第7話 酔いどれ先生
居酒屋で先生に羞恥プレイを強要された挙句に足を蹴られるという貴重な体験をすることになった居酒屋デート。
こんな時間がずっと続けばいいのに、という俺の願いもむなしく、ついに退店時間となってしまった――のだが。
「ひらひや~。なれらは、あはまがくらくらすゆぞ~」
先生がそれはもうガッツリと泥酔してしまっているのです。
いや本当、どうしてこうなった。
「あの、今お会計してるんで、そこのベンチに座っててください」
「わふぁっら~」
千鳥足でベンチへと向かう先生の背中を、俺はため息交じりに見送る。
酒が進む中で、彼女の仕事話とか結婚を急かす親や周囲への愚痴が増えていっていたので、酔い潰れる兆候はあったのだ。
だが、『先生の話が聞けてうれしいな~』って浮かれていたせいでそれに気づくことができなかった。なんてマヌケなんだ俺。お試しとはいえ、恋人をアルコールの餌食にしてしまうなんて。浮かれているにもほどがあるぞ。
「大変ですねー」という気づかいなのかどうかも分からない言葉を送ってくる店員を軽くあしらい、先生へと駆け寄る。彼女は虚ろな瞳で雲一つない夜空を見上げていた。
「お待たせしました。大丈夫ですか? 気分とか悪くないですか?」
「らいひょうふら~。ちょっと世界が回っへるらけ~」
「それ全然大丈夫じゃないっすけどね」
吐き気を覚えているわけじゃあないのなら、ひとまずは安心だろう。
しかし、これからどうしたものか。タクシーを呼んで彼女を家まで送ってもらおうにも、その後、鍵を開けて帰宅するという行程を今の彼女が踏めるものだろうか。酔っぱらいの介抱を今まで何度も経験した身だから分かる。確実に不可能だ。
それじゃあ、どこかのホテルに入るか? いや、流石にそこまで仲が進展していないのにホテルに連れ込むのはまずい気がする。酔いが覚めた先生から「実は体目的だったのか?」なんて一瞬でも思われてしまったらその場で下を噛み切る自信がある。
「でも、こんなところに放置していくなんて論外だしな……」
駄目だ。アルコールの回った頭では碌な案が浮かばない。むしろほろ酔い状態で脳を回転させているせいでなんだか気持ち悪くなってきた。
「えへへ~。ひがしやのからだはおおきいな~」
無邪気な笑みを浮かべながら背中をぺちぺち叩いてくる酔いどれ先生。
込み上げてくる吐き気を堪えながら、熟考の末に俺が導き出した結論は――
★★★
「ふぅっ、ふぅっ……や、やっと着いた……」
やや急な階段を上り、掃除されたばかりと思われる廊下を進むこと約十秒。
『東谷』と書かれた表札の下がる一室の前で、俺は盛大に溜息を零した。
「ひがしやのせなかはおおきいな~」
「幸せそうな顔をして、まったく……」
俺の背中で半分寝落ちしかけている西山先生を横目で見て、思わず苦笑を浮かべる俺。ここまで彼女を負ぶってきたのだが、いろいろと大変だった。何が特に大変だったかというと、主に背中に押し付けられる彼女の柔らかなおっp(文字数)。
先生を左手で支えつつ、右手で鍵を開け、扉を開く。我ながら器用な真似ができているなと感激する。
体を滑り込ませるように自室へと入り、靴を履いたまま寝室へ。汚いが、靴を脱ぐ余裕がないので致し方ない。
「ほら先生、いきますよ……っと」
ベッドの上に先生を下すと、彼女はそのまま重力に従うように背中から布団の中に倒れこんだ。
「ふぁれ? ここは……?」
「俺ン家です。すいませんけど、居酒屋から近かったんで、ここに運ばせてもらいました」
「ひがしやのいえか~。ここが……ひがしやの……すぅ……」
もう限界だったのか、先生は言葉半ばに夢の世界へと旅立っていった。
衣服は乱れ、頬は緩み、ぷっくりした唇からは規則的な吐息が漏れている。あまりにも無防備な彼女を前にして、俺の中の本能がその姿を一気に露わにしようとしていたが、理性という名の箍でなんとかそれを堰き止める。
もやもやした気持ちを抱きながら、靴を脱いで玄関に置き、上着をゲーミングチェアへと放り投げ……再び溜息。
そして最後にベッドの上で爆睡している先生を見下ろすと、
「……風呂にでも入るか」
俺は頭の中の整理と邪念を洗い流すため、清めのシャワー室へと向かうのだった。
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