24.死か追放か

「どうなってるんだよ!」


 アンテラの声が狭い部屋に響く。並んだ椅子にはもはや誰も座っていない。少し前に他の騎士達によって仕立屋の一家は連れて行かれた後だった。扉の前に立っていたラミーも既にいなくなっている。二人しかいない部屋で、その声はあまりに大きすぎた。


「落ち着いてくれ、アンテラ」

「落ち着いていられるか。お前はスヴェイを助けるって言っただろ? なんで罪が増えてるんだよ。連れ出す時だって、あれじゃまるで大罪人だ」

「クイルタ司祭の告発によるものだ。スヴェイが火を放ち、本を盗んだと」

「あり得ない」


 アンテラは即座に言い切った。


「スヴェイがなんで本なんか盗み出すんだよ。あいつが読むものなんて服の寸法や型紙ぐらいだって知ってるだろ」

「それは知ってるよ」

「だったらなんで」

「それだと証拠にならないんだ」


 ミゲルは苦い思いを噛みしめながら言う。あの場所で、理路整然と説明をするクイルタに対して、ミゲルは碌な反論材料を持っていなかった。それこそ「幼なじみのスヴェイがそんなことをするわけがない」という、他人からすれば一笑に付すようなものしか。


「スヴェイを信じると言い張るのは簡単だった。でもそれをしたところで他の誰が支持してくれる? 下手をすれば騎士団が罪人を庇っていると見なされる。そうなればもうスヴェイがどれだけ否定したところで聞き入れる者はいない」

「じゃあお前はスヴェイのために罪人扱いを許したって言うのかよ」

「だったら、他にどうしろと言うんだ!」


 瞬間的に気が高ぶり、声を張り上げる。アンテラの言葉は既に自分自身に対して投げかけていたものと変わらなかった。もっとなにか出来たのでは無いか。スヴェイを罪人として扱うのを阻止出来たのではないか。己を責める言葉は無限に思いついても、救う言葉は一つも見つからなかった。

 アンテラが自分のことを詰るのは理解出来ても、それを受け流せるほどミゲルも冷静ではなかった。


「俺がしたことが正しいだなんて思ってない。でも後から評価するお前は正しいのか? 正しいなら教えてくれ。俺はどうするべきだった?」


 真っ直ぐに目を見て問うと、アンテラは途端に気まずそうな表情になって視線を逸らした。


「俺が何の考えもなしに広場で突っ立って話を聞いていたとでも思ってるのか? 俺は出来うる限りのことをした。理想とは程遠くても、それが最善策だと思ったからだ」

「ミゲル」

「他に方法があったなら教えてくれ。俺を責めるってことは、お前は答えを持っているんだろう?」

「わかってるよ、ミゲル」


 先ほどまでの勢いを失った声で、アンテラが呟くように言った。


「悪かった。お前を責めるつもりなんてないんだ。お前はきっと精一杯やっただろうさ。何も出来なかったのは俺だ。何の努力もせずに、ここでお前の吉報を待っていたんだ。母鳥を待つ雛みたいに間抜け面を晒して。それが……惨めだった」

「俺も言い過ぎた。すまない」

「ミゲルは何も悪くない」


 力なく首を左右に振ったアンテラは、先ほどまでスヴェイが座っていた椅子に腰を下ろして溜息を吐いた。


「スヴェイはこれからどうなるんだ?」

「司祭長が僧正陛下のご判断を仰ぐそうだが、スヴェイ自身が放火を否定し、確固たる証拠がなければ死罪になる可能性は低いと言っていた」

「なら大丈夫だな。証拠なんてない筈だし、あいつも認めたりしないだろ」

「でも死罪は免れても国外追放されるかもしれない」


 一度は安堵の表情を浮かべかけたアンテラだったが、ミゲルの言葉に眉を吊り上げた。死罪の次に重いとされるのが終身刑と追放刑である。どちらも二度と普通の生活には戻れない。特にこの国は宗教国家で、国民は皆ミラスマ教を支持している。追放刑は教徒である資格すら取り上げられるため、終身刑よりも残酷だと見る者も多い。


「何でだよ」

「考えてみろ。これだけの人に知られてしまったんだ。放火や窃盗で裁かれなかったとしても、全くのお咎めなしじゃ皆は納得しない。それにクイルタ司祭が許しはしないだろう。何しろ自分が言った言葉を勝手に吹聴されていたんだから」


 寧ろ問題なのはそれだった。今まではクイルタも黙認していたのかもしれないが、このような事態になっては無視することは出来ない。スヴェイにとってはただの噂話だったのかもしれないが、もう少し考えるべきだった。しかし今更言っても遅い。


「スヴェイの行動が暴動を招いたのは事実だ。お咎めなしとなっても、もうこの国で生活するのは難しいだろう。輔祭としては勿論、仕立屋として生きていくのも」

「この国を追い出されたら、どうやって生きていくんだよ。あいつは此処しか知らないのに」

「身ぐるみ剥いで国の外に放り出すわけじゃない。当面の生活費などを持たせることは出来る。それこそ俺たちが定期的に支援してやってもいい。……死ぬよりはマシだ」


 そんな言い方しか出来ない自分に吐き気を感じながらミゲルは言った。アンテラは悔しそうに下唇を噛みしめて暫く黙り込んでいたが、やがて噛み痕のついた唇を動かした。


「何も出来ないってのは腹立たしいな」

「俺もそう思う」

「神託がなければ、こんなことにはならなかったのに」


 恨むような口ぶりに、ミゲルは少し危ういものを感じた。だがアンテラは苦笑を浮かべた表情で、まるで自分自身に言い訳をしているかのようだった。


「スヴェイのあの悪い癖だって俺たちで治せたかもしれないのにな」

「それは傲慢な考えだ」

「わかってるよ。俺はいつも間に合わないし、何も出来ない。後から考えて偉そうに口出しすることしか出来ないんだよ」


 アンテラは思考に区切りをつけるように椅子から勢いよく立ち上がった。


「警邏に出てくる。此処にいると余計なことを考えそうだからな」

「わかった。定時報告までには戻れよ」

「あぁ」


 短く返された声はいつもと殆ど変わらなかった。先ほど感じた危うさは、恐らく気のせいだったのだろう。ミゲルは自分にそう言い聞かせながら友人を見送った。

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