第3話
トイレの鏡には、この世のものとは思えないほどの美女が映っている。
透き通るような白い肌。長い睫毛の丸アーモンド型の涼やかな瞳。艶やかなのに、さらっとした肩までの黒髪。細くすっとした触りたくなる美しい鼻に、薄ピンクのドキマギさせる唇。
ださい体操服でさえ一流ブランドのものに思えるほどの美少女は、まごうことなき、この俺だ。
綺麗と可愛いの頂点に君臨していることを再確認し、俺はトイレから出た。
『あ、あの方は!?』
『転校生ですわよね!?』
『なんて美しい……』
そんな声に心の中で鼻を鳴らしながら、廊下を歩き、教室に戻る。
がらがら、と教室の扉を開くと、色とりどりの光景が視界に飛び込んできた。
白、黒、ピンク。水色、ライトグリーン。多種多様なデザインの下着を身につけた女子たちが、体操服に着替えながら和気藹々と雑談に興じていた。
肉付きのいい太もも、細く長い美脚、小ぶりのお尻にやわらかそうな肉感のあるお尻。大中小兼ね備えた魅力あふれる胸。
同級生のあられのない姿を見て、俺は動揺するでもなく、悪びれるでもなく、ただただ自信を深める。
やはり、この俺に敵う女子はいないな。
華奢で美しい肩、しなやかな筋肉がついた引き締まった腕、そして舐めまわしたくなるような脚。入学するまでに筋肉量を調節した俺の美しさには誰も及ばない。
くびれや胸は男の俺にはどうしようもないが、体操服で隠れているおかげで査定対象外だし、関係ないだろう。
「姫宮様! 体操服姿でも、なんとお美しい!」
「ええ! 私どもが惨めに思えますわ!」
「すごく……えっちだ」
またも女子たちに笑顔を向ける。
「そんな、私なんて皆様の魅力には敵わないよ」
心にもないことを言うと、ずきゅん、と胸を撃ち抜かれた音が聞こえた。
「は、はわわぁ」
「そ、その口調で、そのお言葉、まるで王子様みたいですわ」
「(パタリ)」
今朝から何度か出る単語、王子様。どうやら彼女らは王子様を求めているらしい。まあそれも仕方のないことだろう、女はいくつになってもシンデレラでありたいものなのだ。
ま、そういうことなら、王子様という方が俺を広めやすくなるだろう。広めやすくなるということは、広められる可能性が上がるということ。であれば、王子様を演じた方がいい。
「ふふっ、本来私はこの話し方なんだ。ちょっと女子校に合わせて、お嬢様言葉を使っていたのだけれど、受け入れてくれるのなら素の話し方でいいかい?」
顔を赤くした女子たちがコクコクと頷く。
「も、もちろんですわ!」
「ふええ、かっこよしゅぎぃ……」
「(ムクり、パタリ)」
そんなやりとりを冷めた目で見ていた犬上が立ち上がったので、俺は声をかける。
「犬上さん、どこへいくの?」
「は? 体育がバスケだから体育館に決まってるでしょ? いちいちくだらないことで話しかけてくんな」
びくっ、とする女子たちは気にかけず、俺はターゲット候補に笑顔を向ける。
「だったら、私もついて行っていいかい? 入学初日で場所がいまいちわからないからさ」
「はあ? なんで私が?」
「じゃあ私が勝手についていくよ。気にしないでいいからね?」
「つっ。勝手にすれば?」
許可が出たので、歩き出した犬上についていく。理由はターゲットかどうかを見極めるために接する必要があるからだ。
「本当についてくんのかよ」
「気にしなくていい、って言ったのに」
「っ!? うるせえ! 話しかけてくんな!」
犬上は足を早めた。
邪険にされて、ふと思う。
ターゲットを百合に落とすと決めたはいいものの、俺は百合に落としたことなんてない。
それは致命的で、どこかで経験しておかないと、いざターゲットを落とそうとしたときに、失敗する可能性がある。つまり、練習しておく必要があるのだ。
適当な相手を手始めに百合に落としたい。だが、百合に落とすと言うことは性癖を歪ませるということ。妹のためと思えば気にはしないが、できれば練習相手は心が痛まない相手がいい。
そんな考えに至ると、俺は思った。
あ、ちょうど目の前に、クソ生意気な不良っ娘がいる! こいつにしよう!
と。
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