第54話 日常は非常識と感情のハザマ

「ほら、僕ってなんでも似合ちゃう」


 衣装に着替えた光汰は、姿見を見て満足そうに笑って見せた。

 更衣室は男女別にあるけれど、アルファとオメガがいる限り、それだけではどうにもならないこともある。文化祭と言うことで、どこの教室も制服以外の格好をする生徒であふれてしまうわけだから、更衣室は施錠され、各自貴重品は教室にて保管する規則になっていた。特にオメガクラスはいやがらせ対策も兼ねて警備員が立つほど厳重にされてしまい、「こんなの初めて」と言わんばかりに蒼也は普通に驚いてしまった。


「いや、俺の方が美人だし」


 姉からカラーリップを借りた蒼也は、ほんのりとピンク色の艶々な唇を見せつけるようにして、鏡越しにマウントをとってみた。

 もちろん、教室であるから、後ろの絨毯スペースではクラスの女子オメガの生徒が着替えていた。


「僕はかわいい系なの」


 頬を膨らませて反論する光汰は確かにかわいかったので、蒼也は光汰の頭を軽く撫でて、つけ忘れているカチューシャを乗せてやった。


「光汰くんも蒼也くんも似合ってるよ」


 女子たちに褒められればまんざらでもない。もちろんお返しの言葉だって忘れない。


「「みんなもかっこいいよ」」


 長い髪を後ろで一つに束ねているから、フェイスラインがすっきりとした凛々しい執事に仕上がっていた。全員スマホをポケットに入れて一組まで移動すると、そこはもう立派なカフェになっていた。


「扉は外さないんだ」


 開きっぱなしの扉を見て蒼也が口にすると、実行委員の田島が答える。


「安全面でね。外した扉が倒れた時大変だし、いざというとき閉められないと隠れられないから」


 なるほどと思いつつ、じゃあ隠れるのは誰なんだろうとも考える。


「ちょっと、パンツ見えてる」


 悲鳴に近い誰かの声がした。


「メイド服の下は体操服のハーパン履くルールだよね」


 蒼也にくるりと背を向けると、田島は怒鳴る様にメイド服の集団に目を向ける。メイド服のスカート丈はそこまで短いわけではないけれど、それでも体格の良い男子が着れば、ぎりぎりのラインになるようだ。もちろん、蒼也も光汰もハーフパンツは着用している。もっとも、蒼也の場合は城崎のエロおやじ発言があるから、心情としてはハーフパンツではなく、ジャージを履きたい気分である。


「えー、ハーパン履いたら暑いじゃんいよぉ」


 ふざけた口調で言い返しているのはおそらくベータの男子なのだろう。上位アルファである颯斗と昴の姿が見えないので、調子に乗っているのかもしれない。


「もぉ、ふざけないでよ」


 若干圧のある声がした。蒼也にとっては聞き覚えのない声であったが、この圧を含んだ感じから言ってアルファなのだろうことぐらいは理解できた。


「ちゃんとルールを守りなさいよ。そんなこともできないの。ふざけないで」


 厳しい口調にしっかりとした威圧が込められていて、蒼也は思わず声の主を探してしまった。


田所未来たどころみく、地元のアルファ。両親は番だからそれなりにちゃんとしてるんだよ」


 光汰が解説してくれたので、蒼也は納得できた。つまり、名家でなくとも一般家庭でなければ、幼少期からアルファらしく育てられているということなのだ。


「へぇ、それでフェロモンを使いこなしてるんだ」

  

 蒼也が感心していると、メイド服集団はそのまま後ずさり、布で隠されたロッカーに行き、すぐさまハーフパンツを着用していた。だいぶひきつった顔をしていたから、相当怖かったのだろう。教師に怒られるより、同級生の女子アルファに威圧される方が怖いというのはいかがなものかと思うけれど、免疫がなければ精神的に来るものがあるだろう。

 教室の雰囲気が変わったことを感じ取っていると、蒼也は片隅に座り込んでいる女子生徒を見つけた。支度がすでに済んでいるからこそわかるというもので、蒼也のそばにいないから一組の生徒だろう。


「ねえ、大丈夫?免疫ないとアルファの威嚇は驚いちゃうよね?」


 そう声をかけ、その女子生徒の顔を見て蒼也は内心しくじったと思った。床にぺたりと座り込んでいたのは、一組の一般アルファ斉川彩音さいかわあやねだったのだ。


「あ、ルファの、威嚇?」


 彩音は顔を引きつらせながらかすれた声でつぶやいた。だがそのつぶやきは蒼也に対してではなく、どちらかと言うと自問自答に近い。何度も同じ言葉を繰り返しているので、さすがにこれはまずいとスマホで時間を確認すれば、文化祭の開始まであと10分を切っていた。校内放送では生徒会長四ノ宮優斗しのみやゆうとが挨拶をしているのが流れている。


「冷えちゃうよ」


 蒼也は仕方なく彩音に手を差し伸べた。くだらないことにこだわる必要はないのだ。


「あ、うん」


 彩音はためらわずに蒼也の手を取った。こんな光景を見られたら、間違いなく城崎が威嚇のフェロモンを放つところだろう。だがしかし、今日は校内公開日で、一般客はいない。なにより、彩音を包み込むのは蒼也の放つオメガのフェロモンだ。


「オープニングの当番でしょ?」


 蒼也がそう言って笑ったから、彩音もつられて笑顔になる。だが、次の瞬間、彩音は蒼也の左耳を見て目を見開いた。


「オープニングスタッフは入り口に並んで」


 実行委員の村上が指示を出していた。颯斗と昴に並んで光汰が立っている。蒼也は光汰と昴の間に入り込んだ。


「なんでそこ?」


 光汰がちらりと彩音を見ながら聞いてきた。もちろん、なんであの女と一緒に来たのかの方が疑問だろうことぐらいわかっている。


「背の順?」


 蒼也が答えると、光汰は明らかに不満顔をして見せた。


「それに、先輩は立てないとね」


 開会宣言がスピーカーを通して聞こえると同時に、どこに隠れていたのか、三年生たちがやってきた。もちろん一組のアルファと六組のオメガだ。


「「「いらっしゃいませ」」」


 当然、出迎えるにあたりフェロモン全開である。


「熱烈歓迎じゃん」


 当然三年生ともなれば、フェロモンにたいして免疫や耐性生まれているわけで、洋一郎が軽く出したアルファの威嚇のフェロモンに大げさにのけ反ったりもする。


「キャストにおさわりは禁止でぇす」


 一年生にしては体格の良すぎる洋一郎のメイド姿はなかなか迫力があった。しかも言い方がなんだか玄人臭い。


「ご主人様は俺がご案内しますね」


 洋一郎はそう言って制服姿の三年生の腕をとった。ずいぶんと慣れた感じがすると思って蒼也が相手の三年生の顔を確認すれば、相手はさっき校内放送で生徒会長挨拶をしていた優斗だった。包装室からここまで廊下を走っていないことを祈るばかりである。前を素通りされた結果となった颯斗は苦笑いしながら、他の三年男子生徒を案内していた。

 仕方なく、蒼也と光汰は声を合わせた。


「「お帰りなさいませ、ご主人様」」

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