第9話 因果応報

 

「……おい、荷物持ち。強くなったからって調子に乗るなよ。分からねぇのか? お前は―――「うるせぇ」ッ!?」


 言いつのるボストンに無理矢理言葉を被せて、話を遮った。お前こそ、まだわからないのか?


「熊を倒した事はお前達の手柄にして良い。別に興味がないからな。借金は全部帳消し、今後一切俺達に関わらないこと。これなら条件を飲んでやってもいい」


「偉そうでヤンス! お前の借金なんて減らさなくてもいいんでヤンスよ! そしたらしばらくはずっとオイラ達の奴隷でヤンス!!」


 こいつもまるで分かってないな。

 ピーピーうるさいチビには反応せず、背を向けてゆっくりと歩き出す。それこそまるで舞台の上で語るかの如く言葉を紡いで。


「アッシュベアを探していた所に突如として現れた焦却豪熊バーンアウトグリズリー。お前らは奮闘虚しく焦却豪熊バーンアウトグリズリーに敗れ、姿も判別できないほど黒焦げににされて死亡。俺は偶然焦却豪熊バーンアウトグリズリーから命からがら逃げることができました……と」


 そこでクルリと振り返って、ニヤリと口元を吊り上げる。


「……良くある話だろ?」


「お前……」


「お前らが消えて借金もチャラ。生き延びた俺は晴れて自由の身って訳だ」


「脅しているのか……」


 ガストンの言葉に思わず失笑を溢した。


「脅し? おいおいガストン、面白い冗談だな。俺は冒険者ギルドに寄った時に話す内容を今伝えているだけだぞ?」


「ッ! リーダー……」


 暗に脅しなんかではなく、実行するとそう念をおして。


「なにか意見は? ないなら同意したと見なすぞ?」


「あるに決まってるでヤン―――へぶっ!?」


 ゴブリンみたいうるさいヤツが俺の拳に挨拶したかったようなので、望み通りにしてやった。元気よく顔面に挨拶をカマした馬鹿は吹き飛んでいって後ろの大木に頭をぶつけたかと思うと静かになる。威勢が良いのもほどほどにな?


「もうないな? なら内容をもう一度確認するぞ?

 1.俺は熊の件を口外しない。

 2.借金はチャラ。

 3.お前達は俺達に二度と関わろうとしない。

 これが契約だ。お前達が関わらない限り、俺はこの契約を破らない。 理解したな。最後にお前らの荷物は返してやる」


 アイテムボックスから預かっていたこいつらの荷物をジャラジャラと地面に落とす。


「ああ、何個か壊れたかも知れんが弁償はしないからな? 契約、忘れるなよ?」


 言葉一つ発することも出来ず、人を殺せそうな視線を向けてきているクズ共に背を向けて俺はこの場を後にした。



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



「クソッ!! クソクソクソがァッ!! 荷物持ちの分際でッッ!!」


 ボストンが怒りに身を任せ、八つ当たりをするように倒れた熊を蹴りつけている。それをガストンがやんわり肩を掴んで諫めようとする。


「リーダー、落ち着け」


「ふーッ!! ふーッ!! あいつ! 見つけ出して絶対殺してやる!!」


「それは無理だろう。さっきのパンチ、全く反応できなかった。どこにあんな力を隠していたのか……」


「なんであんなのに……ッ!!」


 ボストンはなんとか落ち着こうとしていたものの、再燃した怒りが抑えきれずに、身を任せた。なんども熊を蹴りつけてストレスを発散している。


「それ以上は売値が落ちるぞ。……止まらないか。まずはアントンを回収しないと。……おい、起きろ」


「うう……顔が痛いでヤンス……」


「そりゃそうだろ。顔面殴られたんだから」


「そう言えば……。うう、あいつどこ行ったでヤンスか」


「もう立ち去った。ギルドにこいつのことを報告して今日は休む。今からは荷物持ちが落としていた荷物も運ばなきゃならん。リーダーそろそろ手伝ってくれ。……リーダー?」


 熊を蹴り飛ばしていた音も、悪態を吐く声も返事も聞こえない。そのことからどうせ疲れて休んでいるのだろうとあたりをつけて、荷物を整理する作業に戻り、額の汗を拭ってガストンはふと思った。


 暑いな、と。


 何かを見逃しているような痛烈な嫌な予感を感じたところで、普段から聞き慣れない音がするのに気づいた。


 ―――バリバリ、ゴキ、グジュリ。


 背筋が脚の先から凍っていくような嫌な音。血の気が引き、作業の手がピタリと止まる。


 ドサリと、目の前で一緒に荷物をまとめていたアントンが尻餅をつく。ガストンの背後を見るその顔は青ざめており、言葉にならない空気が口からハクハクと漏れていて。そしてゆびして震える腕を伸ばした角度から、その先がかなり高い位置だと予想がついた。


(おい、よしてくれよ……)


 願うように振り返った先で視界に入ったのは。


 見上げるほどの高さからボトボトと落ちてくる鉄臭い深紅の液体と、それに濡れて真っ赤になった口元。

 そしてボトリと地面に落ちてきた光を失った瞳を見せる誰かの頭だった。


「グルルルル……」



 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 



 深い深い森の中、どこからか断末魔のような悲鳴が聞こえる。

 さっきまで『振動操作』で遠くの音を耳まで運んでいたので、俺はそれがなんの断末魔かは理解していた。


「馬鹿が。俺はそいつが死んでるなんて一言も言ってないってのに」


 確かに俺は殺すつもりで熊を殴った。だが、そいつは死ぬことはなかった。ギリギリ生き残っていた。あの熊は単に生き物として強かったのだ。内蔵への大きなダメージを貰っていてもなお。

 それでもあまりに大きなダメージだったのだろう。熊が今まで動かなかったのは、内蔵へのダメージと、振動による脳へのショックによるものだ。倒れ伏した熊を見たとき、『振動操作』で弱々しくも心臓が動いている事に気がついた。


 殺し合いではあったものの、こいつは極論生きようとしていただけだった。さすがに生きようとしているだけの動けない相手に追撃するのもなんだかなと思って見逃すことに決めた。


「しかしまさか蹴り起こすとはな。さぞ機嫌が悪かったろう」


 気絶して動かない事で体力の回復を図っていた熊。そんな触れなければしばらくは目覚めるはずのない眠れる熊を、あろうことかあの馬鹿は自らたたき起こしてしまったのだ。


「契約違反で炙り殺してやろうと思っていたが……必要なかったな」


 あれだけ言ったのにボストンは俺に関わろうとしていた。『振動操作』で手を下そうと思っていたが……熊に先を越された。俺が殺す必要も無かったわけだ。


 ボストンは怒りのままに熊に蹴りを入れ続け、起こされて不機嫌だった熊の爪に首元を切り裂かれた。不幸だったのは熊が弱っていたからギリギリ反応できた事だ。そのせいで首が泣き別れすることなく生き残ることができた。出来てしまった。そのせいで体から血が失っていく感覚と、脚から生きたまま貪り喰われる恐怖と痛みを味わいながら死んだ。


 その感覚は……想像を絶するだろうな。


 ガストンとアントンは食事で僅かに回復した熊の能力で、焼き殺された。どれだけ地面を転がっても消えない火に絶望しながら死んでいった。


「馬鹿共は焦却豪熊バーンアウトグリズリーに敗れ、姿も判別できないほど黒焦げににされて死亡。俺は偶然焦却豪熊バーンアウトグリズリーから命からがら逃げることができました。言った通りになったな」


 一人は喰われたが、誤差だな。因果応報ってやつだ。


「良いことを教えてやろう。焼死ってのはなかなかに苦しいらしい。……せいぜい地獄では火炙りに気をつけろよ」


 もう死んだヤツの事はどうでもいい。

 ここからだ。ようやく『僕』が目指していた冒険者として自由に行動できる。


「なあライム」


「きゅ?」


 ―――『楽しく冒険しようね』


「これから楽しみだな?」


「きゅきゅ!!」


 もう誰にも縛られることはない。己の心が赴くままに生きてやる……!!


 これから俺の冒険が始まるんだ。

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