第2話 思い出との再会


「何が何でも週末デートにこぎつけてこい。さもなきゃ今度の飲み会はオマエの奢りな?」


 西山先生にどこか雰囲気の似ている「ひばり」という名の女性とマッチングしたことを太一に伝えたところ、相変わらずの暴君染みた命令を下された。


 いつもであればはいはいと流すところなのだが、今回は俺も「ひばり」に会いたいという気持ちがあるため、久しぶりに本気を出すことにした。


「と言っても、何をどうすりゃいいのか分かんねえんだよな……」


 居酒屋から家に帰り、シャワーを浴びてベッドの上へ。


 腹の上で寝る猫の背中を撫でながら、スマホの画面をぼんやり眺める。


 そこに表示されているのは、マッチングアプリのチャット画面だ。


『マッチングありがとうございます! はじめまして、リクといいます。ぜひお話ししてみたいと思い、いいねを送らせていただきました。よろしくお願いします』


『こちらこそ、いいねを送っていただきありがとうございます。ひばりと申します。よろしくお願いいたします』


「かっっっったい……」


 これがマッチングアプリの姿か? どこからどう見てもビジネスメールにしか見えないんですが。


 というか、太一が勝手にいいねを送ったせいで、相手のことが何一つ分からない状況なのがネックすぎる。こういうのはまず最初に「趣味が合うと思いました」とか「休日の過ごし方がマッチングしていて……」みたいな文章を送るものなんじゃあないだろうか。なのになんなんだこのクソ面白くない開幕メッセージは。


「……やっぱり、文章のやり取りって面倒くさいなあ」


 俺がマッチングアプリに消極的だったのは、主にここにある。


 相手が退屈な思いをしないような文章を打ち、そして返信が来るまでそわそわしながら待たなければならないという面倒くささ。


 そう、とにかく面倒くさいのだ。直接話してりゃ数分で終わるようなやりとりを、アプリ上では一日二日かけて行わなければならない。


 面倒だ、マジで面倒。きっと相手もそう思っているに違いない。


「でもなあ、いきなり『会いませんか?』なんて言ったらすぐにブロックされるかもしれないしなあ……」


 セックス目的だと思われてしまっては元も子もない。


 面倒くさいが、きっちりと文章でのやり取りを重ね、相手の信頼を得た上で直接のデートを申し込むべきだろう。


「まずは、相手の趣味を探るところから始めるとするか……」


 カウンセリングをしているみたいだな、って何気なく呟いたら、同意するかのように猫がうにゃーおと野太く鳴いた。






    ★★★






 そして数日が経った土曜日の朝。

 俺は池袋の東口に立っていた。


「まさか本当にデートできることになろうとは……」


 もはやヤケクソ気味で重ねていたチャットだったが、どうやら相手の好みに俺が合致したらしく、向こうの方から「是非会いたい」というメッセージが送られてきた。嬉しさのあまりベッドの上で大声を上げ、隣室から壁ドンをされたのは記憶に新しい。


 隣人との関係性悪化というデバフはついたが、当初の目的は無事に達成した。昨日仕事帰りに美容院に行って髪を切ってきたし、服だってとびきりおしゃれなやつを選んできた。


 一応、不安だったので太一に自撮り写真を送ってみたら、『はいはいかっこいいかっこいい朝から男の写真とか送ってくんな』という返信がきた。あいつなりに褒めているはずなんだが、もう少し真摯になってくれてもいいのではなかろうか。


 そんなこんなでデート当日。集合時間の三十分前に現地に到着してしまったわけだが、もしかして俺は浮かれているんだろうか?


「異性とデートするなんて生まれて初めてかもしれない……」


 この世に生を受けてから早二十三年。初恋を引きずりに引きずりまくってきたせいで、この歳になってまさかの初デートである。冷静に考えてみれば、大人になるまで恋愛経験がないとか異常な気がする。そりゃあ太一から全力で馬鹿にされるというものだ。


「に、にやけたりとかしてないよな……?」


 スマホの液晶画面で己の表情を確認する。うん、変な顔はしていない。いつも通り、どこか気だるそうな顔立ちだ。太一曰く、割かし整っている顔立ちらしいのだが、自分では全くそうは思わない。だってあんまりモテたことねえし。


 そうこうしていたら、スマホに一件の通知が。


 見ると、それはマッチングアプリのチャット受信通知だった。


『池袋駅に到着しました。どこにいらっしゃいますか?』


 「ひばり」さんからのメッセージ。俺は自分の服装と場所を伝え、周囲に視線を巡らせてみる。


 すると、一人の女性が小走りでこちらへとやってきた。


 整った顔立ちに、長い髪。片目が前髪で隠れ気味になっているが、それが逆に彼女に特別感を与えている。今日が少し肌寒いからか、ニットのセーターとプリーツロングスカートというやや厚めの衣服を身に着けているが、その上からでもわかるほどに豊満な胸部がその存在を主張している。


 アプリ上の加工写真なんかよりも美人な女性が、俺の目の前に立っていた。


「リクさん、ですよね?」

「あ、は、はい。そうです。リクです……」


 圧倒されるあまり、つい言葉に詰まってしまった。

 そんな俺を気にすることなく、「ひばり」さんは苦笑を浮かべる。


「すみません。池袋なんてあまり来ないもので……待たせてしまいましたよね?」

「い、いえいえ、大丈夫です。俺も今来た、ところ、で……」


 人生で一度は言ってみたかったセリフナンバーワンをなんとか口にしようとしたところで、俺は凍り付いてしまった。


「……リクさん?」


 「ひばり」さんが俺の名前を呼んだ気がするが、こっちはそれどころではない。


 返事をしようと、彼女の顔を改めて見た瞬間、過去の記憶が呼び覚まされたからだ。


 ——まったく。私と昼食を食べたいだなんて、東谷は本当に変わっているな。


 かつて恋した女性の笑顔。いつも俺が話しかけると、困ったように笑っていた、あの人の姿。


 目の前の女性の苦笑が、記憶の中の彼女と寸分違わず合致した。


「……西山先生?」


 気づけば、その言葉が口から零れていた。


 「ひばり」さんはビクゥッ! と大げさに驚いた後、俺の顔を恐る恐る覗き込み……そして数秒後、目を丸くした。


「も、もしかして……東谷か……っ!?」


 初恋を引きずり続けて約五年。

 俺は、初恋の女教師と再会した――俗に塗れたマッチングアプリで。


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