第4話

 結局、信二と市橋ゆかりを置いて逃げた友人たちは、ラビスラに囲まれて逃げ切れなかった。追い込まれた結果、信二と市橋ゆかりのいる場所へ戻ってきた彼らは、二人がラビスラキングを倒す場面を見ることになる。そしてラビスラキングが倒され、自分たちを囲んでいたラビスラも消えたことで、二人を選ばれし勇者だと認めたのだが……一人だけ納得していない者がいた。竹中だ。

「船井はともかく、女のゆかに守ってもらうばっかじゃ、男として情けねぇし」

 と、二人が魔王(仮)を倒す旅に同行すると言って聞かなかった。

(ってことは、竹中が裏切り者になるのか……)

 信二は密かに思った。この先も『東京魔宮伝説』通りに話が進むのであれば、主人公の親友が主人公とヒロインを裏切って魔物側に付くことになる。彼は密かに主人公をライバル視し、またヒロインに思いを寄せていた。が、旅に同行し戦いを重ねるうちに、彼は自分が主人公に劣ることと、主人公とヒロインの絆の強さを、常に目前で見せ付けられて絶望し、一度はパーティーを去る。しかし諦めきれないところを魔物に誘惑され、二人の前に正体不明の敵として現れる。そして最後には、裏切ったことを後悔しながら二人に倒されるのだ。

「……どう思う、船井くん?」

 市橋ゆかりが信二の顔を覗き込んだ。

「え、あ、ごめん今ちょっとボーっとしてた、何?」

「ほら、あっくんてば、ゆかりみたいな武器もないし、船井くんみたいに魔法も使えないから、ゆかりはあっくん来ない方がいいと思うんだけど、それでもどうしても付いてくって。船井くんはどっちがいい?」

 信二は竹中に視線をやった。

「……来るなって言っても付いてくるつもりなんだろ? だったら最初から一緒の方が行動しやすいよ」

「へへ、やっぱ船井は話が分かるな」

 竹中がニヤリ笑った。しかし信二にとって、それは善意ではない。彼を仲間に加えることも、アドバンスド・モードで真エンディングを見るための必須条件だからだ。ただし竹中本人は、この後の運命を知らないはずだった。竹中の話を信じれば、本人は『東京魔宮伝説』を遊んだことがないからだ。

「竹中が行けるんだったら俺たちだって行けるよな!」

「あたしたちだって付いてくわよ、女の子がゆかり一人じゃかわいそうじゃん」

 その他大勢たちが勢いづいて騒いでいる。信二としては、本音は市橋ゆかりと二人きりの方がいい。竹中の同行を許したのは、信二が市橋ゆかりと結ばれる真エンディングのためだけなのだ。

 その気も知らずに、市橋ゆかりが言う。

「そうだね、どうせなら大勢の方がいいよね! みんなで力を合わせて、悪い魔王をやっつけよーーーーーーーーー!」

「おい市橋、みんなもさ」

 信二は市橋ゆかりを遮って言った。

「俺たちの旅は遠足とか旅行じゃないんだぞ? さっきのラビスラよりもっと強い奴と戦うことになるんだぞ? 俺と市橋は勇者の力があるけど、お前らただの高校生だろ? 付いてきたって死ぬかも知れないんだぞ?」

「そんときゃそんときさ。死にそうになったら、またお前ら置いて逃げちまうかもな」

「そそ、ゆかりや船井くんが悪い奴をやっつける前に、怪物に襲われることだってあるんでしょ? だったら何処にいたって大して違わないじゃない」

「だよなー。漫画とかゲームとかじゃねーんだし、勇者様に任せっぱなして怯えてるだけなんて性に合わねーってーの」

「さっきはイキナリだったから驚いたけど、あのウサギみたいなスライム? 今考えたらそんな強くなさそうだよな」

「だよねー、あのくらいなら私たちでもやっつけられそう」

 楽観的と言うかなんと言うか、その他大勢たちは治まりそうにない。

「わかったわかった、でも皆付いてこられても、俺と市橋じゃ全員は守れないからさ……」

「守ってくれなくてもいいんだってば」

 と、言った男子生徒を竹中がコツンと軽く殴った。

「馬鹿、勝手に付いてった俺らがもし怪我したり死んだりしたら、ゆかと船井が困るだろ」

「……」

「ゆか、何人までならいけそうだ?」

「うー……ん、船井くん?」

「そうだな……二人、いや三人かな」

 正直三人は自信がなかったが、『東京魔宮伝説』ではパーティーの最大人数は五人だ。たぶん大丈夫だろう。

 こうして検討した結果、竹中の他に、一緒にLH9を買うはずだった山下、市橋ゆかりと仲の良い美香が付いてくることになった。山下は剣道経験者、美香は料理が得意で物覚えが良いと言うのが選ばれた理由だ。

 金銭や食料など、それぞれが旅の支度を整える中、信二はこっそり山下に聞いてみた。

「山下さ、さっき『ウサギみたいなスライム』ってたけど、『東京魔宮伝説』やったことなかったっけ?」

「『東京魔宮伝説』? 何そのだっせーネーミング」

「ほら、月島さらさがイラストやってTOMOMIが主題歌歌ってた奴だよ、さっきのラビスラがマスコットになってた奴」

「ラビスラ? へー、あれラビスラってんだ。言われてみりゃ、確かに月島さらさっぽいモンスターだな」

 変に思った信二は、馴染みのゲームショップでソフトを探し、店長にも訊ねてみた。しかし店長の答えは「『東京魔宮伝説』? 聞いたことないタイトルだね。RPG? 機種は? メーカーは? ……発売予定にはないけど、どこでそんな情報仕入れてきたんだい?」だった。

(……『東京魔宮伝説』がない? 俺たちが今『東京魔宮伝説』の登場人間だから? だったらストーリーを知ってるのは……世界で俺だけ?)

 他のみんなが『東京魔宮伝説』を忘れているのに、何故? 選ばれし勇者だから特別な力があるのは間違いないが、この記憶もそのひとつなのか?

「船井くん、こんな状況でゲーム探してるの?」

「いや、何か手がかりってか参考になるものがないかなーって」

 答えながら信二は考えていた。

(確かに細かいデータは全部覚えてないけど、攻略本なんかなくても真エンディングへの手順は分かってるんだ。俺は竹中がこの先どうなるか知ってるけど、他の連中はみんな覚えてないんだ……)


 信二たちが旅の支度を整える中、高校は魔物の出現により臨時休校となり、そのまま長い夏休みに入ることが決まった。いや、高校だけではない。近隣の小中学校や市民体育館などの公共施設は、魔物がいなくなるまでの避難所とされ、一般市民で溢れかえった。魔物は信二たちが倒したラビスラやラビスラキングだけではなかったからだ。


 『東京魔宮伝説』では、一定エリアごとに一匹の「エリアボス」が配置されていた。このエリアボスがエリア内の雑魚を召喚していると言う設定なので、エリアボスを倒せば該当エリア内では全ての魔物が一時的に消えるのだ。ただし時間が経過すると、再びエリアボスが復活し雑魚も再出現する。つまり信二と市橋ゆかりがラビスラキングを倒しても、ラビスラたちは一時的に消えただけで、根本的な解決にはなっていないのだ。


 避難所は警察や自衛隊が警護することになったが、それだけでは人手が足りず、有志を募って避難所ごとに自警団が結成された。ゲームの中では当然、こんな面倒な事態は起こらないので、このままでは出発できないのではないかと、信二は先行きに不安を感じずにはいられなかった。

 そんな中、避難所がエリアボスに襲われ、自衛隊が苦戦する目の前で、信二たちはエリアボスを(自衛隊に比べれば)簡単に倒して見せた。信二たちの避難所を担当していた自衛隊の偉い人は、幸いにも物分りが良く、信二と市橋ゆかりが選ばれし勇者であることを信じてくれた。実際は信じていなかったのかも知れないが、とりあえず、魔物の出現を止められるのは信二たちだけ、と言うことは理解してくれた。そして家族や自警団を説得し、信二たちのために幾つかの防具や特別通行許可証を「管理不備で紛失」してくれた。さすがに武器は貸してくれなかったが、どのみち普通の武器では魔物に大したダメージを与えられないので、信二は特に気にしなかった。

 ラビスラキングや避難所を襲ったエリアボスは、幸運にも魔石のほかに対魔物武器を落としていた。信二たちはお礼代わりに、これを避難所に置いていくことにした。

「俺たちの分は、またボスを倒して手に入れればいいよ。どうせこの先も戦うことになるんだしさ」

 と言う信二の提案によるものだ。例の自衛隊の偉い人は、ボスを倒せば対魔物武器が手に入ることを信二に確認すると、それを各地の部隊へ連絡し、信二に情報提供を感謝した。

「お礼と言っちゃ何だが、坊主たちの大事なものは、俺たちが命に変えても守ってやるから、安心して行ってこい」

 こうして信二たち五人は何とか無事、魔王退治に出発した。


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