18の時刻を迎えたこと

夜明けを知らない鳥たち

 高校の卒業式は三月一日。その前に大学とかの入試があったりして実質二月はほとんど高校に登校はしていない。推薦入試をしてなければ、年明けから受験は本格的になる。一組のアルファたちは親も行った大学なんかを受験するからある意味違う緊張感を持っていた。そして、蒼也たちオメガクラスの生徒たちは、高校同様受験できる大学が限られているから違う意味で大変だった。

 高校は受ければ受かる。って言われていたけれど、大学はそうはいかない。何しろ全国からオメガが受験するのだ。シェルターが全国に整えられているから、住むところに困らないオメガは、昔と違って進学率が高かった。自分の体質にあった抑制剤はシェルターの医師がきちんと処方してくれるし、助成金の申請などの手続きなどはシェルターの職員が分かりやすく教えてくれる。アルファの庇護下に入らなくても、大学を卒業することはたやすくなっていた。ただ、就職の時に住んでいるシェルーターによって有利不利があるぐらいだ。だから就職したい会社にあわせてシェルターを変えるオメガが多いのも事実ではある。

 だから、高校に合格発表の結果を伝えに行くまで蒼也は光汰の進学先を知らなかった。お互い大学に進学することは教えあっていたけれど、何を目指しているのかそんな話をしたことがなかったからだ。


「引っ越しの荷物ってあんがい少ないんだね」


 光汰の部屋を見て蒼也は感慨深げに言った。シェルターでずっと暮らしてきたから、光汰には帰る実家はない。親権をとった母親とは自分から絶縁してしまったし、父親については一度も連絡を取ったことはない。だからそこから先の祖父とか祖母なんかの存在なんて知らない。卒業アルバムなんかは全部シェルターに置いていくのだ。新しい引っ越し先もシェルターだから。シェルターを出るときに引き取ることに光汰はしてあるらしい。


「だって、制服は卒業式したらもう着ないだろ?大学の入学式で着スーツはるスーツは向こうで買えばいいし、学用品も大学の生協で買えばいいって言われてるから」


 あっけらかんと話すのはいつものことだったから、蒼也は気にしないことにした。ただ、気になるのは光汰の目標だった。


「でも、なんで獣医なの?そんな話聞いたことがなかったけど」


 蒼也は強いオメガになりたいと言ってはいたが、具体的な将来の夢とかを語り合ったことはなかった。ただ、蒼也の恋人が弁護士だから、なにか資格のある職業を考えてはいて、高校在学中に簿記の試験は受けていた。その時、光汰が後々お世話になるかも。なんてことを口にしてはいたけれど、まさかそういうことだとは思ってもいなかった。


「オメガってさ、けっこう外にでないじゃん?だからペット飼ってる人多いんだよね」

「ペットかぁ」


 意外と盲点だったかもしれない。


「オメガの医者は増えたけれど、オメガの獣医はほとんどいないんだよね。獣医もオメガの方がなんか安心するじゃん」

「それもそうだね。かかるのはペットでも、アルファの獣医だと行きにくいかも」

「そ、番のいないオメガは特にね」


 光汰はそういいながら、荷物の送り先を書いた伝票を段ボールに貼っていく。中身は服だけらしく、たった三箱しかなかった。


「洋一郎くんと一緒に住むのかと思ってた」


 光汰の引っ越し先は札幌だ。北海道の大学で獣医の勉強をするのだそうだ。通学のために車の免許もとったらしいが、さすがに車は高いので、行ってから安い中古車を探すらしい。


「ダメダメ、お互い学生なんだから、同棲とか考え甘い。僕はね、オメガの特権をフルに活用するって決めてあんの。だから獣医の国家資格とるまでシェルターに住むって決めてるんだ」

「洋一郎くん、同じ大学なんだよね?」


 わざわざ北海道まで一緒に進学するのに、一緒に住まないとは思はなかった。


「だってさ、コテージ使ってみたいじゃない?」


 光汰がそう言っていたずらっぽく笑うので、蒼也も思わず笑ってしまった。


「それにさ、雪かきしたくないじゃん。一般のアパートとかに住んだら自分ちの前とか雪かきしないと出られないって聞くじゃない?でもさ、シェルターに住んでれば雪かきしなくて済むんだって。業者が入るから」


 光汰が嬉しそうにそんなことをいうから、蒼也は笑ってしまった。なるほどとは思うけれど、一緒に住むアルファ様がしてくれるんじゃないのかな?なんて思っても口にはしない。


「蒼也はあの弁護士と同棲するんだろ?」


 そういって、光汰がいたずらっぽく笑う。なんだか見透かされたような気分になって蒼也は少し頬を染めた。そういうところに目ざとい光汰は蒼也の頬を人差し指でつついた。


「蒼也の方が進んでんじゃん」

「で、で、でも、いままで発情期さえ一緒に過ごしたことないんだよ。大丈夫かな」


 不安をそのまま口にした蒼也に向かって光汰が言った。


「何言ってんだよ。強いオメガになるんだろ?」


 それをきいて蒼也は笑った。



――――――


 卒業式当日は、両親が揃って参列した。卒業生一人につき保護者2名までのため、姉は自宅で留守番だ。シェルター職員が何人か参列していて、そこいらの保護者より号泣している姿を見て蒼也は驚いた。毎年恒例だから、教職員は無言である。


「卒業おめでとう」


 同じクラスのオメガたちと集合写真を撮っていたら、さわやかな笑顔で城崎がやってきた。弁護士らしく三つ揃えのスーツ姿で髪型もきちっとしているから、オメガの生徒たちは一瞬頬を赤く染めた。なにしろ城崎はやんわりとアルファのフェロモンを醸し出していたのだ。


「なんできたの」


 なんとなく蒼也はむっとした顔をしてしまった。なんだかよくわからないけれど、むっとしたのだ。その笑顔を不特定多数のオメガにまき散らすのが許せなかった。わかっている、わかっているけれど、けれども、でも、これは俺のアルファだ。


「やぁだ、蒼也くんが怖いんですけどぉ」


 そう言って、オメガたちがキャッキャッと光汰の後ろに隠れていく。もちろん、ふざけていることなんかわかりきっているのだけれど、こんな戯れも今日が最後だ。


「これは俺のアルファですぅ。後でお仕置きしますからぁ」


 蒼也もふざけてそう言って、城崎の腕をつかんだ。大人のアルファらしい、スーツの中には筋肉質の腕が隠れていた。夏場に何度か半袖からのぞく腕を見たことがあるけれど、海に行っても泳いだことがないからスーツの中がどうなっているかなんて蒼也はまだ知らない。けれどでも、オメガとは言えど、男子高校生の蒼也がぶら下がってもなんともないのだから、ずいぶんと足腰も鍛えられているようだ。


「なに、蒼也。俺がお仕置きされちゃうの?」


 自分の腕にぶら下がる蒼也の耳元で城崎が囁くように言った。低い男らしい声が鼓膜を振動させているだけなのに、全身が震えた気がした。


「そうだよ」


 蒼也は顔を上げて小さく返事をした。

 卒業証書も受け取って、最後の成績表も渡された。すべての教科に完了と書かれ、出席日数も記されている。欠席日数のカッコの中は、発情期で休んだ日数だ。卒業アルバムは後日自宅に届くらしい。シェルターに住むオメガの分は、毎年職員がまとめて受けとりに行くらしい。いろいろと話し合うこともあるかららしいが、それは大人の事情なので蒼也は知らないことにしておく。蒼也の場合実家に届いてもよかったのだけれど、一人だけ違うことをするのも何なので、それでお願いしてある。


「忘れ物しても、三月いっぱいは教室においてあるからな」


 そんなことを言っているのは担任だ。抑制剤をうまいこと使って、最近はほとんどのオメガが卒業式に参列している。だから荷物を忘れていくことはほとんどないのだけれど、それでも毎年地味にあるらしい。


「蒼也は城崎さんと食事?」


 知っていながら、光汰が聞いてきた。シェルターのオメガは、卒業式の夜、コテージデビューをするのが恒例だからだ。職員立会いの下、コテージの使い方をレクチャーされて卒業祝いのパーティーをする。


「最初だけ参加するよ。俺だってシェルターのオメガなんだから」


 蒼也がそう答えると、光汰は安心したような顔をした。

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