第41話どちらを選ぶか

ばたりと六波羅清盛は床に倒れる。彼はマネキンのように目を見開いたまま、まったく動かない。

倒れた六波羅清盛の背後から大きめのパーカーを着た少女があらわれる。デニムのショートパンツをはいていてむっちりとした太ももがグラマーだ。

その少女がパーカーのフードをとる。

そこから見えたのは涼子さんによくにた顔の少女だった。涼子さんに似てかなりの美貌だ。やや丸みのある容貌でまだ幼さが残る。


こいつが人形使いだ。以前、白が僕の記憶に残る音声から作った似顔絵そのままの顔立ちをしている。

人形使いこと五丈原涼香ごじょうげんすずかだ。

涼香は手に少女が持つにはあまりにも物騒なロングソードを持っている。それを突き刺していた六波羅清盛の体から引き抜き、なんと彼の体を足で踏みつけた。

「裏切り者の末路やな」

また妙なイントネーションの関西弁で涼香は言う。下手な女優が無理して話している関西弁のような印象だ。


「兄さんに何をする!!」

実の兄を足蹴にされた十六夜少年は両手を前にだし、呪文を詠唱する。目を開けていられないほどの熱波があつまり、紅蓮の炎へと変化し、涼香に襲いかかる。

地獄の炎ヘルファイアー!!」

魔王が地獄の亡者を焼き払う極炎である。ウイザードの迷宮で扱える魔術師の最高位の魔法である。手加減も容赦もない。

彼の気持ちはわかる。

僕もあやの先生や涼子さん、みゆきさんに白や麻季絵さんに同じことをされればこんな風に切れていただろう。


「そんなんきかへんよ」

面倒くさそうに涼香は左手を前にだす。

そのとたんに地獄の炎はどこへともなく消えていった。

「ここはゲームの世界やねん。それがきくのはゲームキャラだけやねん。うちは人間やからきかへんよ」

アハハッと涼香は馬鹿にした笑いを浮かべる。

彼女の言葉が本当なら、この仮想現実の世界に生身で侵入したということだ。アバターをまとっている僕たちとは違うということだ。


「思ったより崩れるのが早いな。一人に世界の管理なんかおしつけるからやね」

涼香は言う。

彼女の言葉のあと、わずかながら塔が揺れだす。船が揺れるようにゆっくりと左右に塔が揺れている。


「この世界の管理者が死にかけているから崩壊がはじまっているよ。この共通意識世界に構築されたリルガミンが崩壊するのは時間の問題ね」

ありがたいことに白が説明してくれる。

この世界を管理統轄していたヨアナ王妃こと六波羅清盛が涼香によって死にかけているから、このリルガミン王国も崩壊がはじまっているということか。


なら、どうする?

強制ログアウトすれば僕たちは現実世界に戻れる。しかし、そうすれば六波羅清盛をはじめとした一億人もの人々は崩壊にともない文字通りこの世界から消えてしまう。彼らの肉体はもう現実世界には残っていない。

リルガミン王国が崩壊すればその一億人は本当の死を迎えてしまう。


「一人殺せば殺人犯、百万人殺せば英雄、一億人殺せば神話の英霊や!!」

ギャハハッと狂ったように涼香は笑う。

ジーッと涼香はパーカーのジッパーを下ろす。その下はキャミソールのようでなかなかいいおっぱいをしている。推定だがDカップはあると思う。

おっと敵にエロい気持ちになっている場合ではない。

ゆっくりとこの世界が崩壊していくというのに。


「でもうちは優しいからね、ヒントをあげるわ。自分らの中の一人がこのヨアナ王妃と同化したらこの世界の崩壊はおさまる。でもなあんたらがログアウトしたらこのリルガミン王国の一億人はお陀仏や。自分らどっちを選ぶ?」

またあのギャハハッと狂ったように笑う。


こんなくそったれなトロッコ問題に遭遇するなんて。

僕たちの中の一人が残るか一億人を見捨てて、元の世界に戻るか。

本当にひどい二択だな。


「僕が残るよ」

十六夜少年は言う。

「僕が兄さんたちと融合して、この世界の管理者になるよ。やっと再会できた兄さんとは離れたくないよ」

十六夜少年は言う。

彼の自己犠牲は尊いが、でもそうしたら春風さんはどうする?

彼女は十六夜少年の帰りをまっているはずだ。


「それはだめよ。春風さんのことはどうするのですか?あの方は十六夜君のことを愛しているのでしょう」

キララが僕のきもちを代弁する。


「そう、それにここにいる一億人は私たちの世界をすてて転移してきた身勝手な人たちよ。今度は私たちが見捨ててもかまわないんじゃない」

これは明日香だ。たしかに明日香の言葉には一理ある。

ここにいる人たちは老いや病気から逃げて、このリルガミン王国に移住したのだ。次に見捨てられる番になっても文句は言えないだろう。


僕は常々考えている。

トロッコ問題はどうして出題者の言うことをきかなくてはいけないのだろうか?

二択をせまられ、その二つからしか回答を選ばなくてはいけないのか。

こんな無理難題をつきつけられ、出題者のいうことをきく必要がどこにあるのだろうか。

「どうして僕たちがお前なんかの言うことをきかなくちゃいけないけないんだ」

僕は言い、一歩前に進む。


「ここに残るのはお前だ、五丈原涼香。お前が管理者になってこの世界の平穏をたもつのだ」

僕は言葉の一つ一つに意識を強くこめて言う。強く強く、そう魂をこめてだ。

これは言霊と催眠の特技スキルを併用発動している。

頭がズキズキする。それに吐き気もだ。これはきっと特技スキルを二つも同時に使用したからだ。前にあの人的資源庁の施設で特技を使いすぎて、ふらふらになったことがある。特技は体力と精神力を糧に使用するのだ。なので使いすぎるとこのように体にガタがくる。

でも今はそれどころではない。

この世界の崩壊を防ぎ、なおかつ全員が無事に現実世界に戻らなくてはいけない。


「なんや自分の言葉聞いていたら気持ち良くなってきたわ♡♡あんたの言う通りここに残ろうかな♡♡」

よし、涼香にも僕の能力がきくようだ。このままやつに管理者の役目をおしつけて、僕たちは現実世界にもどるのだ。

これが僕が出した二択以外の答えだ。

「お兄ちゃんやるね!!」

白がべた褒めする。

だろう、トロッコ問題なんて正直にいうことをきく必要ないんだ。


「自分えぐいことするな。これが魔女ジャックの魔力か。もうちょいでイクところやったわ。やばいやばい。うちも契約してるねん悪魔とな。悪魔ジャック・ザ・リッパーとな」

涼香は頭を左右にぶるぶるとふる。とろんとしていた瞳が元に戻る。

「まずいよ、やつも魔力を使うよ」

白が警告する。

どうやら僕が魔女ジャック・オー・ランタンから特技を与えられているようにあの涼香も悪魔ジャック・ザ・リッパーとやらに特技を与えられているということか。


「はー危ない危ない。女の子を気持ちよくさせて言うことを聞かせるなんてほんまえげつないわ。うちはいったん帰るわ、ほなね」

涼香はそういうと胸元から子供のおもちゃのような手鏡を取り出し、頭上にかかげる。

「これがパルテナの鏡や、うちの特技扉から扉ドアドアでおさらばやね。ほんならまた会おか、ハンサムなお兄さん」

ピカリと目が眩むほどの光をその手鏡は発し、その光が消えると涼香は忽然と消えていた。


くそっ、あともう少しだったのに。

僕はふらつき、床に膝をつく。だめだ、強く特技を使い、僕の体力は限界だ。


「豊久さん、あなたとゲームができて楽しかったですよ。あなたとはもっとゲームをして親友になりたかった。ではさよならです、お元気でいてください。そして春風さんのことを頼みましたよ」

十六夜少年はそう言い、僕たちを強制的にログアウトさせた。

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