第40話王妃ヨアナ

玉座に座る王妃ヨアナはあやの先生に生き写しだ。左目の下のほくろや理知的な瞳。ボリュームたっぷりのおっぱいに細い腰とよく実ったお尻。昨夜何度も愛情を注ぎこんだ体の持ち主と同じ人間がそこにいる。

いや、よく見るとざっくりと開いたドレスの胸元から見える谷間にはあの淫紋が刻まれていない。

ということは彼女もあのアラクネ同様別人ということなのだろうか。


「よくここまでたどり着きましたね、勇者の皆さん。あなた方にはこのリルガミン王国が建国された理由を話さなければいけませんね」

この知性的で優しい口調もあやの先生と同じだ。

「涼子さんの次はあやの先生なの。混乱しちゃいますわ」

キララが困惑を隠しきれない。

「本当に同感」

明日香が推定Cカップの胸の前で腕をくむ。


「本当にこれはどういうことでしょうか」

十六夜少年も困った顔で顎に手をあてなにやら考えている。

「いや、まさかね。でもそうだとしたら……まさか……」

十六夜少年はなにかに気づいたようだ。そしてそれと同じことを僕も思いついた。


あやの先生の名前をアルファベットでかくとayanoである。このアルファベットを入れかえるとyoanaとなる。ごく単純なアナグラムだ。

僕はこのことを十六夜少年に伝える。

「僕も同じことを思いつきました。佐渡医師とあのヨアナ王妃は絶対になにか関係ありますね」

十六夜少年も同意見だ。


「あの女王様なにかしゃべるみたいよ」

白が僕たちに注意をうながす。

どうやら敵意みたいなのは感じられないので戦闘にはならないだろう。涼子さんのときのようなことはごめんこうむりたい。


「勇者たちにはこの世界のなりたちを知る権利があります。ですがわたくしには機密保護のガードがかかっています。なので管理者に交代いたします」

あやの先生そっくりなヨアナ王妃は言う。

その言葉のあと、瞬時にヨアナ王妃の姿が変化する。

あのセクシーでグラマーな肉体が一瞬にして端正な顔立ちの男性に変わった。

この顔誰かに似ているな。

僕はちらりと横にいる十六夜少年を見る。

ああっそうだ。彼に似ている。

十六夜の優しげな雰囲気を取り除き、力強さを与えた印象だ。

今度は十六夜少年か。

その十六夜少年はぽろぽろと涙を流していた。


「に、兄さん……」

十六夜少年が言うには王妃ヨアナが変身した男性は十年前に殺された六波羅清盛だというのだ。


「大きくなったな。それに信頼できる友をみつけたようだな」

その男性は言う。

兄さんっと言い、十六夜少年は彼に抱きつく。

「背は大きくなったのに泣き虫はかわってないな」

感じの良い笑みを浮かべて、その男性は十六夜少年の細い体を抱きしめる。

そして彼は僕たちに語るのであった。



今から約十年前にある計画がミセステスラから提案された。

それはパンデミックに苦しむ人類を異世界に移住させようというものであった。

共通意識世界という魂のエネルギーによってつくられた場所に人間の心だけを転生させようというのだ。

その世界にもう一人の自分アバターをつくり、病気にいつかかるかも知れない肉体をすてて転移しようというのだ。

そうすれば七日病の脅威から永遠に解放される。

その計画を完成させるべく貢献したのが佐渡あやの先生だ。

この世界の管理者であるヨアナ王妃はあやの先生をモデルにつくられたのだという。

あやの先生は若干18歳の若さでこのような前人未到のプロジェクトを成し遂げたのだ。掛け値なしの天才といって良い。だけどある理由であやの先生はミセステスラには完全にはくわわらなかった。


「このリルガミンという世界には重大な欠点があったのだ。それはこの世界に転生できるのはせいぜい1億人が限度だった。それ以上はこの疑似世界が存在をたもてなくなるというのだ」

六波羅清盛は言う。

ちょうど船や飛行機の定員のようなものだ。

人類全体をこの世界に逃がすことはできない。一部の選ばれた人間だけがこのリルガミンに逃げ込み、安住することができるのだ。

そこで五家族は世界中の資産家や政治家、科学者などに声をかけた。

彼らの現実世界での権力を五家族に譲渡するかわりにこの疑似世界リルガミンに逃亡させたのだ。

パンデミックに苦しむ他の一般大衆を見捨てさせ、この世界で病気や老いから解放されて安穏な生活を元権力者たちはおくっているのだという。

このことを世間に公表しようとして、十六夜少年の兄である六波羅清盛は殺されたのだ。しかもその魂を管理者であるヨアナ王妃に憑依されたのである。

あやの先生をモデルにしてつくられたAIであるヨアナ王妃一人ではこの世界を管理維持させるのは困難だったという。人間の魂を定着させることによってヨアナ王妃は完璧にこの世界の管理者となりえたのだ。


「この世界の存在するエネルギー源は人の感情の力なんだ。だから管理維持するには偽者の魂ではだめなんだ。人間でないといけなかったんだよ、お兄ちゃん」

こいつは科学というより魔術にちかいねと白はつけたす。

いきすぎた科学はそれを知らない人間にとっては魔術と同じだ。


「そうだ、その白猫の言う通りだ。そして十六夜、君たちが持ってきたその善と悪の宝珠こそリルガミンの宝珠だ。それは異世界への鍵だ。鍵があれば扉もある。その扉こそパルテナの鏡なのだ」

六波羅清盛は語る。

「私はこのような体になってしまった。我々がいた世界の目的はこのリルガミンをつくることだけではない。このリルガミンは手始めにすぎない。もっと巨大な計画があるのだよ……ガガガッ……」

どうしたんだ、僕たちに話しかけていた六波羅清盛が急に壊れたステレオみないな奇妙な声をあげたぞ。


「に、兄さん!!」

十六夜少年は悲痛な叫びをあげる。

「ご主人様、なにかきます!!」

明日香が両手に南斗北斗の短剣を持ち、身構える。

「あの人の胸に何か刺さっていますわ」

キララが僕の前にたち、魔棍ナインドラゴンを握りしめる。

肩に乗る白がシャーと吠える。


六波羅清盛の胸からロングソードが突き抜けていた。プログラムの彼は血を流すことはないが、かなりの激痛があるのだろう。顔が苦悶に歪んでいる。

「あかんでそれ以上言うたら。なんやおかしいなと思ったら病院でおったあんたやないか。もうこんなところまでたどり着いたなんてやるやないの。うち感動するわ」

妙な関西弁の女性の声がする。

僕はこの声を知っている。

この声は人形使いのものだ。

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