五十鈴川家は、陽気である
もうか? 管理人である五十鈴川家が本日、引っ越したばかりなのに。俺らは二階で生活。入居者は一階住まい。接点は多くないだろうから、まあいいのだが。
シェアハウスは、入居者同士の交流が醍醐味の一つ。それを意識して中央のリビングを部屋が囲う構造になっている。
「外人……じゃないだろうな?」
若い頃、バックパッカーとして海外をあちこち旅していた母さんは、英語が堪能だ。
このシェアハウスを始めたのは、外人を住まわせて日本人と交流させることも目論みの一つ。だが、英語が苦手な俺には、相手をするのは荷が重い。
「安心して。第一号さんは日本人よ。でも、海外からも問合せは来てるので時間の問題ってところ。英語の勉強をしておきなさい」
母さんは、豪快に笑いながら俺の背中をバンバンと叩いた。英語の成績はそれほど悪くないが、話すなんて訓練が必要な技能は持ち合わせていない。
できれば、一生、日本語だけで生きていきたいもんだ。
「奧さん、これはどこに運べば……」
細マッチョの若い猫背の兄ちゃんが、オドオドと問いかける。母さんの威勢に押されているように見える。
「あっ、それは一階にお願い」
* * *
「じゃあ、皆さん、お昼にしましょう!」
ドタドタと大きな足音を立てて、階段から母さんが上がってきた。荷物整理の手を止めて、スマホで時間を確認する。もう、午後二時。腹減った。
手で運べる荷物は階段から、家具などは窓から搬入した。早朝からの引っ越しは、とりあえず荷物を家に入れるという点では完了だ。
「業者さんは?」
首回りに汗拭き用のタオルを巻いた父さんが、階段横の部屋から出てくる。
「さっき、帰ったわよ」
母さんの見事な監督ぶりのおかげか、昨晩、家族会議で聞いていたより早く終わった気がした。そこに、別の部屋から出てきた
外出時は一時間かけてバッチリメイクをする
「お昼って、まだ電気もガスも来てないんじゃないの?」
「ガス、電気は、このあと業者が来る予定。だから、出前を取ったのよ。
雑用はいつも俺だ。縁の下の力持ちを自負する俺は、これしきで嫌な顔はしない。「はいはい」と適当に返事をして一階に下りる。
リビングの中央に置かれた、正方形のテーブルを家族四人で囲む。一辺に二人は十分に腰かけられるほどのサイズのテーブル。
四人家族だと余りある大きさ。大方、シェアハウスの住人を呼んで食事やら、パーティーやらをする魂胆だろう。
「これ、結構、高いんじゃ……」
細い金属フレームのメガネ越しに、父さんが恐々と尋ねる。母さんの方からは目を逸らしているが、問いかけ先は当然、母さん。
「いいじゃない、いいじゃない。記念すべき、我がシェアハウスのオープニングなんだから」
父さんは、頭に『超』がつくほど『いい人』。母さんの尻に敷かれているように見えるが、重要なことは相談して決めている。夫婦仲はいい。
「でも、昼から寿司って。夜は、記念パーティーするって言ってなかったっけ?」
「
母さんは、透明パッケージに入った巻き寿司を俺のほうへ、ずいっと押した。
「俺もサーモン、食わせてくれよ」
「大丈夫、すぐには無くならないから」
仕方なく俺は、かんぴょう巻を口に突っ込んだ。九十キロ近くある体重を維持するには、それなりの量の食事が必要だ。
「中学生のときは、ちんちくりんで可愛かったのにな。いつのまにか、こんなになっちゃって」
「アメリカン・フットボールは、体重が必要って聞くからな」
父さんが横からフォローする。そんな父さんは、俺より明らかに軽量。食べても太らない体質だそうだ。
そんな親から生まれた俺が、これだけ体重を増加させられたことを褒めてほしい。
俺の通う
高校から始めた俺は、体重を増やすためにあらゆることをした。というか、今もしてる。
当然、重さだけではダメなので筋トレも欠かさない。
「何キロ、増えたんだっけ?」
母さんが、最後のサーモンに手を伸ばそうとするのを視線で威嚇する。三本のかんぴょう巻をやっと食べ終わった俺の本格寿司はこれからだ。
さすがに母さんは箸の軌道を変えて、人気が低い厚焼き玉子をつまむ。
「二十キロだな。プロテイン効果ってやつ」
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