なずなと、同じ階に住むんかい!

「なずなちゃんの荷物が入れ終わったら、賢智けんちも、自分の部屋の片付けをなさい。あんたの荷物、一階に入れてあるから」


 ……へっ?? 母さん、今なんと言いました? オレノニモツヲ、イッカイニ……。


 ロールプレイングゲームで、仲間にしようとした悪魔の話し言葉のようなカタコトのワードが脳内にスクロールした。


母さんマミー、あのですね。ワンスアゲイン、OK?」


 頭が混乱している。得意ではない英語が口を突く。日本語と混じってるけど。人間の頭脳というのはこういう時に停止するのか。


 なずなを目の当たりにして錯乱している上に、意味不明のインフォメーション。


「だ、か、ら。あんたの荷物はあんたの部屋の前に置いてあるの。一階の五号室」


「待て待て待て!」


 俺は、思わず母さんの両肩に手を置いて揺すっていた。母さんの首がグラグラと揺れる。


「言ってなかったっけ」


 聞いてないぞ、母さんマミー。「言ってなかったっけ」とは、言っていないことを分かっている人間が、とぼける時に使う常套句じょうとうく。図ったな。


 父さんに視線を送る。ハハハと苦笑いをしている。弱々しい視線が「すまんな、そういうことだ」と告げている。


 花梨かりんは……トトトと、二階に上がってしまった。自分には関係ないって態度。


「説明しろ!」


 両親に荒っぽい言葉を使うことは滅多にないが、この時は違った。俺には、それを問う権利がある。「正当なる説明を求む!」というやつだ。


 どっちからだ。ここは、一国一城のあるじにきちっと説明してもらおうじゃないか。アメリカン・フットボールで鍛えた熱い胸板を張り、獣を模した視線で見据える。


 父さんは、張り合うことなく、オドオドと視線をずらした。


「部長がな、一部屋だとなずなちゃんが狭いからって、二部屋分の家賃を払ってくれたんだよ。でも、なずなちゃんは、一部屋でいいって譲らなくてな。もう一部屋、空けておくことはできないだろ」


「荷物置き場に使わせりゃいいだろ! 女子は洋服とか一杯、あんだろ!」


「まあまあ、賢智けんち、怒らない、怒らない。二部屋に加えて、二割増しのプレミアム料金を貰っちゃってるのよ。前金まえきん前金まえきんよ! 面倒を見てもらうからって」


 母さんが、手の平を組んで神でも崇めるように天井をぽーっと見つめる。世の中、金か。


「人に入ってもらわないと、ローン。返せないしな……」


 天を仰ぐ母さんと対照的に、父さんが肩を落として、首をガクッと垂れて床を見つめる。


 泣き落としか。その手は食わんぞ。ここで、妥協したら……なずなと同じ階で生活をすることに!


 風呂もトイレも、キッチンまでも共有した一階で過ごすことになるのか! 耐えられない。トラウマ再発で激やせまっしぐらだ。


 せっかく増やした体重が激減し、努力の末、目の前に迫ったレギュラーの座も陥落。


 水泳を諦めさせられた上に、オマエはアメフトの道まで絶とうとするのか。許せん。


 なずなの意志でここに入ったわけではなさそうだが、人は行動に責任を持つべき。


 ここに入る決心をしたことが、俺に多大なる負の影響を与えたのなら、それはオマエの責任だぞ!


 業者と車脇で話しているなずなを睨みつける。


賢智けんち、あんた同じ高校なので、めんどう見てあげてよ。お願い」


 母さんが年甲斐もなく、可愛らしい笑顔で両手を合わせる。


「そうだぞ、賢智けんち。タダでとは言わん。小遣いをアップしよう。四千円……いいや、五千円アップでどうだ?」


 ……ぐぬぬ。五千円。高校生の五千円はでかい。ラーメン五回分。弁当がない日は食事代をもらっているが、足りない分は小遣いから捻出しなければならない。


 月一万円の小遣いが五割増し。


 俺は言葉に詰まる。迷った様子を見透かした父さんが、コッソリと俺に耳打ちする。


「部屋が一階なら、したい事をし放題だぞ」


 おっと、そんなメリットが。さすがに女子を連れ込むなんてことはないが……まあ、彼女がいたことはないが……スマホでエロ動画が見放題じゃないか!


 屋敷にじいちゃんたちと住んでいたときは、鍵がない部屋だった。建築中に住んでいたアパートでは、花梨かりんと同じ部屋。


 鍵が掛かる個室。しかも、親の目が届かない一階。ゲームだって、やり放題。たしか、一階には大型テレビを置くって言ってたな。


「不本意だが……ディールを受けようじゃないか」


 渋々感を出しつつ返答。メリットとデメリットを勘案すると、メリットが若干、上回る。なずなとは接点を持たなきゃいいだけ。


 部屋に閉じこもっていれば、向こうからノックをしてくることはないだろう。あとは、顔を合わせても無視。


 ちょうど取引が成立したタイミングで、なずながパタパタと駆け寄ってくる。


「なずなちゃんが荷物入れ終わったら、この子も自分の部屋を片付けさせるので言ってちょうだい。あと、重いものとかバンバン運ばせちゃって」


 なずなは「はい」と返事するが、言葉に感情がない。チラリと俺の方を見た視線は氷、いや、マイナス269度の液体ヘリウムのごとく超低温。


 驚いていないところをみると、コイツは聞かされていたのだろう。「両親が決めたことだから」って諦めて従ったのか。


 両親が決めたからって近付く男女……なんだかエロ過ぎる響きだぞ。相手が別の奴だったらどんなに良かったか。


 外形を維持して、中身だけ変えてくれねえかな。見た目だけは飛びぬけてるからな、コイツ。


「なずなちゃん、今晩は開館記念パーティーをするので。二階に来てちょうだい。午後七時開始で。あっ、賢智けんちも参加していいわよ」


 おいおい、我が子、我が子。息子に、ついで感が出てるぞ。冗談にしてもきつすぎるぞ。


「えっ、私、自炊できますし、そんな、悪いです」


 なずなは、目を泳がせて母さんの方を見ている。こんな表情をするのは意外だ。いや、塩らしい態度は、冷徹な内面を隠すフェイクだ。


 本性を知ったら、母さんもそんな態度じゃいられないぞ。あんたの息子を地獄の淵に追い混んだんだぞ。


「パーティーは大人数の方が楽しいから、是非、いらっしゃい。なずなちゃんは今日から、うちの家族なんだから。ほかの住人……ってまだ予定ないけど、なずなちゃんは特別。いつでも、二階に来てくれていいわよ」


「そうそう。あっ、賢智けんちも、たまには二階に顔を出しなさい」


 母さんにトーンを合わせた父さんが、悪乗りか本気か分からないようなことを言う。家族仲良くやってきただろ!


 なぜ、急に生まれたての子供ライオンを崖に落とすようなことをする!


「じゃあ。お邪魔します。楽しみです」


 目を輝かせて嬉しそうな笑顔を浮かべたなずなに視線が奪われる。中身さえ入れ替わってくれれば……マジで。

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