9.石拾いと宝物

「何しようか。水切り? 影踏み? それとも魚でも捕る?」


 心底楽しそうに遊びの候補を上げてくるレンを、ミゲルは眩しい物のように見た。実際、レンの体の後ろから太陽の光が差していて、それが白い肌の黄金色の産毛までを照らしていた。だがミゲルの感じる眩しさはそういった物理的な物とは全く異なっていた。


「石拾いでもしない?」


 輝く肌を見て、ミゲルはふと思いついた言葉を口にした。


「石を拾うの?」

「ほら、この前綺麗な硝子を拾って、僕にくれたでしょ?」


 そう言うと、レンはきょとんとして首を傾げた。ミゲルはその姿を見て僅かに焦る。覚えていないのか、と口にしようとした刹那にレンは「あぁ!」と明るい声を出した。


「うん、あげたね。持っててくれたんだ」

「あんなに大きいの滅多に見ないからね。でもこの河原にはもっと色々落ちてると思うんだ。だからお互いに自分が一番綺麗だと思う石とか硝子とか拾って、見せ合うのはどう?」

「勝負ってこと?」


 ミゲルが頷いて返すと、レンは楽しそうに笑った。


「友達と勝負なんて初めてだな。勝ったら何がもらえるの?」

「それはほら……自分の宝物、とか」


 勝負の報酬など一切考えていなかったミゲルは、少し言葉を詰まらせながら呟いた。そして同時に、自分が持っている宝物を思い浮かべる。家の自分のベッドの下に大事に隠してある煙草の箱。赤と青に塗られた古ぼけたその箱は親戚の老人からもらったもので、ミゲルはそれに宝物と呼べるものを詰め込んでいた。

 美しいリボンの切れ端、ナイフのように尖った石、母親から貰った手触りの良い布きれ、そしてそれに包み込まれた大きな硝子。それらは大人から見れば大したことのない物に違いなかったが、子供の世界では大きな意味を持つ。


「宝物かぁ」


 レンは少し宙を見上げるような姿勢で考え込む。きっとレンにも自分と似たような宝物があるとミゲルは確信していた。誰でも自分だけのとっておきを持っている。

 やがてレンは口元に笑みを浮かべて、ミゲルを向き直った。


「いいよ。勝負しようか」

「なら、ルールを決めよう」


 ミゲルは周囲に視線を配ると、川縁に生えたわかりやすい木を二つ指さした。その木の間は十分な広さがある。


「そこから、あっちまで。それ以外で探したら失格」

「うん」


 レンが素直に頷くので、ミゲルは少し気を良くした。そのまま今度は指を空へと向ける。そこには相変わらず太陽が燦々と輝いていた。


「あの山の方にある大きな木見える?」

「うん」

「そこに太陽が到着したらおしまい。簡単でしょ?」

「じゃあ太陽の位置にも気をつけないとね。お互いズルはなしだよ」

「勿論」


 ミゲルは足元から少し大きな石を掴みあげた。


「これを川に投げるから、その音がしたら開始」

「本当に勝負みたい。ドキドキするね」

「本当に勝負だってば」


 そう言ってミゲルは大きく腕を振りかぶると、川に向かって石を投擲した。灰色の石は緩い軌跡を描いて、低い水柱とそれに相応しい音を立てた。同時に二人は互いに距離を取り、石をよく見るためにしゃがみ込む。

 ミゲルは敢えてレンの方を見ないようにしながら、まずは目に付いた一つの石を手に取った。三角形の形をした青白い石で、変わってはいるが綺麗ではない。続けて手にしたのは褐色の丸い石で、これは一番目のより話にならなかった。どこにでもあるありふれた石では勝負にならない。何しろレンには「実績」がある。この広い河原から、水切りに相応しい石や綺麗な硝子をいとも容易く見つけ出してしまうという実績が。

 どうにかして相手を驚かせたい。そういう欲望がミゲルの中にはあった。相手より大きくて美しい何かを見せて、羨望の眼差しを浴びたかった。それは普段の慎み深いミゲルからは考えられないほどの貪欲で醜いものだったが、美しい川や太陽がその醜さを消してしまっていた。


「楽しいな」


 不意にレンが呟いたのが聞こえて、ミゲルは手にしていた小さな硝子片を取りこぼした。いつの間にか二人の距離は離れていて、声も油断すると聞き逃してしまいそうだった。


「何?」


 振り返って聞き返す。レンはミゲルに背を向けて石を探しながら、含み笑いをしたようだった。


「楽しいな、って言ったんだ。俺、友達とこうして遊ぶのって滅多にないから」

「友達いなかったの?」

「いるにはいたけど……住むところ変わっちゃうと遊べないから」


 レンが右手に持った真っ白な石を背後に放り投げた。十分綺麗なものに見えたが、レンからすると落第点なのだろう。


「俺の家族は色々なところを転々としていて、だから特定の友達とかそういうのが出来にくいんだ」

「色々なところって?」

「山とか川とか、兎に角色々」


 ミゲルはそれがいまいち理解出来なかった。街に生まれて街で育ったミゲルにとって、家とは自分が生まれる前からそこにあるか、あるいはその土地の中で建て直されるものであって、動くようなものではない。

 引っ越しというものが存在するのも理解はしているが、レンのそれは自分が知っている知識からはみ出してしまっているように思えた。


「どこかにずっと住んだりはしないの?」

「しないんだって。不便だよね」


 レンはまた笑った。不便と言いつつも、自分の生活に不満はないようだった。


「じゃあまたどこかにいなくなっちゃうの?」

「多分ね。でもいつかはわからないな」


 急に何かに胸を押しつぶされたような感覚に襲われて、ミゲルは逃げるように視線を逸らした。いつかいなくなってしまう。そうしたら自分は「友達だった誰か」に格下げされてしまうのだろうか。そう考えると苦しくて仕方なく、ミゲルはそれを誤魔化すように自分の足元の砂利を乱暴に手でかき回した。

 その時、何かが指の腹に当たった。石でもなければ硝子でもない、堅くて冷たくてそれでいて人の手になじむような感触。ミゲルはそれを指で摘まみ上げると、まとわりついていた土を払い落とした。上から差し込む光の中で土の中から現れた物体は鈍く輝く。それは誰かが落とした指輪だった。細やかな蔓の細工をこらした指輪は雨風に晒されて金属部分が半分ほど黒ずんでしまっていたが、全体の美しさをまるで損なってはいなかった。

 ミゲルは思いがけぬ収穫に目を輝かせる。太陽が目印の木の上に重なったのは、丁度それと同じだった。

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