第1話 昔の片想い


 男子高校生というやつは、世界で一番惚れっぽい生き物だ。


 同級生に優しくされたらその子のことしか考えられなくなるし、街で美人を見かけたらいとも簡単に一目惚れしてしまう。


 脳と股間が直結している、と言われてしまうのも納得で、事実、あの時の俺たちは好きな人とヤレるかヤレないか、そればかりを考えていた。


「まーでも、オレたちの中ではオマエが一番異常だったけどな」


 割と失礼なことを言いながら、茶髪の男——難波太一は泡だらけになった口元を手の甲で拭う。空になったジョッキは三十秒ぐらい前に届いたばかりのものだったと記憶しているんだが……相変わらず酒豪だな、こいつは。


 悪友が酔いつぶれないことを祈りつつ、俺は卵焼きの表面を箸でつつく。 


「異常は流石に言いすぎだろ。むしろ、公衆の面前で下ネタを言いまくってなかった分、俺の方がマシだったはずだ」

「いーや、異常だったね。何故なら、教師にガチ惚れしていたのは、オレたちの中でもオマエだけだったからだ」

「うぐっ」


 痛いところを突かれてしまい、思わず呻き声が漏れてしまう。

 こいつの言う通り、学生時代の俺は教師に惚れていた。

 高校三年生の時の副担任、西山雲雀という教師に。

 ――割とガチで、惚れていた。


「西山のどこがいいんかね。確かに美人で巨乳だったけど、鬼のように厳しかったじゃんか。オレなんて何度説教されたことか」

「うっせーな。学生時代の話だろ。あの時の俺は若かったんだよ」


 悪態をつきつつ、ジョッキを傾けビールを喉の奥へと流し込む。


「まだ片想い引きずってるくせによく言うぜ」


 ビールが気管支へと滝のように流れ込んできた。


「ごっほ! げほごほおええっ!」

「お、図星か?」

「げほげほっ! い、いきなり何言ってんだお前は! が、学生時代の片想いを引きずってるなんて、そんなことあるわけ……」

「卒業式での西山とのツーショット写真を未だに後生大事にとってあるやつのセリフとは到底思えんがね」

「な、何故それを!」

「この前オマエん家に飲みに行ったときに引き出しの中から見つけた」

「家主の許可なく部屋を漁るのやめてくださる!?」


 俺は何でこんな奴と十年以上つるんでいるんだろうか。まあ、なんだかんだで気が合うからなんだろうけれども……。


「まあまあ、そう怒るなって。生徒と教師の関係だったって言うても、年の差はたった5歳ぐらいだったろ? 今からでもイケるって」

「いいんだよ、別に。連絡先すら知らねぇし、母校にももういないらしいし。探そうにも探せねえよ」

「え、なんでそんな情報知ってんのオマエ……控えめに言ってキモくね?」

「PTAの新年会だかなんだかに参加した親から聞いたんだよ! 俺がストーカーみたいな言い方やめろ!」


 どいつもこいつも俺の片想いをいじってきやがって……教師への恋が初恋になっちまった俺の気持ちを少しは考えてほしいものだ。


「ま、オマエがストーカーだろうがなんだろうがどうでもいいんだけどよ」

「よくねぇよ」

「オレが勧めたアプリの調子はどうだ? 紹介してからもう一か月も経ったんだ。そろそろデートの一つや二つ、やった頃合いか?」

「いや、まだ誰ともマッチングしたことねえけど」

「は? ただの一人も?」

「ああ。いいねは飛んでくるんだが、気になる人がいねえから誰にもいいね返ししてないな」

「お、オマエというやつは……どんだけ昔の恋引きずってんだよ! いい加減に切り替えて新しい恋始めろや!」


 正論すぎてぐうの音も出なかった。


「ええい、もういい! ちょっとスマホ貸せ! オレがオマエと合いそうな女にてきとーにいいね送っといてやる! 西山に惚れるぐらいだし、どうせ年上好きだよな!?」

「ちょっ、勝手にやめろって! せめて俺の意思ぐらいは……」

「お前の意思なんて考えてたら一生恋人できねえっつの! はい、この子とこの子とこの子と……あとこの子! いいね送信ッッッ!」

「あああああああああっ!」


 スマホを取り返した時にはすでに遅く、いいねの送信先一覧には五人ほどの女性が並べられていた。


「ま、マジで送ってやがる……最悪だ……」

「いいか、陸。オマエに足りないのは恋を吹っ切ろうとする思い切りだ。あと行動力。ついでに切り替えの強さも足りてない」

「ボロクソやんけ」

「顔だけはいいんだから、いい加減に新しい恋に一歩踏み出しやがれっての。んじゃ、オレはトイレに行ってくるから。新しいビール頼んどいてくれ。あとたこわさ」

「暴君かよ」


 ひらひらと手を振りながらトイレへと去っていく悪友。本当、あいつは昔から唯我独尊というかなんというか。全部、俺のことを考えてくれての行動だっていうのは流石に分かってるんだけど……。


「はぁ……新しい恋、ねぇ……」


 店員さんに新しい注文をした後、太一が勝手にいいねを送信した女性一覧をぼけーっと眺めてみる。


 加工しているのかもしれないが、揃いも揃って美人揃いだ。性格が合うかはともかくとして、だけど。


「りな、みずき、あやか、ゆう……うん?」


 プロフィールを順番に流していく俺の手が、ぴたりと止まる。

 それは、とある女性が気になったことの何よりもの証明だった。


「ひばり……西山先生と同じ名前だ」


 目元が隠されているのでよくは分からないが、体型や雰囲気が似ている気がする。


「いやいや、どうせ他人の空似だって。あの人がマッチングアプリとかするわけねえし」


 プライベートよりも仕事が大事ですー、って感じの人だったし。

 でも、どうしても気になってしまう。もしも、本当に西山先生だったら……。


「って、マッチングする前からなに考えてんだ俺は。そういうのは捕らぬ狸の皮算用って言うんだよ」


 はーあほらし、とため息を吐きながら、スマホをテーブルの上に置こうとする。


 ——と、その時。


 ピロリン♪

『ひばりとのマッチングが成立しました♪』


「……………………ウソやん」


 捕れるはずのなかった狸が、向こうの方からやってきた。


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