12.神託の内容
「ラミー様の神託の内容は知らない?」
「聞いてないからな」
「教会にいるのに聞いてないなんて、もうそれ意図的に避けてるんじゃないの? まぁアンテラらしいけど。神託の内容はこうだ」
悪しき風、明日災いを連れる。
神は人々をその災いから遠ざけるために寄り添う。
「何だそれ」
「これが神託だってば」
「風だの災いだの、意味がわかんねぇよ。もしかしていっつもそんな感じなのか?」
「結構バラバラだけど、大抵はこんな感じだよ」
それを聞いたアンテラは鼻で笑った。
「まるで詩人だな、その巫女様は」
「ラミー様は神託を受け取るだけだ。だからこの場合は神様の趣味とか嗜好とか、そういうものになるんじゃないかな」
「そういう曖昧な表現で、後から「ほら、この神託はこういう意味だったんですよ」って言う手法かもしれねぇな」
「アンテラ」
ミゲルは鋭く囁いた。
「少し声を落とせ」
「黙れとは言わないのか」
「今は俺は騎士団長じゃないし、お前も騎士じゃないだろ」
「あぁ、なるほど。お優しいことで」
グラスに半分残っていた酒をアンテラは一気に飲み干すと、次の酒を頼むために椅子から降りる。まだ足取りはしっかりしているが、あまり良い飲み方とは言えなかった。
「なんであんなにピリピリしてるんだろうねぇ?」
理解できない、と言いたげにスヴェイが首を傾げた。
「まぁ元々アンテラって敬虔たる信者ってわけじゃないけどさ、それにしたって巫女様を敵視しすぎだよ」
「疑い深い性質なんだよ。それは小さい頃からわかってるだろう?」
「肉屋は良い肉と悪い肉を見分けるのに神経注いでるからね」
スヴェイはそう言ってから肩を細かく揺らすように笑った。
「でもアンテラみたいな人、前は沢山いたよ。半信半疑って言うか、何というか。巫女様の神託が次々当たっていって、司祭長様の力で重病人が回復していって、段々そういう人も少なくなっていったんだ」
「……神託の内容、スヴェイはどういうことだと思う?」
「ううん、そうだねぇ。僕じゃなくて司祭様が言うには流行病のことじゃないかって。古い文献にも、山から冷たい風が病を運んできた、なんてのがあるらしいよ」
「それだと明日見たぐらいじゃ確かめようがないんじゃないか」
「少なくとも風は吹くよ。だってラミー様がそう言ったんだから」
直接聞いたわけではないだろうに、何故かスヴェイは自信満々だった。それどころか、誇らしげな様子すら窺える。ミゲルは残り僅かになった酒をゆっくり喉に流し込み、そして短い息を吐いた。
「奇跡なんだよ。あのお二人は。どちらもこの国に平和をもたらすために神様が使わしたんだよ」
「奇跡というのはそんなに軽々しく使うものじゃない」
「人を軽薄みたいに。傷つくなぁ」
その時、大きな音を立てて酒をなみなみと注いだグラスがミゲルの前に置かれた。驚いて顔を上げると、アンテラがもう一杯を手に持ったまま見下ろしているのと目が合った。
「飲めよ。いつもの酒だ」
「すまない。しかしもう少しつまみが欲しいな」
「そこの油を吸い込んだ茄子でも食えばいいんじゃないか」
「アンテラ。お前、酔ってるな?」
指摘されたアンテラは舌打ちをして椅子に腰掛ける。
「あぁ、酔ってるよ。でも酒だけのせいじゃない。どいつもこいつも巫女様のご神託の話ばっかりだ。クラクラしやがる」
どうやら酒を取りに行く途中でも、他の客や店員が神託について話しているのを聞いてしまったようだった。ただでさえ機嫌がよくないところに、その原因を突きつけられては堪ったものではないだろう。ミゲルは少しだけ同情する。
「おい、スヴェイ」
赤くなった顔を友人へと向け、アンテラは酒臭い息を吐いた。
「明日わかるって言ったな」
「うん、言ったねぇ」
「旋毛風の一つや二つじゃ俺は納得しないからな。わかったな」
少し語尾を強め、人差し指を突きつける。スヴェイは目を見開いて驚いた表情になった後で肩を竦めた。
「僕に言っても仕方ないと思うんだけどなぁ」
「うるさい。お前が巫女様巫女様言うから悪い」
「もぉー、本当に酒癖悪いんだから……。つまみ貰ってくるよ」
逃げるように立ち上がったスヴェイだったが、ふと何かを思い出したような顔つきになるとミゲルの方を振り向いた。
「司祭長と巫女様は明日、神託を確かめるために広場に出てくるって言ってたけど、ミゲル達は早く引き揚げなくていいの?」
「何でだ?」
「いやぁ、前も広場にお二人が出てきた時に人が大勢詰めかけちゃってさ。大変だったんだよ。きっと明日は騎士の皆さんも忙しくなるんじゃないかなーって」
軽い笑いを一つ残して、スヴェイはカウンターの方に向かう。その背中を見送りながら、アンテラが再び舌打ちをした。
「気に入らねぇな。なんで神託なんかで俺たちが振り回されないといけないんだ」
「それが神託というものじゃないか。古の頃から、ずっと」
「優等生の答えだな。でも、お前はそれでいいよ」
そう言ってアンテラは酒を口に運んだが、殆ど減らさないままテーブルの上にグラスを戻してしまった。
完全に酔っ払ってしまう前に帰したほうが良さそうだ、とミゲルは冷静に考えながら自分の酒を飲み、フリッターを口に運ぶ。友人二人の間に出来た大きな溝は、ミゲルの真下でその口を開いているように思えた。気を抜けばその中に落ちてしまう。落ちた先にはきっと魔物が待ち構えていることだろう。
自分もいささか酔ってきたことに気付いたミゲルは、自嘲気味に口角を吊り上げる。それを見たアンテラがどこか機嫌良さそうに笑うのが見えた。
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