第13話

 空亜が動きやすいようにベランダのガラクタを少し移動させておく。そして幼児でも登りやすいように倒れにくく丈夫そうな段ボールや缶で手摺まで登れる階段めいたものを作った。


 私はテレビを消してパンを空亜から取り上げた。パンよりも甘いものを私がお前にあげる。まだ何も知らないうちに私が空へ返してあげる。私なんかと二度と逢わずに済むよう、お空へ返してあげるよ。


 空亜が私に駆け寄って、早く外へ出せと言わんばかりにカーテンを引っ張ってあーあーと甘えた声を出す。誰がどこで私を見ているかわからないから私はベランダの手すりより上には顔を出さないようにしゃがんで空亜を階段まで誘導する。 


 

 空亜、こっちにおいで。


 空亜、もっとこっちだよ。



 私の笑顔につられて空亜は今までで一番の笑顔を見せた。


 

 空亜、ここ登れる?


 上手!じゃあ次はここに登って?


 そうそう、次はここだよ。



 案外すいすいと空亜は言われたとおりに登っていく。恐怖も、この先に何が待っているかも興味なさげだ。公園のジャングルジムに登っているような感じで貧相な天国への階段を楽しそうによじ登っている。あっという間に手摺までたどり着きそう。



 空亜、すごいね、そこがゴールだよ。空がきれいだね。


 私はベランダに座り込んで顔だけを上げて空亜を笑顔で褒めた。


 空亜は手摺に跨って笑いながら手をぐーぱーして手を振っている風に私にアピールをする。そうだね、お別れだね。バイバイだね。


 私はベランダの隅に立てかけていた布団叩きではしゃぐ空亜の脇腹を強く突いた。

 

 落ちる瞬間は見なかった。きっと蛇のような目で私を笑っていたに違いないから。

 


 

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二度と逢わない 千秋静 @chiaki-s

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