第51話召還術

ほんのわずかな時間で国家の最重要人物である五花族の二人の当主が殺害された。そしてもう一人は重傷をおっている。

この事件は後に226事件と呼ばれることになる。


僕は熱くなる頭に冷静さを取り戻すために短く呼吸した。

落ち着けと心に念じる。

この御前会議が開かれた部屋は目測だが、だいたい学校の教室を一回り小さくしたぐらいだ。大きな長い机をはさみ宿敵である五丈原涼香は五丈原孔明の背後に立っている。

五丈原孔明は拳と下腹部から水道の蛇口を目一杯ひねったように血を吹き出している。すぐに床に血のたまりができ、五丈原孔明の顔はそれに比例して青くなる。だけど彼は動けない。

人形使いの念糸によって動きは完全に封じられている。


「ハンサムなお兄さん、ごめんね。ちょっといたくなるけどがまんしてね♡♡」

人形使いこと五丈原涼香はそう言うと人差し指をちょいと僕にむける。

超高速でふわふわしていた二つの魔眼イビルアイが僕に襲いかかる。


「関羽よ力を貸せ!!」

短く叫ぶと五丈原孔明は念糸を振り払い、姿を消した。それは僕の視力では追いきれなかっただけだ。

気がつくと僕に五丈原孔明は覆い被さっていた。口からごぼごぼと血を吐き、僕のジャケットを赤く染める。

彼の胸にぽっかりと二つの穴が空いていた。

「姉を……頼む……」

血をこれでもかと吐き出し、彼の体から力が失われた。僕は五丈原孔明の大柄な体を抱きしめる。

なんてことだ。彼は僕を守り死んでしまった。五丈原涼香はあろうことか実の父を殺害したのだ。


「パパいらんことせえへんかったら死なんですんだのに。悪いのパパやよ」

イントネーションのおかしな関西弁で涼香は言う。

五丈原孔明の体から魔眼は抜け出し、再び彼女の元にもどる。

「まあええわ。ハンサムなお兄さん、うちと結婚しよ。そうしたらこの世界の目的を教えちゃるよ。ヒントはねうちらやねん」

うふふっとむかつくぐらいのかわいい笑みを浮かべて五丈原涼香は言う。

彼女は涼子さんに似た美少女だけにその笑顔からいやようのない恐怖を感じさせる。


「五花族のかわりにお兄さんとうちがこの国を牛耳るんや。うち、お兄さんの子供いっぱい生んであげるよ」

うふふっとまた五丈原涼香は微笑む。


僕はゆっくりと五丈原孔明の遺体を床に寝かせる。

このままでは僕は人形使い五丈原涼香に連れ去られるだろう。明らかに彼女は僕個人を欲している。あのリルガミンで言霊にかけたのが悪く働いてしまったのだろうか。

狂気で眼を充血させて五丈原涼香は僕を見ている。

「手足の一本か二本を無くなたっらうちのこと好きになるかな」

五丈原涼香は僕に言う。二つの魔眼は彼女のむっちりした体のまわりをふわふわと周遊している。


はっきり言って僕には彼女に対抗できる戦闘力はない。スキルである言霊や催眠も五丈原涼香のタフで狂った精神力で弾き返されるだろう。

では、どうするのか。

僕には五丈原涼香に対抗できる力を持った愛する仲間たちがいる。

僕は彼女たちの体を毎晩愛して、その隅々までしっている。白にみゆきさん、あやの先生に涼子さん、そして麻季絵さん。

彼女たちの体で僕の指と舌がふれていないところはない。

眼をつむると彼女たちの肉体をはっきりくっきりと思い描くことができる。

だが、頼れる愛するファミリーである彼女らはここにはいない。


いなければ呼べば良いのだ。

魔術の基本は心の力で想像し、創造することである。そんなことできないと思うことは魔術の発展を阻害する。

こうあるべき、こうなるべきと強く思う精神力が魔力の根源である。

僕は白、みゆきさん、あやの先生、涼子さん、麻季絵さんの愛する体を想像する。

そして強く思う。


「ここに来て僕を助けて!!」

僕は叫ぶ。

そうすると背後に光と熱を感じる。


「お兄ちゃん呼んだ?」

かわいらしい声は白のものだ。

僕は成功した。

召還術にだ。

頭の中でピロロンッと電子音に似た音がする。白にステータスを見てもらう必要もなく僕は理解していた。僕は派生特技召還術を獲得したのだ。

それはまさに起死回生の特技スキル獲得だ。


「マスター危ないっ!!」

それはみゆきさんの声だ。

みゆきさんは見敵必殺サーチアンドデストロイを発動させる。みゆきさんは僕の半径10メートル以内ならばピストルの弾丸並みの速さで動けるのだ。

みゆきさんの体が消える。

次にあらわれたときには魔眼を愛用の警棒で叩き落としていた。


「涼香なんてことを」

涼子さんは涙目で弟である五丈原孔明の遺体を見る。

再び飛来した魔眼を得意の指弾で撃墜する。

涼子さんの白い手にはいくつかのおはじきが握られていた。


「ダーリン、怪我はない」

そう言いむっちりぽっちゃりボディの麻季絵さんが僕をかばうように立つ。

右拳を前に左拳を腹にあて、拳法のかまえをとる。彼女は聖天太極拳という中華拳法を師匠の沖ノ秋菜から教えられたと言っていた。


「ああ、大丈夫だよ」

頭がずきずきする。これは魔力を使いすぎたからだ。それにふらふらする。

僕の体をそっと白が支えてくれる。

「お兄ちゃん、すごいね。召還術なんて高等魔術を使えるようになるなんてね。でもかなり魔力と体力を使ったからあとはボクたちにまかせてよ」

白が言う。


「気をつけて、あの娘動くわ」

あやの先生が万里眼の特技を使い忠告する。彼女の理知的な黒い瞳がキラリと輝く。


「なんやねん、あんたら。人の恋路を邪魔するなちゅうねん!!」

どんと五丈原涼香は長机を蹴りあげる。

僕たちと五丈原涼香の間をさえぎるものはなくなった。


「これは好都合ね。人形使いあなたを殺人傷害の現行犯で逮捕するわ」

みゆきさんはしゅんっと軽い音を立てて消える。


「ふん、うちも使えるねん。加速装置ジェットリンク!!」

なんてことだ、五丈原涼香の姿も消えた。

僕の目の前で線状態になった彼女たちが見えない戦いを繰り広げる。

次にあらわれたとき五丈原涼香は右手をだらりとたらし、逆の手でおさえていた。

みゆきさんは秀麗な顔の額からうっすらと血を流している。

ぜえぜえと肩で息をし、Hカップの巨乳をゆらしている。

「白ちゃんこれを押さえていて」

そう言いみゆきさんは白の手に二つの魔眼を渡す。

それはどうにかして手から抜け出そうとぷるぷると震えている。

「動くな!!」

短く白が念じると魔眼は震えをやめた。どうやら彼女の魔力で魔眼を支配したようだ。

よし、人形使いの武器を一つ奪ったぞ。


「涼香、おとなしく降参しなさい」

涼子さんが言う。


「なんやねん、叔母さんまで。うちはハンサムなお兄さんの子供を生んであげたいだけやねん。邪魔せんといて」

五丈原涼香はそう言うとパーカーのポケットからサバイバルナイフを取り出す。

そしてシュンッと音をたて、消えたのだ。

おそらく五丈原涼香の動きは音速を越えているだろう。


「無駄よ!!」

すっと麻季絵さんは音もなく動く。麻季絵さんは正確に五丈原涼香の動きを読み取り、動いていた。

とんっと乾いた音がする。

麻季絵さんは正拳突きを放つ。

「うっ……」

五丈原涼香は姿をあらわす。

下腹部に麻季絵さんの右拳がめりこんでいる。

これはかなり痛いぞ。

ふらふらと五丈原涼香は後退り、ペタリとしゃがみこむ。


「なんでなんで、みんなでうちをいじめるんや。うちはハンサムなお兄さんのことを思っていらん人らを殺しただけやのに」

ポロポロと涙を流して、涼香はお腹をおさえている。


「泣きごとは牢屋でいいなさい」

みゆきさんが手錠をとりだす。


さすがは僕の愛するファミリーだ。あの無敵とも思われた人形使い五丈原涼香を今まさに捕らえようとしている。


「あんたらがおらへんようになったらハンサムなお兄さんは、きっとうちのところに来てくれるはずやねん。あんたら消えたらええねん!!」

そう言うと涼香はデニムのショートパンツのポケットから古びた手鏡を取り出す。

それはあのパルテナの鏡であった。

それを頭上にかかげて、床に力いっぱい叩きつける。

パルテナの鏡の鏡はパリンという音をたてて、瞬時に破壊された。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る