7.友人の意見
詰所の扉を開けるなり、いくつもの視線がミゲルに注がれた。騎士団長に任命されてからそれは毎日のことだったが、ミゲルはまだ慣れずにいた。自分の一挙一動が監視されて、その都度評価されているような感覚。それは決して妄想などではないのだろう。
新しい騎士団長がその地位に相応しいかどうかについては、街中でもずっと話題の種になっている。教会の近くでは殆ど耳に入ることはないが、少し離れた場所にある酒場や店の軒先を通りかかれば、嫌でもそういった話を聞く羽目になった。ミゲルが通りかかれば、勿論皆口を閉ざすが、それまで聞こえていた言葉を無かったことには出来ない。寧ろ中途半端に言葉が途切れることで、ミゲルは一層その内容が気になってしまっていた。
「団長殿」
自分を呼ぶ声にミゲルは我に返った。声がした方向に顔を向ければ、アンテラが笑みを浮かべて立っていた。その笑みは少し乾いたものを感じさせるもので、しかしミゲルと視線が合うといつもの友好的なものに変化した。
「毎日大変だな。今日も朝から引き継ぎしてたんだろ?」
「あぁ。これでもある程度は知識があるつもりだったんだが、流石に騎士団長ともなると覚えることが段違いに多い」
騎士団長に任命されるということは、言うまでも無く今までより重い責務を課せられるということである。護衛騎士の代表として相応しい礼儀作法や知識を身につけるため、ミゲルはこのところ毎日、子供の時以来の「勉強」に追われていた。
「まぁミゲルなら出来るさ。……っと」
アンテラは自分の口を右手で押さえた。
「団長にこんな口聞いたらまずいよな」
「いいよ、別に。今更アンテラに敬語で接されたら、翌日には風邪を引く」
「なんだそりゃ。そういえばスヴェイに会ったって?」
「あぁ、丁度教会の前で会ったから。リットで少し話をね」
「今度は俺も誘ってくれよ。三人で飯食ったりするのだって、今後は難しくなるだろうからな」
ミゲルは曖昧な相槌を打って、部屋の一番奥にある椅子に腰を下ろす。騎士団長が使うためのテーブルは立派な黒檀で出来ていて、これまで数多の団長達がそこで書き物をした痕跡が残っていた。
「スヴェイは何か言ってたか?」
「何かって?」
「司祭長や巫女様についてだよ」
その言葉にミゲルは一瞬息を飲む。しかし不自然にならない程度の間だけを挟んで、いつものように受け答えをした。
「聞いたよ。随分と民衆から支持を得ているようだ」
「スヴェイの奴が好きそうな話だよ。あいつ、流行り物というか周りの意見に流されやすいからな」
赤茶色の目に苦笑が混じる。ミゲルはそれを見上げながら「それで?」と返した。
「スヴェイがあぁいう性格なのは今に始まったことじゃないだろ」
「あぁ、そりゃそうだ。俺が気にしているのは、あいつの話を真に受けて団長殿が司祭長を信用してないかってことだよ」
「アンテラ」
今度は言葉は止まらなかった。ミゲルは自分でも驚くほど素早く相手の名前を口に出来た。
「よく考えてから口にしろ」
「考えたよ。この軽い軽い頭にだって、少しの知能ってもんはある」
アンテラはテーブルに両手を置いて、ミゲルの方に体を傾けた。遠征の間に伸びてしまった髪は綺麗に散髪されている。そのためか髪の色がいつもより鮮やかに見えた。
「たった半年で前の司祭長と僧正陛下を懐柔して、おまけに神託を行う巫女まで従えてるなんて普通じゃない」
「巫女は司祭長に付いてきただけだと」
「そんなの信じてるのか? 神託によりマクヌーヤ様が倒れて、癒やしの手により快癒した。あまりに出来過ぎてる」
ミゲルは眉間に少し皺を寄せて、友人の目を見上げた。何を言いたいかは理解出来るし、それを受け止めたい気持ちもある。だがそれはミゲルがただの護衛騎士であれば許されたかもしれないが、今は全く事情が違った。此処には多くの目がある。下手なことを言えば、即座に知れ渡ってしまうだろう。そういう点で、ミゲルは何も考えずに発言できる相手が羨ましくもあった。
「では、神託は仕組まれたものだと?」
「それなら説明がつくだろ。司祭長は巫女を使って、マクヌーヤ様に取り入ったんだ」
「どうやって仕組むんだ。巫女は中央教会に初めて訪れたんだぞ。その時、マクヌーヤ様にも会っていない。会っていない相手を病気にさせる何て出来るわけがない」
「別に直接会わなくても、方法はいくらでもある。例えば毒とかな。毒を飲んで伏せったマクヌーヤ様に解毒剤を飲ませて、「これが癒やしの力です」って言えば奇跡の出来上がりだ」
ミゲルは大きく首を横に振ると、テーブルの上を指で何度か叩いた。
「それ以上は駄目だ、アンテラ」
「お前だって全部信じてるわけじゃないだろ? そりゃ立場上、是とも否とも言えないだろうけどさ」
「アンテラ」
少し声が硬くなったのが自分でもわかった。それはアンテラが背中を向けている方向にいる他の騎士達が、興味津々にこちらを見ているのに気がついたためでもあった。
声の変化に気がついたアンテラが口を閉ざすと、ミゲルはテーブルの上に小さくバツを描いた。
「頼むよ」
アンテラはまだ何か言おうとしていたが、唇を一度噛みしめると、それを解放するのと一緒に大きな溜息を吐いた。
「わかった。わかったよ、ミゲル」
「……誤解はして欲しくないんだが、俺は」
友人の言葉を遮ってしまったことへの言い訳をしようとしたミゲルだったが、相手は手首から先を何度か振ってそれを止めた。
「そっちこそ勘違いするな。俺だってお前が何を言いたいか、そしてそれが俺のためだってこともわかってる」
「それならいいんだ。……他の人には言わないと約束してくれ」
「どうだろうな。確約は出来ない」
その時、伝令係が勢いよく詰所の中に入ってきた。額に汗を滲ませ、少し息を切らせながら周囲を見て、ミゲルの姿を見つけると途端に明るい表情になった。
「団長」
「伝令係が慌てて走ってくるのは感心しないな。急ぎの用事か」
「はい。司祭長がお呼びです」
ミゲルは思わず指先に力を込めて、テーブルの上を爪で擦った。アンテラが少し笑ったのが聞こえた。たった今まで話していて、半ば強制的に断ちきった話題が外部からまたもたらされたことに対する笑いだった。ミゲルはアンテラを軽く睨み付けてから立ち上がる。束の間の休息だったが、全く休んだ気がしなかった。
「何の御用だ?」
「祭事の相談がしたいとかで。お部屋でお待ちだそうです」
「わかった。すぐに行こう」
歩き出したミゲルを、先ほどと同じようにいくつもの視線が追う。だが先ほどよりは気にならなかった。こうやって慣れていくか、あるいは視線の数が減っていくかして、非日常は日常となっていくのだろう。ミゲルはどこか悟ったような気持ちで詰所から廊下に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます