第53話 戯れはほどほどに
「ひゃっ」
頭はぼぉっとしたのに、太ももにやってきた刺激に蒼也はわかりやすく驚いた。
シェルターのオメガとはいえ、ついこの間までベータの両親の元一般家庭で過ごしてきたから、普通に普通の男子中学生として思春期を過ごしてきたわけで、世間知らずなわけはない。オメガとはいえ、蒼也は健全なる男性の体を持っている。つまり、意識しあうアルファがオメガのフェロモンを嗅いでしまった結果がどうなるかぐらいは知っている。それこそドラマや映画では端折られてはいるが、直前まではしっかり見せてくれているから、その後のことぐらい想像できる。
「なにかわいい反応してくれてんだよ」
悪びれもしない、それどころかフェロモンを器用に操作して、蒼也を刺激してくる性悪な弁護士と目が合った。視覚と刺激と嗅覚と、一度に刺激されてしまっては、覚えたばかりのフェロモンコントロール何てできるわけがなかった。
「もう、エロ親父」
フェロモンコントロールが出来なかっから、蒼也は物理的に城崎を遠ざけることにした。つまりそれは、両手でもって城崎の顔を押し返すことだった。だが、城崎の顔が遠ざかったところで、蒼也は城崎の上に座っているわけで、城崎からの物理的刺激から逃れられた訳では無い。
「もう、ヤダ」
分かっている。
ものすごく分かっている。
噂話でしか聞いたことがないけれど、オメガの蒼也と違って、アルファの城崎のモノが大きいことぐらい。ベータの女の子だって想像の範疇で恥じらっているはずだ。しかしながら、蒼也は男性の体を持っているから、自分の下からやってくる城崎からの物理的刺激の正体ぐらいしっかりと想像出来てしまう。
きっと自分のモノよりしっかりとした造りをしていて、一回りではきかないぐらいに大きくて、色だって違うだろう。実家にいた時に夏になると何度か見た事がある。父親が裸で扇風機にあたっていたとき、うっかり見てしまったモノよりも確実にグロテスクに違いない。
「お、ナニを想像してくれたのかな?」
耳まで真っ赤になった蒼也を見て、城崎は嬉しそうに口を開いた。経験値がゼロの蒼也は、自分からうっかり誘惑のフェロモンが、放たれていることに気づいていないのだ。
「な、な、ナニとかナニとか、そういうのいらないから」
自分の手のひら越しに見える城崎の余裕たっぷりの顔が気に入らない。番というからには対等であるはずだ。発情期に至っては、絶対的にオメガ優位である。だからこそ、狼狽える蒼也に対して、城崎のこの態度が気に入らない。確かに蒼也のほうが年下であるかもしれないが、恋愛に関しては惚れた方が負けであるはずなのだ。
「もおおおおお」
蒼也は城崎の顔をさっきよりも遠くに押しのけた。肘もまっすぐにして、自分の顔も横を向けてみる。さっきよりもずいぶんと物理的に城崎が遠くなった。
「わあっ」
次の瞬間、蒼也は自分の体が浮いて落下するのを自覚した。
「んぎゃ」
瞬間的に目を閉じてしまったからだろうか。鼻腔からさっきよりももっと強い番の匂いがした。しかも、物理的ななにかが蒼也をやんわりと拘束しているのだ。
「油断しすぎなんだよ」
耳元で聞こえたのは絶対的支配者の声だった。
「っ……」
熱くなった体が一気に冷めた、もしくはその逆だ。意味もなく体が重たくなった。
「誰の上にいたのか忘れたのか?」
蒼也の体を支配しているのは恐怖よりも高揚感で、得体のしれない疼きが体の中でうごめいているのをハッキリと感じ取れる。だが、そんな体の反応とは裏腹に、蒼也の頭の中はこの状況を冷静に見つめていた。そしてよぎるのはこの間の麗子の顔だ。恐ろしく綺麗でそれでいて醜悪なアルファの顔だった。残念なことに番の顔が見えないからこそ、嗅覚と視覚が蒼也の頭の中でちぐはぐにつながってしまう。
「む、むりぃ」
今度こそ蒼也は、満身の力で覆いかぶさるアルファの体を押しのけた。そこまで小柄ではないけれど、それでも大人のアルファからすれば十分小さな体を蒼也は滑らせて床に逃げ込んだ。
「変態エロおやじ」
目についた筋肉質な城崎の尻を手のひらでパンっと叩くと、蒼也は部屋を後にした。怒っているんだぞ。という意思表示で扉を乱暴に閉めてやろうかと思ったが、それはたんなる八つ当たりだと思って扉は静かに閉めた。
「ケンカしちゃった?」
部屋を出ると柔らかな幸城の声が耳に届いた。すぐにそちらを見れば、声と同じぐらい柔らかな笑顔を浮かべた幸城が立っていた。手には何やら書類の束があったので、休日まで仕事をしているのかと蒼也は、幸城をかわいそうに思ったのだ。何しろ、幸城の上司に当たる男は、たった今、未成年の蒼也にセクハラをしたのだ。まだ番ってはいないけれど、いずれ番うちもりではあるけれど、それでも蒼也はシェルターのオメガであるから、国に守られた存在であるから、シェルター専属の弁護士である城崎が規定を反故することはありえない。
わかってはいるけれど、からかうように免疫のない蒼也にそんなことや、あんなことをされてしまうと焦るのだ。
「だって……エロおやじなんだ」
蒼也が頬を膨らませてそう言えば、幸城は喉の奥で低く笑った。そのしぐさがいかにもアルファらしくて、蒼也は喉の奥で小さな悲鳴をかみ殺した。
「城崎さん。調子にのっちゃってるみたいだね」
仮にも上司をそんな風に言ってしまっていいものなのか。蒼也は思わず首を傾げた。
「駄目だよ。俺相手にそんなかわいい顔なんかしちゃ」
言われてしまって蒼也は思わず真顔になった。なぜなら、同時に背中の扉越しに番のフェロモンを感じてしまったからだ。これが威嚇なのか何なのかはわからないけれど、蒼也をたしなめるような、包み込むような、そんな感じがするフェロモンだ。
「これ、幸城さんの分ね」
うるさいなぁもぉ、なんて感情をフェロモンに乗せてみる。舌を出して見せているような仕草をイメージしてみれば、背後からのフェロモンが変わったのがよくわかる。
「いいの?俺にも渡しちゃって」
遠慮したような口調ではあるものの、幸城はしっかりと蒼也からしっかりとチケットを受け取った。
「カフェだからさ、食べに来てよ。俺が絶対に一番かわいいから」
蒼也はそう言って扉から背中を離して歩き出した。
「あー、今日は暑いからアイスが食べたいなぁ」
大きな独り言をつぶやいてみれば、後ろの扉が開いて、包み込むような甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。
「粉もんばっかりじゃ飽きるだろ。ジェラートのいい店があんだぜ」
マフィンやクッキーを粉もんとはどうかと思うが、それでも仲直りはしてあげないとだめだろう。
「俺梨味がいいな」
蒼也はそう言ってさっさとエレベーターに乗り込んだ。
「秋は芋だろ」
続いて乗り込んだ城崎が答えて階数のボタンを押した。
「芋は食べ飽きてるのっ」
エレベーターの中に甘くて爽やかな匂いが充満した。
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