14.騎士の役目
空気が和らいだのを感じた。年と経験を重ねた騎士がミゲルの言葉を保障したのが大きかったのだろう。その場から一人、また一人と離れていき、やがてミゲルたちだけが残った。ミゲルは副団長の方に向き直ると礼を述べる。
「ありがとうございます。リューミルさん」
「礼を言われることじゃない。団長と副団長が揃って狼狽えていたら、日が昇る頃には井戸端の笑いものだ」
リューミルは口元に自嘲気味な笑みを浮かべた。
「図らずも団長殿に助けられた形になったな。様になってきたじゃないか」
「いえ、とんでもないです。ただ必死だっただけで」
「団長が副団長に敬語を使うな。前言撤回、まだまだ青い」
ミゲルの肩から手が離れたと思うと、背中に強めの一撃が加えられた。
「さっさと詰所に行け。他の連中も待ってる」
「はい。……いや、了解した」
まだ慣れない言葉遣いでミゲルは返すと、門の横にある騎士専用の扉を開いて中へと入った。風は一層強くなっているようだった。
教会に入り、礼拝の間で一度祈りを捧げてから詰所へと急ぐ。少し離れた場所からでも、詰所の扉が開いていることと、中で誰かが話をしているのはわかった。ミゲルは息を整えてから中へと踏み込む。入口付近で座り込んでいた先ほどの騎士見習いが、慌てて立ち上がろうとした。
「いい、座っていろ」
ミゲルは短く制止して、そのまま部屋の奥に進む。部屋の中には二十人ほどの騎士が揃っていた。護衛騎士は書類上は二百人ほど存在するが、そのうち半数以上は地方の教会に常駐となっている。中央教会に属していても、更にその殆どは街の四方にある支部を拠点としているので、中央教会に日参する騎士は総勢でも五十人程度しかいない。
今、部屋の中には二十人に満たない騎士しかいないが、それも当然のことと言えた。寧ろ、この時間に集まったことを考えれば上出来と言えるだろう。
「団長殿」
待ち構えていたらしい年上の騎士が声をかけた。
「門のところに人が集まっていましたが」
「副団長と対処した。今は誰もいなくなっているはずだ」
「お二人でですか?」
訝しげな響きの混じった問いだった。そこには言外に、ミゲルに対する評価の低さが表れている。リュミール一人で対処したのならまだしも、そこにミゲルも関わっていたことが信じられないのだろう。
しかしミゲルはそれを気に止めるより先に聞くことがあった。
「皆、風に気が付いて教会に来たのか?」
「いや、私を含めた三人は教会の夜番で。しかし他は自主的に集まっています」
「ありがとう」
短く礼を述べたミゲルは、そのまま部屋の奥まで行ってから全員を振り返った。
「日が昇れば再び、人々が教会に押し寄せるだろう。先ほど門の前にいた老婆は、騎士に心付けを渡して門を開けようとした。同様の手段を使う人間が他にも出てくる可能性がある。言うまでもないが、護衛騎士の誇りにかけてそのようなものを受け取るべきではない」
静かな詰所にミゲルの声が響く。何人かが頷いたのを確認してから言葉を続けた。
「俺たちが今すべきは、人々の不安を少しでも取り払うことだ。そのためこれより、街の警邏を行う」
「待ってくれ、いや、待ってください」
別の騎士が声を出した。ミゲルの一つ年上である騎士は、その若さゆえの物怖じの無さで評価されていた。
「我々が警邏をしているのを見て、殊更不安に思う者もいるのではないでしょうか」
それは尤もな懸念だった。しかしミゲルは首をゆっくりと左右に振る。
「確かにそう思う者もいるだろう。しかし既に此処には騎士が集まってしまっている。その姿を目に止めた人もいるはずだ。「騎士達が夜明け前に教会に集まった」、「なのに何もしない」と思われるほうが問題だ。教会の中で何かが起こっていると誤解される可能性がある」
「ですが、普段と異なる警邏です。不安に思うなと言うほうが無茶では」
「それは事態を深刻に捉えすぎているからだ」
ミゲルの言葉に相手が虚を突かれた顔になった。
「神託を意識するからそうなるんだ。だから深刻にもなるし、ややこしくもなる。今起きていることを端的にまとめるなら?」
「……強風が吹いている」
「そう、それ以上でもそれ以下でもない。いつもより激しい風が吹いていて、何か飛ばされたり、その飛ばされたものが家に当たる可能性があるから警邏をする」
自分の足元を、右手の人差し指で突きつけるように指し示す。
「神託など関係ない。俺たちはこの教会に属し、僧正陛下を護る任務を負っている。それを忘れるなら騎士の資格はない」
場にいた全員が黙り込んだのを見て、ミゲルは少し頬を緩めた。
「と、俺の父なら言っていただろうな。受け売りというものでもないが」
「いや、それで十分でしょう」
最初に話しかけてきた年嵩の騎士がそう言った。
「つまり我々はただ風のことだけを気にすれば良いわけですね?」
「その通り。何か聞かれてもそのように答えろ」
「神託のことを聞かれた場合は?」
「少なくとも僧正陛下や司祭長から、神託に関するお達しは出ていないと伝えるんだ。それで幾ばくかは安心するだろうから」
「なるほど。警邏の組み合わせはどうしますか」
ミゲルはそこで言葉に詰まった。警邏は少なくとも二人一組で行う必要がある。偉そうなことを今まで言っていたのに、ミゲルはそのことをすっかり忘れていた。というよりも、今までは自分で考える必要がなかったためでもある。教会側から必要な振る舞いや儀式などについては教えられていたものの、騎士団の中だけで行われることについては、前任者の突然の死のせいもあって十分な引継ぎがなされていなかった。
「二人で警邏を。その組み合わせは……」
「今は人が少ないですから、慎重になるべきでしょうね。わかりますとも」
相手はミゲルの困惑を素早く汲み取って、言葉を補完した。それに情けない気持ちになりながら、他の隊員の手前、本音を零すことも出来ないまま頷く。
恐らくミゲルの自尊心を守ろうとか、そういう理由で助け舟を出してくれたわけではないのだろう。騎士団長という代々引き継がれてきた「伝統」に傷をつけないようにしているだけである。誰が騎士団長になろうとも、その役職を穢すことは許されない。
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