第4話 熊違い

 

 休憩を終え、探索しつつしばらく歩くとボストンが何かに気づいたように視線を上に向けた。


「おい木の上を見ろ、爪でひっかいたあとだ。アッシュベアのマーキングだろ」


「早速手掛かりか。いい出だしだ」


「……アッシュベアにしては切り傷が高くないでヤンスか?」


「それになんだか……辺りが焦げ臭いよ……?」


「……なに?」


 僕が思わずこぼした言葉にボストンが鼻をひくつかせたと思ったら顔をしかめた。


「そういやなんか熱いな……。やけに喉が渇くのはそのせいか。アッシュベアにものを燃やすような能力なんかあったか?」


「なかったはずでヤンス」


「……となると妙だな」


 ボストンが何かを考え込んでいると、森の奥からバキバキと何かが倒れる音が響いてきた。それは徐々にこちらに近づいてきていた。


「……何か来る!!」


 焦げ臭い匂いが強くなってきた……!!


 果たして焦げるような匂いと共に現れたのは―――灰色の巨大な熊だった。


「ただの……アッシュベアか?」


「普通よりかなりでかいが……いや、待て!!」


 ボストンの驚愕の視線の先を追えば、踏み出した熊の足下の草がボウッ!!と燃え上がったかと思えば、すぐさま灰となって風にさらわれた。熊が歩く度に同じ事が繰り返される。


「なに……あれ?」


 触ったら燃やされるって事? そんなの勝てるわけない……!!

 こんなのアッシュベアの能力にはない。こいつはアッシュベアではなく、もっと別のヤバい何かだ。


 脚を止めない正体不明の熊は、進行方向にあった大木を気にもとめずに直進してなぎ倒しながら進んでくる。しかも触れた場所から火の手が上がり、倒れた大木はすぐさま大火の薪にされた。水分を多く含んだ生木は燃えにくい筈なのに関係ないほどの火力。こんなのすぐに森が火に包まれてしまう……!


 そんな危機感を抱いていたのだけれど、それは杞憂に終わった。


 あれ? 炎が燃え移ることはせずに木が灰になった? 地面の草や他の木に燃え移る様子はない。なぜかわからないけど、延焼はしないようだ。ホッと胸をなで下ろした。

 とはいえそれは救いにはならない。正体不明の熊はこちらに視線を向け、離そうとしないのだから。


 圧力のある視線を受けて、青ざめたボストンが震える指で熊を指し示した。


「あ、あれはアッシュベアじゃねえ!!  触れただけでものを燃やす能力……、間違いねぇ、焦却豪熊バーンアウトグリズリーだ!!」


「知ってるでヤンスか、リーダー!!」


「ああ、歩いた後には雑草すら残らない焦土にすることもある危険な魔物だ。こいつが暴れ回ったせいで、街一つが灰になったこともある……!!」


 焦却豪熊バーンアウトグリズリー、そんな危険な魔物なんだ……!!


「おい荷物持ち! 魔法を撃て!」


「え!? 僕!?」


「そうだよ! あんなの触れないだろ!」


「えっと、《ウォーターボール》!」


選んだのは水の球を発射するオーソドックスな魔法。冷やしたら何とかなるんじゃと願いを込めて選んだ。


そんな願いは着弾と同時に打ち砕かれる。


効かないとかじゃなくて、触れた瞬間かき消された。

熱が強すぎるのだ。


「役立たずが……!! クソッ!! こんなの相手にしてられるか、お前ら、逃げるぞ!!」


「お、おいリーダー!!」「待つでヤンスよ!!」


「ま、待って!」


 きびすを返して走り出したボストンに続いて、ガストンとアントンが走り出す。僅かに遅れた僕が走り出した直後。


「グオオオオォォォォオオ!!!」


「ヒィッ!?」


 追いすがるように焦却豪熊バーンアウトグリズリーが強靭な四肢を操って走り出した。もちろん僕たちを狙って。ここに決死の逃走劇が開始された。

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