第44話幸村の誘い

魔法使いジャック・フロフトの力でこの世界にやって来たと双葉幸村は言った。

ジャック・フロフトと言えばたしかゲームなんかでよく出てくる雪の悪魔だ。その悪魔の名前をもつ魔法使いの力で双葉幸村はこの貞操逆転男女比1対10000の世界にやって来たという。ということはすなわち彼は僕と同じ転生者か転移者ということだ。


「だいたい当たっているよ」

双葉幸村は僕の考えを読んでいるかのように答える。


「そうだよ、僕は目が見えないかわりに人の心が読めたり見えたりするんだ」

双葉幸村は言う。

僕が魅了チャームや催眠、言霊といった特技スキルを使えるように彼も何らかの特技が使えるということか。

そう言えばあの憎たらしい人形使いの五丈原涼香も特技を使っていたな。たしか扉から扉ドアドアの能力と言っていたな。


「ひとつ忠告しよう、種子島豊久さん。心の声がだだ漏れですよ」

目の不自由な双葉幸村はまるで見えているかのようにコップを持ち、お茶を飲む。

「これは僕の特技スキルの一つで共通認識。他人と感覚を共有できるのです。僕は今、美冬と感覚を共有しているので目が見えなくても見えるのですよ」

ふふっと双葉幸村は微笑む。彼の左手はずっと美冬さんの手を握っている。すなわち双葉幸村は美冬さんの目を通して見えるものを見ているのか。

「ご名答」

まるで先生のように双葉幸村は言う。


「こいつさ、二ヶ月前からなんか人が変わったみたいなことを言うんだよ。違う世界から来たとか能力に目覚めたから感覚を共有できるとかね」

美冬さんは少しあきれながら、麻季絵さんの用意したお饅頭をうまそうに頬張る。本当に美味しそうに物を食べる人だな。


「でしょう、そこが彼女のいいところなんですよ」

自分が褒められたかのように双葉幸村はうれしそうだ。しかし、心を読まれながらしゃべるのはやりづらいな。


「精神に壁をつくってみたらどうですか?魔法の基本は想像し創造することなのです」

双葉幸村は言う。

前に白もそんなことを言っていたな。想像してそうあるべきだと心の中で事象をつくりあげる。魔力の強さは心の強さに比例すると白は言っていた。

よし、彼の言う通り壁を想像してみよう。強固な壁だ。巨人でさえ乗り越えられない強くて高い壁だ。


「素晴らしい、あんなに漏れていた声がぴたりとやんだ。やはりジャック・オー・ランタンにみいられた者は違いますね。あなたならあのジャック・ザ・リッパーに対抗できるかもしれませんね」

双葉幸村は言う。

悪魔ジャック・ザ・リッパー。それが五丈原涼香が契約した悪魔の名前だ。かつて19世紀のロンドンの街に住む人々を恐怖に陥れた殺人鬼と同じ名前をもつ悪魔だ。


「不思議な話をしているのね、ダーリン。私のお師匠様も昔同じようなことを言っていたわね」

麻季絵さんがそう言い、僕たちにお茶のおかわりをいれてくれる。さらにキッチンからお饅頭やようかん、マドレーヌなんかも持ってきてくれた。

話が長くなりそうだからとお茶菓子を追加してくれたのだ。本当に気がきくな。こういう人がお嫁さんにむいているんだろうな。


「まずは魔法使いの分類からお話しましょう。魔法使いは大まかに七つの宗派にわかれます。僕に力を与えたジャック・フロフトは憤怒。僕は嫉妬。さしずめ種子島さんは色欲といったところでしょうか」

双葉幸村はずずっとお茶をのみ、ようかんを一切れ食べる。本当に目が不自由とは思えない。

後できいたのだが白は怠惰でジャック・オー・ランタンは強欲の宗派だということだ。

エッチなことが好きな僕が色欲だなんて異論を挟む余地はないな。それに白が怠惰なのは頷ける。白はもと猫の猫娘なんだからね。


「さて本題に入りましょう。僕の特技スキルの一つ未来日記によると二葉蔵本家の当主である光秀はもうまもなく病死します。この未来は変えられません。五花族の席が1つ空くのです。そこでSSR資格者である種子島さんにその空席を埋めて欲しいのです」

双葉幸村は説明する。

彼の言葉が本当なら五花族のうちの一家の当主が病死し、五花族に空席が生まれるのだという。五花族の当主はSSR資格者ではないといけないという不文律がある。

それは彼らがつくりあげたルールであろう。そしてこの国で五花族の当主たちをのぞけばSSR資格者は僕だけである。

うまくいけば僕が双葉蔵本家を乗っ取れるのだと双葉幸村は言った。


「これはあなた方にも重要な話なのです。五花族の中に入ればリルガミンへとつながるためのあのMSXスーパーターボの入手方法がわかるかも知れません」

双葉幸村の言葉は青天の霹靂に近い。

十六夜少年を助けるためにはあの共通意識世界につくられたリルガミン王国に赴かなければいけない。そのためにはあの古いパソコンが必要なのだ。


「即答は難しいですが僕はその話にのってみようと思います。十六夜君を助けるためには五花族の中に入ってみないといけないかもしれません」

僕は答える。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。僕がその双葉蔵家を乗っ取り、いずれ五花族の上に君臨すればもう誰も逆らえないだろう。かなり茨の道ではあると思うけど。

十六夜少年を助けるためだ、四の五の言っていられない。


すっと手を伸ばし、双葉幸村は僕の手を握る。男性に握られたけど不思議と嫌な気はしなかった。


僕は隣にいる八丈美冬を救いたいのです。僕は前の世界で八丈美冬をジャック・ザ・リッパーに殺されました。あの人形使いにです。

僕は魔法使いのジャック・フロフトに頼みこの平行異世界にやって来ました。

すでにそれを9回も繰り返しています。僕は9回とも失敗し、八丈美冬を9回も人形使いに殺されました。

しかし、今回は違う。それは種子島さん、あなたです。前の九つの世界にはあなたはいませんでした。イレギュラーであるあなたこそ僕の希望なのです。

双葉幸村は僕の心に直接話しかける。

僕は心の壁を一時解放し、その悲痛きわまりない声をきいた。


十六夜少年だけでなく、この双葉幸村もあのくそったれの人形使いの犠牲者のようだ。しかも僕がけっこう気に入っている八丈美冬を別の平行異世界で9回も殺しているのだという。さらにやつを許せなくなった。


僕は双葉幸村の計画にのることにした。

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