第21話 支社長の回顧

 天堂が最長一年半の休職期間を待たずして十二月末で退職を願い出たことは想定外だった。そのまま休んでいれば、働かずとも決して安くは無い給与が振り込まれていたはずだ。 

 そのため彼女の退職は、太田が小曽根支社から異動した後になるとばかり思っていた。これまでも地区本部から呼び出しを受け、部下が次々と脱落し混乱を招いている責任を追及されてきた。これでまた新たに呼び出しを受けることは必至だ。

 しかし欠員の応援要員が認められ、一時期に比べれば仕事が楽になったことは幸いだった。それにこれで四月異動は間違いないだろう。ただどこへ飛ばされるかは判らない。

 それでもとりあえず今の環境から離れられるだけで気が休まる。手数料バックの問題から逃れられ、仲介手数料も受け取らなくて済む。

 ただし後任の支社長にはしっかり説明して置く必要があった。だがあの契約もその頃には四年目に入り、そろそろ解約してもいい頃だ。解約返戻金のピークまでもう少し待ったとしても、手数料支払いは五年払いだから、あと一年余り我慢すればおかしなやり取りも無くなる。

 そのことを後任の支社長が飲みこむか否かだが、どこの部署に行っても前任、またはもっと以前から続く頭の痛い引き継ぎ事項は大なり小なり存在した。それをどこまで自分の在職期間に処理するか、または放置するかは個々の判断だ。

 今まではなんとか逃れてきたが、下手をすると地区本部や本社の内部監査で引っかかる可能性もある。よって自らの責任になる前に断ち切ろうとするかもしれない。これは一種の賭けだ。最初にあの契約を成立させると決断した際、ある程度の覚悟はできていた。

 だが高畠と真中とはしっかり口裏合わせを行っている。これが表に出れば彼らだってただでは済まない。一蓮托生であるため、後任が本社に報告すれば二つの大口代理店との関係は悪化するだろう。

 そこまで覚悟して告発するには、管理職にとってかなり勇気がいる事案だ。数字の必達を掲げている支店長や本部としても頭が痛いところだろう。だから太田もここまで放置せざるを得なかったのである。

 しかしここで考えても仕方がない。他にも問題は山積している。なるようにしかならないのだ。そう割り切り、再び日々の仕事に忙殺されていった。

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