第2話 嫌いな特技
「ああ、あれね……」
要求されたのは僕の特技。それに思わず渋い顔になる。正直その特技は好きではないけれど、僕に拒否権はない。もう下手に反発して依頼を熟したときの報酬を減らされる訳にはいかないのだ。
「すみません。グラスを一つ貸してください」
「あいよ」
「ありがとうございます。……《ウォーター》」
お店の人から受け取ったグラスに、手の平から水をだす。これは手品でもなんでもない、生き物が皆持っている魔力と呼ばれるエネルギーを使った『魔法』と呼ばれる技術だ。
水が半分ほど入ったグラスをテーブルに置いて、確かめるように縁を指でなぞる。クワンクワンと不思議な響きを持った音色が流れた。ボストンがこちらをニヤニヤと見ている。
……やるか。
もう一度縁をなぞると別の高さの音が出た。もう一度なぞれば別の音。そのまま縁をグルグルとなぞり続ければそれは音楽になった。
たった一つのグラスから様々な音が紡ぎ出され、束ねられそれは音楽となる。誰も聞いたことがないなぜか僕だけが知っている音楽。どこかで聞いたことがある気がするのだけど、思い出せなくて、そして誰も知らなかった。
普通はグラスの水の量次第で音が変わる。別の音を出すには水の量を変えた別のグラスを用意しなくてはならない。だけど僕は水の量を変えなくても音を変えられる。グラス一つだけで音楽を奏でられる。それだけの……宴会芸。
スキル『振動操作』。
ものをちょっと震えさせることが出来る程度の弱っちい効果しかない外れスキル。後は声が多少大きくなる程度かな?
ともかくこのスキルの力で、グラスから発生する音に変化を与えて曲を奏でるのが僕の特技だ。
そして冒険者としてはなんの役にも立たないスキルを無理矢理使わされる、僕の大嫌いな特技。冒険者を始めてから何度も何度も劣等感を煽ってくる。
そんな事を考えているうちに演奏が終わる。酒場にいた他のお客さんからパチパチと疎らな拍手が帰ってきた。ついでにおひねりもいくらか、アイテムボックスから取り出したカゴに投げ込まれる。
皆この演奏で笑顔になってくれる。でも僕は無理矢理作った笑顔を貼り付けて、本心を隠した。だってこれはボストン達が憂さ晴らしのタメにやらせる、外れスキルしか持ってない僕の見せしめなのだから。
おひねりを入れるカゴが重くなる度に、僕の頭も重くなったように俯いていって。なんだか恥ずかしくて悔しくて前を見ることが出来ないんだ……。
「お前の『振動操作』は宴会芸にピッタリだな!! やっぱり冒険者じゃなくて大道芸人の方が合ってるぜ!!」
彼らに初めて演奏を見せてから何度も言われた言葉。「冒険者よりも大道芸人のほうが合っている」。なんども演奏させられる度に、昔は好きだった演奏がいつからか嫌いになった。
「ぎゃはは! 確かにでヤンス!」
「まあ『アイテムボックス』は便利だ。しばらくは荷物持ちとして働いて貰う」
「ほら渡せ。その金はパーティーの共有財産だよな、だってオレら仲間だろ?」
「……うん」
無理矢理肩を組まれて頭に手を乗せられても頷くしかない。なにせ僕はこいつらから逃げられないから。出された左手におひねりを乗せる。
彼らと出会ったのは冒険者としての初日。街中で困っていた様子のこいつらに頼まれて、荷物を運ぶのを手伝ったのが運の尽き。
最初は気の良い連中だと思った。彼らのような冒険者と一緒に活動できたら楽しそうだとも。でもそれは指定された目的地につくまでだった。『アイテムボックス』に入れた荷物を下ろして帰ろうとしたところで、荷物に傷がついていると言われた。普通『アイテムボックス』に入れた荷物が傷つくことなんてありえない。中身は別空間につながっているらしく、スキルの持ち主以外なにも干渉できないから。でもそんな詳しいことまで知らなかった僕は、彼らにまんまと言いくるめられて多額の借金を背負わされた。書面にも残っていて、これを返すまで僕はこいつらから逃げられない。
仲間とは名ばかりの奴隷のような生活。
これが……僕の冒険者としての日常だ。
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