第2話

箱の中でドロと毎晩毎晩過ごすのは気が滅入ってしまう。特に、ドロは夜行性らしく、夜になると動き出す。私の周りに来ては何をするわけでもなくこちらをじっと見ているのだ。彼らには目や口といった顔はないが、なんだかそんな気がするのである。こんな毎日を過ごしていると、徐々に睡眠が適切に取れなくなった。目の下には厚いクマができ、ついにファンデとコンシーラーで隠しきれなくなった。こんな顔で外の世界に出ては、私が箱の中の人間だと悟られてしまう危険性が高まる。


私は今日、箱の外の世界に出ることをやめた。


箱の外の世界では、自分の役割を一日全うできない時、逐一連絡をする必要がある。もちろん私もそのルールに従って連絡を入れた。ただ「休む」だけでは許されないのが外の世界だ。私の理由は睡眠不足に伴うクマであるが、もちろんそんな理由では許可が降りないので、喉の痛みと微熱を訴え、欠席の承諾を得た。


今日は一日箱の中に閉じこもり、クマを消し、なんとか箱の外に今まで通り出られるよう、休息を取らなくては。


…そう思っていた矢先、箱の中から外への唯一の連絡口から物音がした。今はまだ昼だというのにドロが行動し始めたのか、そんなふうに考え軽い気持ちで連絡口へと向かう。


しかし、そこにいたのはドロではなかった。


こんにゃくがいた。


ぱっと見はドロに似ているがドロではない。ドロよりもつやつやとしていて、四角い。しかもこのこんにゃく、キャリーケースを引いている。全長15~20センチメートル。何をしているのか、私の箱で。外の世界だったら好きに生きてくれて構わないが、なぜ私の箱の中で?しばらく観察することに決めたその時、こんにゃくはものすごい勢いでドロを食べ始めた。


「え?!」


思わず声が出てしまった。その声に気がついたこんにゃくがこちらに向かってくる。


「こんなに汚して…」


なんだか怒っているようだ。


「ちょっと待ってな」


そういうとこんにゃくはおもむろにキャリーケースを開け、ガスコンロとフライパン、それから何か野菜のようなものが入ったビニール袋を出した。

何をするのか不思議そうに眺めていると、こんにゃくはそれを油を敷いたフライパンに入れ、炒める。またキャリーケースを開けたと思ったら、いくつか調味料を出し、フライパンに目分量で入れた。


「はい、どうぞ。」


そういってこんにゃくは私にそのフライパンごと差し出した。


「きんぴら…?」


そこにあったのは正しくきんぴらごぼうだった。


「あなた、ご飯きちんと食べてないでしょう。だからこんなに部屋中ドロだらけになっちゃうの。それ食べたらお風呂入って、沸かしとくから。」


そういうとこんにゃくは腰にフリフリのエプロンを巻いて風呂場へ向かった。その際も部屋のドロをすごい勢いで食べていた。


「あ、美味しい。」


そのきんぴらは絶品だった。

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雨が降った砂場 紫倉野 ハルリ @a_85

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