10.雌雄を決す

「レン」


 はやる気持ちを抑えながら、レンの名前を呼んだ。レンも太陽の位置に気がついたのか立ち上がっていたが、ずっと視線を下に向けていたためだろうか、項に細かな汗が浮かんでいるのが見えた。


「いいもの見つかった?」


 そう言って振り向いた顔にも同じように汗が浮かんでいた。特別今日が気温が高いわけではないが、レンの場合は黒い服を着ているので太陽の熱を集めやすいと思われた。

 レンの右手は何かを握りこんでいた。指先が土で汚れているのが見える。それぞれの指の先の淡い紅色の爪が、去年の聖花祭の出店に飾られていた貝殻を思い出させた。


「うん、結構良いのが見つかったよ」


 ミゲルが自信を持ってそう言うと、レンは小走りに近付いてきた。


「本当? 見せてよ」

「勝負なんだから同時に見せなきゃ駄目だよ」

「あ、そうか」


 レンは照れくさそうにはにかんで、右手を突き出した。拳を握ったまま上に向けている。ミゲルも自分の右手を同じようにして体の前に出した。

 せーの、と互いに声を出して手のひらを開く。太陽の下に二つの輝く物体が晒された。ミゲルはまず相手の手を見た。僅かな土と一緒に握り込まれていたのは半透明の石だった。無骨な形をしているが、縁に近くなるほど透明になっていくため、却ってその形に芸術性すら感じる。ミゲルがその石について尋ねるより早く、レンが指輪に食いついた。


「ミゲルの凄いね。それ何? 指輪?」

「え、あ……うん」


 勢いに驚いてミゲルは少し言葉を詰まらせたものの、すぐに調子を取り戻した。


「多分誰かが落としたものだと思う。でも細工が凄い細かいし、きっと良い物だよ」

「詳しいね」


 レンの言葉にミゲルは曖昧に返した。

 実際、この指輪の正しい価値などは子供であるミゲルにはわからない。だがそれは同世代の子供ならば当たり前のことだった。大事なのは真実の価値ではない。自分たちの目に映った時の印象である。その意味で言えば、この指輪は非常に高い価値を持っていた。


「凄いなあ、とっても綺麗」


 心底感心したようにレンが言うので、ミゲルは思わず得意気に微笑んだ。


「レンの石も綺麗だと思うよ」

「ありがとう。でも、これただの水晶だからなぁ。その辺に結構落ちてるよ。指輪は沢山落ちてたりしないし」

「そんなに落ちてる? 僕、見たこと無いけど」

「河原探せば他にもあるよ。水晶とか翡翠とか」


 レンはそこまで言って、指輪から視線を上げた。


「ミゲルの勝ちだね」


 勝敗があっさりと決まってしまったことに、ミゲルは少し肩すかしを食らった気持ちだった。だがレンは当然と言わんばかりに賞賛の眼差しを向けてくる。それはミゲルが先ほどまで渇望していたものに他ならず、視線を感じると同時に心の中が満たされていった。


「僕の勝ちでいいの?」

「うん、指輪なんて見つけられちゃったら勝ち目ないから」

「運が良かっただけだよ」

「それでも勝ちは勝ちだよ。じゃあ俺の宝物一つあげないとね」


 何にしようかな、とレンは考え込む。しかしあることに気がついたのか眉を寄せた。


「そうだ、家にあるから一度取りに行かなきゃ。此処で少し待っててくれる?」

「明日でいいよ」


 言葉は自然に口から出た。


「明日、聖花祭なんだ。だからその時に持ってきて」

「え?」


 レンは大きく目を見開いた。一瞬、失敗したかとミゲルは危惧したが、その不安が大きくなる前にレンが笑った。


「一緒に行こうってこと?」

「折角だし。駄目かな?」

「いいよ」


 先ほどの勝敗よりも更にあっさりとレンは承諾した。思えば出会ってからこれまで、レンが何かを悩んでいたりすることは殆ど無かったようにミゲルは記憶していた。


「お祭り行きたいから大人に頼もうと思ってたんだけど、ミゲルが案内してくれるなら……嬉しい」


 少し頬を赤らめて言う姿に、ミゲルは顔が熱くなるのを感じた。


「楽しみだなぁ。お金ってどれぐらい必要?」

「えっと……」


 ミゲルは自分が記憶している限りの祭りの情報をレンへと伝えた。最低限持っているべき小銭の数、大通りを通り抜ける時のコツ、人混みで喉が渇くので朝は絶対に水を沢山飲むことなど。

 集合場所は河原から程近い場所にある三つ叉路に決まった。本来ならもう少し街に近い場所で待ち合わせをするのが常なのだが、レンは街の方に詳しくない。迷子になって出会えなくなるよりは、多少距離を歩くとしても確実な方法を採りたかった。


「時間はどうしようか。僕は朝から街の方に行っているから、いつでもいいよ」

「今と同じぐらいのほうがいいな。家の手伝いがあるから」

「わかった。あと、僕の友達も一緒なんだけど……」


 ミゲルはスヴェイのことを、というよりはレンの家族に関する噂を思い出した。否、今まで考えないように努めていたことに、改めて向きなおらざるを得なくなった。


「あのさ、レン」

「うん?」


 レンが首を傾げる。ミゲルは数秒だけ黙り込んだあと、意を決して口を開いた。


「レンの家族が異教徒なんじゃないかって噂が流れてるんだ。レンは……レン達は異教徒なの?」

「え、違うよ」

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