまる程の平生と何ら変わるところのない冷気に狂わされる。ソウル・ステップの導くままに伸ばした腕を振り上げて——青光りする正六面体に自分が幻の中で感じた望郷と停滞を振り払うように——振り下ろす。


 パキッという軽い音と共にガラスでも割ったみたく砕けた青光りする六面体は目の錯覚か、手の内に混ざり、溶け合い、何事もなかった様子で周辺の正六面体も寄り集まり原型へと回帰して地面に落下する。


「……………………?」


 何が何なのか何もわかっちゃいないけれど、太腿の穴も腹の傷も全てまるっと治っているために僕は戦闘を続行することにしておこう。

 蕩け切った脳味噌で多少無茶な体勢から走り出し、確実にこちらが有利を取れるであろう近距離の攻防に持ち込もうと画策する。絞り出した集中力を生かして月光を映し輝く液体の弾丸を腕の捻りや上体のねじりで躱し、掃除屋の首元に左手首から抜刀したナイフで喰らい付く。


 しかし結局は無茶姿勢からのナイフであり、その威力の程は知れたものであった。失望の入り混じったため息一つに手首を上から叩くことでをいなされ、走り過ぎた僕に向けて怠そうにしながらも放たれた液体弾はいともたやすく腹を貫通する。


 傷が癒えても消耗した精神が戻ることは無く、一度弾けた集中は何を生み出すこともせず疲労を加速させるだけ。フルマラソンでも完走した後のように疲れで痺れた手足は自身の意志とは別にごく自然的に屈して、僕の五体は二、三回転げた後で雪を背にして横になる。そう遠く離れていない位置に立つ彼女は頭をぐしゃぐしゃとかきむしった後で不思議なことに悲しそうな顔をして、銃の形を作った右手の銃口をこちらに向けた。


 真横に立ち、呼吸を荒げて指先すら動かない僕の恥しかない姿を視認すると、銃口をこちらに向けたままにまっすぐにソウル・ステップの方へと視線をずらす。落下した姿勢のまま寝転がり、無数に存在する傷口の中でも傷口の多い胸の辺りを押さえて浅い呼吸を不定期で繰り返す彼に対して声を掛ける。


「能力は体得したとしても理解・修練・追及が必要になるッス。そんなこと、あなたなら知っているはずッスよ。実際に保有しているみたいッスから」


 ただでさえ地面に転がっている相手にも拘らず、見下した様子で顎を上げて語る掃除屋に対して、ソウル・ステップは満身創痍の中で未だ余裕そうに笑ってみせた。


「知っているさ。どれだけ単純な能力であったとしても、”どんな力を手に入れ”て”どのように扱う”のか、それを知らなくちゃ何にもならない。モチロンこれであんたに勝てるのであれば願ってもいない万々歳だが、世の中そう上手くはいかないものだよネ」


「じゃあ、なんでこんなしょーもない悪あがきなんてしたんスか……?」


「んー? 嫌がらせ」


 べぇ、と舌を出して挑発したソウル・ステップであったが、しかし、相手は影の世界に肩まで浸かった殺し屋だ――通用しないと読んだのだけれど、世界は思っているよりも案外広く、僕の痴態など忘れてしまったのか、ニアスフィートはズンズンと立ち姿から苛立ちを醸し出しながらソウル・ステップに近付いて行き、振り上げた足を思いっきりその顔面に振り下ろした。およそ人体が発するとは考え辛い奇怪な音を立てて宿屋の壁まで蹴り飛ばされたソウル・ステップに動きは無く、気絶(あるいは死亡)したことを視認する。


 遠距離からじわじわといたぶるのではなく、直接的に被害を出したことで鬱憤を吐き出したのか清々しい表情で蹴り飛ばしたソウル・ステップには目もくれず、ソウル・ステップと共に屋根の上から降って来た彼の剣を拾い上げると、柄を両手で掴み不格好な姿勢になりながらも必死に僕の枕元へと帰還したニアスフィート。状況が変われば燃えるものがあったかもしれないが、残念だ。


「さよならです。最後に言い残すことはありますか? 聞き届けて、誰かに伝えることでもあるのならば伝えますが?」


 剣尖をこちらに向けて渋いことを語る掃除屋さんだが、今時堅物な騎士道なんて流行らないというに。愚かなことだ。


「身はたとえ、西箇の野辺に朽ちるとも、留めおかまし熊撃ち魂」


「見事……」


 振り上げられた刃は先程まで味方してくれていた月光を反して鈍色の光を放ち、振り上げている張本人である掃除屋ことニアスフィートの顔には恍惚とした表情の雲が立ち込めている。実に心外な視線だという思いもあるが、これが最後に見る光景なのだとしたら失望を浮かべられるより幾分かマシか。勝てば蔑み負ければ失望、歩く姿にゃ石投げろ――ってか。


 振り降ろされた剣身は空を裂き、加速度を付けて僕の首へと吸い込まれるように接近する。今まで……そう産まれ、そう定められたと言えど幾人もの人々の平和な日常を奪ってきた……そのツケを払う時が来たのだと思えば、安いものだ。


「それでも、弱い奴が死ぬし強い奴も死んでいく——仕方がないよなァァァァァッ‼︎‼︎」


 行おうと目論んでいた秘策を取りやめて、振り下ろされた刃を腕をクロスして受け止める。袖に仕込んであるナイフで受けたため腕も何も斬り落とされなかったが、しかし衝撃は腕を強く打ち付け全身に伝わった揺れは十二分な行動阻害となり得た。


 痺れて動かない腕に細心の注意を払いつつ体を回転、後にバネだけで立ち上がり、二歩大きく距離を取る。無防備に突っ立っているのも何なので、袖口にナイフをチラつかせ、ガンマンに於ける決闘のような膠着状態を作り出す。ただナイフを構えただけではこんな状況作り出せたもンじゃないが、今あちらは先のブロックで掃除屋本人にだけわかる程度にチラ見せした隠し種に注意を払わなければならない状態にあるために、ギリギリの綱渡りで状況が取り繕えている。


 そら、不得手な剣を後ろに放り捨てたぞ。


「ちなみに、どうして僕が諦めていないって思ったよ。ありゃ、そのまま諦めて死ぬムードだっただろろ」


 手の痺れが止まるまでの時間稼ぎに適当な話題を振ってみる。乗らずにこの状況をぶち壊されたらその時点で僕の負け、乗って尚且つ手の痺れが解けたら僕とニアスフィートは再び対等となる。


「影の世界に生きてきた熊撃ち一家の人間がそんなに潔い訳がない——なんて、いっそ希望とも言える理想に賭けただけッスよ」


「そりゃそうか。生き汚なくちゃ僕らの世界じゃ生きていけねェもんなァ。しかしさ、『熊撃ち』なんて言っちゃってさー……そんな名前なんて、どうにもならないぜ? そんなものにお前は何を期待してんのよ」


「何をわかり切ったことを。名前が無いと仕事は入ってこないッスから、名前は大切っスよ。名無しからしたら羨ましい限りっス」


「ニアスフィート・アストライア……名乗ってみるかい? それとも、奪っていくかい?」


「あなたを殺したら、一家の皆様は私の命を狙いますかね?」


「馬鹿言っちゃいけねぇ、一族さ」


 手の痺れも大分マシになり、同時にニアスフィートとの会話も終了した。全く同一の瞬間、攻撃の体勢に入り、ほぼ同時に殺気を隠すことをやめる。たった一つ放たれた軌跡と相対するは六つの軌跡。それは月光を乱反射して、極冷の大地に舞う。

 放たれた六つの凶弾を避けることは敵わないと踏み、はなから受ける姿勢を取る。


 掃除屋は悠然と構えを取り、ボクのナイフは所詮は悪あがきと侮っていた。

 双方の最終手を投了し、後は結果を待つのみとなる。そして刹那、僕の敗北は確定事項と化す。


 六つの聖弾が何度目かの身体の穿ち抜きを終えて地面に消え、この膝は眼前の掃除屋に屈した。何のことはなく致命傷となり得る肉体破損ではあるが、未だ死に体とて死体には成り損なっているのだから喰らい付いて見せようじゃないか。


 最後の力を振り絞って雪が降り積もる地面に背を落とす……死ぬ時は星空を見上げて死ねば勝ち組だ。


「存外、つまらない死に様ですね」


「丁寧な口調の方が可愛らしいよ、ニアスフィートちゃん」


 かかっ、と笑うことも叶わない身体ながらも軽口は忘れない。

 あいつとの距離はどれくらいだろうか……そう遠くはないが、また近くもない。この距離では当たらない。もう少し近く、二歩でも三歩でも良いから近くに。さっきみたいに近付け、僕を甘く見て近付け、殺しに来い、惨めに殺さず流行りも廃れた騎士道に則れ。


 ほぉら、だから騎士が来た。


「チェェェェストォォォォォッ」


 怒号は世界を揺らし、振り被られた剣は常人の剣とは異なり光を返さない。ビリビリと肌が抉れる程の熱量を持ってして振り上げられた刃は、コンマ〇・一にも充たない神速の内に詰められた間合いに相手を捕捉するや否や振り下ろされる。この世に無二の魔剣と表することすら正しい凶刃はニアスフィートの背中を逆袈裟に十センチもの深さで斬り裂いて、驚きに身を任せたニアスフィートはふらふらと四歩足も揺らめいた後に振り返る。


 そこで彼女が目にしたであろう光景は、最後の仕事を終えて勢いに身を任せ転がりながらも僕に親指を立てるソウルの姿であり、任された仕事は、無論、完璧にこなしてこそのアストライアであろう。

 僕の有り合わせの体温は全身を温めて、温められた肉体は外部に放出される。結果、今背にしている雪は僕の体温によって溶かされて、溶かされた雪はなんて事はなく水になる。


「さよならッス……ってなァ!」


 僕の身体ごと貫いて発射された液体弾は血液のコーティングを受けて赤黒い軌跡を描き、一瞬の内に額を抉り取られたニアスフィートは全身の力を抜いた様子で崩れ落ちる。その姿を僕は、記念に瞼へと焼き付けてやった。正体を晒すようで少しばかり恥ずかしいが、怨敵を殺すことのなんと甘口な気分なことよ。


「決ッ………………着ゥ………………」


 絞り出した息は白く帯を引いて——


 刻は今、夜明けを迎えた。

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