やはり、俺となずなは、こじれている
二階で荷物の整理をするが、ソワソワして手につかない。ソワソワっていうのは違うな、ゾワゾワか。
このあと一階に下りて自分の部屋の片付けをするのが酷く憂鬱だ。
三十分ほど経ったあと「荷下ろし終わりました」と軽やかな女性の声が一階から聞こえた。
母さんの「早く片付けてこい」との視線に追いやられて、渋々、一階に下りた。
玄関から短い廊下を歩き、一階のリビングへ続くドアに手を掛けた。
一号室の前に積まれた段ボール箱から荷物を出していたなずなは、一瞬だけ俺の方を見た。そして、何事もなかったように作業に戻る。
「ふんっ!」っとマンガのようにあからさまな無視をしてくれれば割り切れるのだが、コイツは完全に無視。
「そこにあるのは空気だけ」と言わんばかりに、存在自体を無視している。
このアマめ。
いかん、怒りは敵だ。俺の信条。感情に任せて怒っても、物事は上手くいかない。
五号室の前に俺の私物が入っているらしい段ボール箱が積まれていた。机やベッドは部屋の中に運ばれていた。
なずなの部屋を一瞥すると、開け放たれたドアの向こうに簡素なベッドと机が見えた。女子のベッドはもっと可愛らしいもんだと思っていたが、いたって普通。
俺のと変わらん。気の強い
じっと見ていると思われたら、どんな仕打ちを受けるか知れない。暴言を浴びせられるか、
俺はすぐに視線を外した。
積んであった段ボール箱を降ろして、一つずつ開く。何が入っているかを確認してから室内に移動させるためだ。
二階と違い、一階のリビングにはまだ何もない。テーブルやテレビ、冷蔵庫が置かれるはずだ。
俺の部屋にテレビはない。スマホで動画を見ることはできるが、テレビは見たい。リビングで見るしかないのか。ここで? コイツがいつ来るか分からないのに。
そもそも、シェアハウスのテレビチャネル決定権は誰にあるんだ?
俺は箱から教科書の束を取り出して自室に運んだ。五号室。なずなの部屋の正面。さすがに、隣同士は避けたのだろう。
次の教科書の束を手に取り立ち上がった時、背後から声がした。
「ねえ」
なずなだ。そっちから声を掛けるなんて、いい度胸じゃないか。
俺は満面の不機嫌顔で振り返った。一号室の開け放たれたドアの前でなずなが仁王立ちしていた。感情のない、いわゆる無表情ってやつで。
「こうなったのは仕方ないけど」
と断ったあと、
「干渉は無しにしましょう。それがお互いのため」
言い放ってから、俺の返事を待たずになずなは自室へ入って行った。くそっ、何て奴だ。言われなくても、干渉なんてするつもりは無いっつーの。
荷物を出し終わったあと、なずなは段ボール箱を潰して綺麗に紐で結んで壁に立てかけた。俺もほぼ同時に荷出しを終えた。バタッと音を立てて一号室の部屋のドアが閉じられる。
ふう。何て緊張感。これが毎日続くのかと思うとグッタリする。
俺は一息ついて周囲を観察した。正方形のリビングは二十畳あると母さんが言っていた。広い。住人がコミュニケーションを取るためのスペース。
玄関へ続く廊下の横にはドアが三つ。一つがトイレ、その横が洗濯場。そして三つ目が浴室へ続くドア。一階の住人でこれら設備を共有する。
家族以外が入った風呂に入ることになる。しかも、今の住人は俺となずなだけ。
俺は五十鈴川家の住人。二階の風呂を使わせてもらおう……って、何でお願い口調なんだ? そもそも、俺だけ一階住まいになる理由が分からん!
くそっ、小遣いアップにつられて安易に同意しちまった。ハメられた。
リビングはまだ何もなく、ただのフローリングの広場。カーリングでもできそうな広さと床の輝き。部屋の端にキッチン。リビングが見渡せる構造。
これも住人でシェアすることになる。俺は料理ができないので、世話になることはなさそうだが。
そうだ、ご飯……どうするんだ。朝から自炊なんて勘弁だぞ。食パンくらいなら焼けるか。
昼は弁当……母さん、作ってくれるのか? 夜ご飯、作れってか? さすがに二階で食べさせてもらえるだろう。こう見えて、俺は家族好きなんだ。
一人で立っていると不安がよぎる。衣食住で考えてみる。
衣、洗濯はどうする? 自分でするのか? 食、不安しかない。住、自室はあるが風呂、トイレが共用。
今夜は開館パーティーだと言ってた。問い詰めてやろう。どういうつもりなのかって。
にしても、年ごろの男女が、同じ階でトイレや風呂を共有するなんて、なずなの両親は心配じゃないのか? 親同士が友達なので、安心しているのか。
もしかして、うちの両親の勝手な判断で俺を五号室に入れたのか?
俺だって時と場所によっては狼に! ならないか。なずな相手だと。トラウマ再発でアソコが機能せん。
ドアを開けてトイレを確認。ウォシュレット付きの洋式トイレ。次のドア、洗濯場。まだ、洗濯機は無い。乾燥機付きを望む。次のドアの先は洗面台。
その先に風呂。思ったより広い。その方が、住人が集まるのかもしれない。
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