第2話


 どうやってターゲットを見つけ出すかについて、俺は思考を巡らせていた。


 穏ヶ咲女子校。お嬢様、一般市民が入り混じった40名1クラス。それが1学年で4つだから、生徒総数は480。この中から、妹の想い人を見つけ出すのは至難の技だ。


 高1の姫乃が先輩に振られたと言っていたので、俺の所属する2年生と、上級生の3年生に絞られる。ただそれでも320名。ひとりひとり確かめていては、百合に落とす頃には卒業してしまっているだろう。


 姫乃に名前を聞けば解決するが、妹の辛い思い出を掘り起こすことになりうるので、お兄ちゃんとしては絶対にできない。俺、単独で見つけ出す必要がある。


 女子としての所作を身につけることに時間を使い、入るまでに方法を考えてこなかったことを悔やむ。


 流石のこの俺でも行き当たりばったりは厳しかったか?


「あ、あの、姫宮さん」


 顔を上げると、いつのまにか休み時間になっていて、女子たちに囲まれていた。


「ね、ねえ、姫宮さんはどこの学校から来たの!?」

「姫宮さん、好きな食べ物って何!?」

「姫宮さん、さん、だなんて恐れ多い! 様よ、様!」


 どうやら皆、俺に興味津々みたいだ。ここで愛想を良くして好感度を稼いでおけば、のちのち有益に働くかもしれない。


 キャーと黄色い悲鳴を上げる女子たちに爽やかな笑みを投げかける。


「皆様、一度にお話しされても、私は聞き取れませんわ。小野妹子ではないですもの」


 名門穏ヶ咲生らしくお嬢様言葉でそう言うと、場がしんとなった。


 好感度を稼ごうとして、ついやってしまった。この俺の華麗なるギャグ、聖徳太子のところを小野妹子というハイセンスギャグをかまして感嘆させてしまった。


 やれやれ、やりすぎたな。昔からこの一点だけは罪な男だと思う。


「す、素敵ですわ〜、逆にありですわ〜」

「たしかに! ギャップ萌え!」

「つまらない冗談を仰る方、また一つ魅力を知ってしまいました」


 ん? 


「え、つまらない?」


 尋ねると、女子たちはぶんぶんと首を振った。


「そ、そんなことないです!」

「ええ、お腹が痛いですわ!」

「大爆笑ですわ!」


 良かった。この俺の不敗伝説に傷がつくところだった。学業、運動、芸術に止まらず、ギャグも超一流の俺が憎い。


「私たち、姫宮様に興味津々ですの! お話していただいてもよろしいでしょうか!?」


「ええ、もちろん」


 俺の爽やかスマイルに「はわわ〜」となってる女子たちには悪いが、ここにいる女子たちには興味がない。照れている時点で、ノンケではないからだ。ちなみにノンケとは百合でない女子を指す言葉である。


 でもそうか。これは物差しになる。


 この俺の美貌に釣られる時点でノンケではない。妹も俺と同じ血筋で、世界一可愛い容姿があるのだから、落とそうとしなくても寄ってくるやつはターゲット外になる。


 ならば、まずは俺の顔を覚えてもらおう。そして近づいてきた女子の顔を覚え、ターゲットから外せばいい。


 よし。顔を覚えてもらうために、まずは目立つか。


 そう決めた時、隣でずっと寝ていた茶髪の女子がむすっとした声を出した。


「うるさくて眠れないんだけど?」


 その言葉に俺を取り囲んでいた女子は怯えた。


「ご、ごめんなさいですわ。犬上いぬがみさん」


「もういいよ。外の空気吸ってくる」


 そうして立ち上がり、犬上と呼ばれた女子は教室を去っていった。


 茶髪にアーモンド型の少し釣り上がった目。顔立ちは綺麗でクールな一匹狼って感じの見た目だった。まあ俺の足元にも及ばないが、美少女というやつには分類されるだろう。


「い、犬上さん、怖かったですわ」

「うぅ、不良と一緒のクラスだと思うと、怖くて仕方ないです」

「裏で喧嘩ばかりしているとの噂は本当なのでしょうか」


 そんなことを口にする女子たちに尋ねる。


「あの方は?」


「犬上さんです。さる家のお嬢様ですが、あの通り怖い方ですので、姫宮様が気にかけなくともよろしいと思います」


「ええ。入学以来、ずっとお一人でいらっしゃって、私どももどう扱っていいのかわからないのです」


「入学以来、ということは誰も声をかけなかったのですか?」


 女子の一人は首を振った。


「いえ。声をかけても、一人にして、としか返されませんので、いつしか誰も声をかけなくなりました」


「そうなのですか。では、不良というのは?」


「犬上さん、放課後になると教室から1番に出ていくのです。でも、その行き先がわからないから、喧嘩に明け暮れているのではないかって」


「その説明では突拍子がなさすぎます。犬上さんは傷をつけて寮に帰ってくることがあったのですわ。部活もしていない彼女が傷をつけて帰ってくる、それはきっと喧嘩に違いないのだと思っているのです」


「それに、あの恐い雰囲気。何もなくとも、不良だと思ってしまいますわ」


 なるほど。話はわかった。


 要するに、気難しく見た目も不良っぽい犬上が、不良のように傷をつけて帰ってくる、だから不良かもしれない、と彼女らの中ではそうなっているのだろう。


 俺はできればそうであってほしいと思う。


 というのも、一人ぼっちの寂しい女が、癒しを求めた猫にも傷つけられている、なんて、ありきたりで悲しいオチであってほしくないからだ。


 まあそれはともかく。犬上はこの俺の美貌になびくことなく、教室を去っていった。百合の気があれば、そんなことは出来ないだろう。


 まずはターゲット候補1名発見。


 さて、俺を覚えてもらうことの方に、切り替えよう。


「ふふっ、皆様。質問にお答えくださりありがとうございました。今度は皆様からの質問をお答えしますわ」


 キラッと優しい笑顔を向ける。


「あ、あぁ、姫宮様」

「尊い……」

「お嬢様言葉ですが、王子様に見えてきましたわぁ……」


 こうやって魅力的な姿を見せているだけで、彼女らは俺の噂を広めるだろう。


 それに、都合の良いことに、今日は音楽と体育がある。


 そこで活躍すれば、彼女らはもっと噂を広めるにちがいない。


 よし。軽く活躍してみせよう。

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