31.幼い頃の恋心

 それはこんな状況で聞くにはあまりに間の抜けた内容だった。唖然としているミゲルにレンは小首を傾げてみせる。


「ねぇ、答えてよ。ミゲルは僕のこと好き?」

「なんで、そんなこと」

「僕はミゲルが好きだよ」


 その言葉はミゲルの耳から心地よく体の中に入り込んで、胸の辺りに思いもよらぬ重量を伴って落下した。肺が押しつぶされ、心臓の鼓動によって息が追い出される。吐き気と頭痛に襲われながら、ミゲルは自分がその言葉を待っていたことに気がついた。レンに対する想いは十年前から気がついていた。しかしそれをミゲルは自分の罪だと思って心の深くに押し込んだ。このまま隠し通して、それを懺悔とするつもりで。

 だが、レンのたった一言が全てを無に還してしまった。ミゲルの中に無造作に手を入れて、苦しみも喜びも後悔も期待も容赦なく外に引きずり出した。ミゲルは口元を抑えたまま一歩後ずさる。いくらそうしたところで、想いを元に戻せないことはわかっていた。


「初めて見たときから好きだったんだ。だから一緒に遊んでいる時も笑っているときも、とても楽しかった。ずっと一緒にいたいって思ったくらいには。でもそれが良くなかったのかな。僕の家族は皆死んだ」


 レンは川の中に佇んだまま、ミゲルを真っ直ぐ見つめていた。月明かりの下、その姿はもはや作り物のようで、ミゲルは余計に胸が苦しくなるのを感じた。好きだと言われたのに、好きだと言って欲しかったのに、それが今は苦痛だった。


「もう一度、ミゲルに会いたかった。それは本当だよ。でもミゲルは僕のことを信じてくれるとは言わなかったし、ずっとどこか余所余所しかった。だから少しでも昔みたいに話したいと思ったんだ。ラミーにも協力してもらって」


 そこでふとレンは口を閉ざすと、「あぁ」と思い出したように呟いた。


「ラミーもね。僕と同じなんだよ。異教徒扱いされて家族を殺されたんだ。ラミーの両親は、娘の見た目を隠そうとして、色々な言い伝えを信じて薬草やら呪いやらに手を出した。娘のためにやったことなのに、それで処刑されてしまうなんて、酷い話だよね」


 同意を求めるような口調だったが、ミゲルは何も答えることが出来なかった。その間にもレンは淡々と話を進める。


「ミゲルに信じて欲しかった。そしたら昔みたいに話せる気がしたんだ。でも、ミゲルはそうじゃなかった」

「俺は……」

「ミゲルのためになればいいと思って、頑張ったんだよ。でも上手くいかなくて。司祭長なんて肩書きばっかりだね」


 レンは少しだけ笑った。


「地下に行ったときにミゲルの友達……アンテラだっけ。彼に会って。すぐ近くの部屋にはスヴェイって人もいた」


 牢屋、と言わないのはミゲルへの配慮なのだろう。


「ミゲルに会いに行ったんだけどね。いないからって、じゃあサヨナラってのは冷たいでしょ。だから少し話をしたんだ」

「何を?」

「僕が僧正陛下に進言して、期限付きの国外追放になるように計らうって言ってみたんだ。実際、僕は陛下からの信用も得ているし、今回の件については決定的な証拠ってものもなかったしね。でも……騎士の彼はそれが気に入らなかったみたいで」


 レンはそこで一度口を閉ざしたが、ミゲルは視線だけで先を促した。何か言葉を挟んでしまったら、続きが二度と聞けない気がした。


「ミゲルと一緒だよ。彼も、仕立屋を陥れたのは僕なんじゃないかって言ったんだ。だから悲しくて悔しくて、どうにかして彼に僕が信用たり得る人間かってことを伝えようとした。僕が陛下に進言するだけで足らないなら、ラミーの神託ということにしても良い、って。でもその言い方が良くなかったのかな。彼は僕を突き飛ばして地下から出て行って……あとはミゲルが見たとおりだよ」


 ミゲルは黙り込んだまま考える。レンはミゲルを探して地下に行き、そこでアンテラに問い詰められた。レンは疑いを晴らそうとして神託のことを持ち出し、それがアンテラの逆鱗に触れてしまった。

 筋は通っているように思える。しかしそれを鵜呑みにすることは出来なかった。何が正しいのか、正しくないのか。ミゲルには正直判断がつかない。しかしそれを理由にレンへの追及をやめてしまうことが間違いだということはわかっていた。


「だったら全ては偶然だったって言うのか。スヴェイのことも、暴動のことも」


 偶然で片付けるにはあまりに出来過ぎていた。噛みつくように問うミゲルに対し、しかしレンは不思議そうな顔をしただけだった。


「えっと……何で僕が彼らを罠に嵌めないといけないの? 彼らが僕になにかしたわけでもないのに」


 その指摘にミゲルは思わず口の動きを止めた。レンは全く意味がわからない、といった顔で続ける。


「僕の仕業じゃないかってミゲルが言い出したときから不思議だったんだ。どうして僕がそんなことをしたって思うわけ?」

「それは……」


 心の中の弱くて薄汚い部分が、ミゲルの言葉に制止をかける。言うべきではない。隠しておくべきだ。そんな声が頭の中で煩く響く。

 だがもうミゲルにはそれらに耳を傾けたり、まして従うほどの気力すら残されていなかった。


「俺が……レンの家族を殺したから」

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