第34話六番目の花族
僕の目の前にいるのは間違いなく男性だ。女性と見間違えるほど優しげな容姿をしているが、この人は男性だ。僕がこの世界にやって来て出会う二番目の男性だ。
彼はあきらかになにかに怯えている。体全体が小刻みにふるえている。それを傷痕の目立つ女性が親身になって支えているようにみえる。十六夜少年の震える手をぎゅっと握っている。
「立ち話もなんですし、こちらにどうぞ」
僕は彼らを応接室に案内する。
十六夜少年は震えながら小豆春風さんに手をひかれて僕についてくる。
僕は麻季絵さんに頼んで温かい飲み物と軽く食べれるものを用意してもらう。
麻季絵さんは温かいココアとマドレーヌを用意してくれた。
麻季絵さんのマドレーヌは絶品なんだよな。口どけもよく、しっかりとした甘さが心地いいんだよな。
僕は二人をソファーに座らせる。麻季絵さんが二人の前にココアとマドレーヌを置く。僕には紅茶を用意してくれた。オレンジの香りがただよう美味しい紅茶だ。
「あら六番目の出来損ないじゃないですか」
とキララは言った。
「落ちぶれた家の子がなんのようでしょうかね」
これは明日香だ。
意味はよくわからないがいいことは言ってなさそうだ。
「明日香、キララ、お客様に失礼だよ」
僕は二人をたしなめる。
「申し訳ありません、ご主人様……どうか明日香のこと嫌いにならないで……」
「ごめんなさいご主人様……キララ追い出さないで……」
二人は涙を流してあやまる。そんなことで二人を追い出したりしないよ。珍しく僕が叱ったので二人はぽろぽろと涙を流している。
僕は二人を交互に抱きしめる。
「こんなことで君たちを追い出したりしないよ。でもね僕のお客様には僕と同じように接してほしいんだ」
僕は二人に言う。
「「はいご主人様♡♡」」
僕に抱きしめられ彼女らは機嫌をよくした。これくらいはお安いごようさ。
「すごいですね、あの五花族に連なる人間にこれほどの忠誠心をいだかせるなんて。やはりあなたは王の資格があるようですね」
ココアをひとくち飲み、十六夜少年は言う。カチャカチャとマグカップがふるえている。まだかなり緊張しているのか、何かに怯えているのか。
「ここにはあなたを害するものは誰もいませんよ」
僕は言う。
「この人、過去にかなりの精神的にひどいダメージを受けたようね。あの震えはその時に焼きついた恐怖が原因のようね」
あやの先生が分析する。
この応接間にファミリーの皆があつまる。何せ男女比が1対10000の世界で男性の来客者など珍しい。
「そうです、ご存知のかたもいらっしゃると思いますが十六夜様はかつて花族に数えられた六波羅清盛様の弟でございます」
そう説明したのは小豆春風さんだ。この人縫いあとの傷あとが目立つけど、その下の顔はものすごく美人だ。なおさらこの傷あとさえなければと思わせる。スタイルもけっこういいみたいだ。服の上からでもわかるほど胸の膨らみがみてとれる。
小豆春風さんは十六夜少年の身に起こった悲劇を簡潔に説明してくれた。
今から十年前は五花族ではなく六花族であったという。六波羅清盛が僕と同じSSR資格保持者だったという。その六波羅清盛は十年前にテロ事件にあい、この世を去ったというのだ。
自動車で移動中にあのテロ組織
炎上する自動車から小豆春風さんと共に車外に出た十六夜少年は見たという。
まだ年端のいかぬ少女が彼のことを見下していた。
「無能なあなたは見逃してあげるわね」
その少女は言ったと言う。
「僕は無能だから生きながらえることができたのです」
十六夜少年は自嘲気味に言う。
この方はE資格者だったのですとキララが耳もとでささやく。
E資格者、すなわち不能者ではないもののほとんど女性を妊娠させることができない者ということだ。
この貞操逆転男女比1対10000の世界での男性の価値はどれだけ生殖能力が高いにつきる。むしろ男性の価値はそれのみといっていいだろう。だからSSR資格を持つ五花族が権力の中枢に君臨できるのだ。そして僕が警戒されるのもそれにつきる。
でもそんなことで人間の価値が決まるなんてなんか嫌だな。人間ってそれだけじゃないよね。僕は女の子とイチャイチャとエッチなことをするのは大好きだけど、生殖能力だけで人間の価値を決められるのはなんか嫌だよね。
「十六夜様……」
心配そうに小豆春風さんは十六夜少年の手を握る。
「ありがとう、春風」
十六夜少年は言う。
彼もまた女性にありがとうといえる人間のようだ。それだけで彼が信頼に足りる人間だと理解できる。
「初対面でこんなことを言うのもなんですが、種子島豊久さんには六波羅家の再興を手伝ってほしいのです。この春風さんを妊娠させてください」
深く十六夜少年は頭を下げる。
小豆春風さんも深く頭を下げた。
十六夜少年の話ではこの小豆春風という女性は彼の母親の妹の娘だという。つまり従姉妹にあたるのだ。彼女を妊娠させて六波羅家を再興させるきっかけにしてほしいというのだ。もし生まれるのが男の子なら六波羅家が力を取り戻すきっかけになるという。
それはとんでもない申し出だ。十六夜少年と小豆春風さんはあきらかに男女の関係だ。それは心配そうに見つめる春風さんの眼を見れば誰でもわかる。
早い話、僕に小豆春風さんを寝とれというのだ。寝取られものはエロゲーやエロコミックで見るのは好きだけどいざ自分がやるとなると気がひけるな。
僕はお互い同意のもとイチャイチャラブラブするのが好きなんだよね。無理矢理とかはごめんかな。寝取られも実際にはやりたくないんだよね。ジャンルとしては大好物だけどね。
「もちろんただでとは申しません。リルガミンの宝珠を手に入れるために必要なリルガミンの塔のシナリオとそれをプレイするために必要なハードであるMSXスーパーターボを持参しました」
十六夜少年はそういった。
小豆春風さんはスーツケースの中から古いパソコンと何枚かのフロッピーディスクを取り出し、テーブルの上に並べた。
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