15.想いの果て
三つ叉路には誰もいなかった。ミゲルは辺りを見回してみたが、少し離れた草むらで山羊が悠長に草を食べているだけだった。それが自分を嘲笑っているように見えて、ミゲルは顔を逸らした。
待ち合わせの時間より少し早かったが、それでもミゲルはレンが此処に来ないことを悟っていた。それでも暫くそこで待った後、やがて覚悟を決めたように川へと向かった。レン達が住んでいる場所は知っていた。誰も見向きもしない遺跡のすぐ傍。それだけわかっていれば十分だった。
賑やかな街を背にして、ミゲルは川の上流へと向かう。誰もいなくなってしまったような世界が言い様もない不安を誘った。
「そんなつもりじゃなかったんだ」
言い訳するように呟いた。誰もその言葉を聞いてはいない。神様がいたとして、きっと今日は様々な人の願いを耳にしていて、ミゲルの零した呟きなど気にも留めていないに違いなかった。
道には馬の蹄の跡が大量に残っていた。ミゲルはその上を足早に進む。まだ一縷の望みを捨ててはいなかった。処刑されたというのは別の誰かで、レン達は無事なのではないかと考えていた。蹄の跡に混じり、血と思われる黒い染みもあった。それすら見ない振りをして、ただ足を進めていく。
だが現実はミゲルの願いを叶えてはくれなかった。
少し傾斜の強い坂を登り切ったところに拓けた場所があった。そこには粗末な小屋が三つ建てられていて、どの小屋の軒先にも薬草と思しき束が下がっていた。地面にも薬草が散らばっていたが、どれも容赦なく馬によって踏み荒らされている。一番手前にある大きな小屋の前には、血の染みが広がっていた。さきほど道で見た血痕の持ち主のように思えた。
「レン!」
大きな声を張り上げたが、返ってくるのは風の音だけだった。小屋の中を覗くと、テーブルの上に食器が残っていて、その上にパンの欠片があった。水の入った平皿に花が浮かべられていて、そこに確かに平和な生活があったことを示している。ミゲルはそれを見た途端に吐き気が込み上げて、そのまま胃の中のものを床にぶちまけてしまった。牛乳と卵の欠片が足元を汚したが、そんなことはどうでもよかった。
再び外に出て、もう一度レンの名前を呼んでみた。その時、一番奥にある小屋から何か音がした。
「レン? いるの?」
もはやそれがレンでなくても構わなかった。誰か生きていて欲しかった。
だが小屋の中を見た途端に、淡い希望は落胆へと変わる。棚から滑り落ちた皿が割れた音に過ぎないとわかったためだった。皿は使い込まれていたが清潔に保たれていて、割れた断面が悲しそうにミゲルを見ていた。
外に出ようと踵を返した時、何かが目に止まった。窓際に置かれた小さなテーブルの上に、見覚えのあるものがあった。昨日レンにあげた指輪だと気付いて走り寄る。指輪は綺麗に磨かれて、そして布と皮で丁寧に編まれた紐が通されていた。ミゲルはそれを手に取ると、握りしめたまま小屋を飛び出した。何かから逃げるように、そして何かを断ちきるかのように、振り返りもせずに下流へと向かう。あのままいたら泣いてしまいそうだったが、ミゲルは自分にその資格がないことを知っていた。
レンのことが好きだった。一緒にいたいだけだった。今更それがわかったところでもう遅い。幼い恋心は最悪の形で終わりを迎えて、遂に報われることはなかった。
第一章 少年期 完
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