第51話 アルファは何でも知っている。らしい

「そんなわけでこれが招待チケットね。弁護士先生」


 日曜日の昼下がり、蒼也は暫定恋人となったシェルター専属弁護士である城崎仁しろさきじんの事務所に来ていた。


「いいのか?一人五枚しか配られないんだろう」


 さすがと言うべきなのか、城崎はそういうことをきっちりと把握していた。


 「姉がいるからね。姉弟で十枚だよ。両親祖父母に配ってもまだ余るよ」


 実際渡すかどうかは蒼也は知らないが、母方の祖父母は実家と同じ市内に住んでいたはずだ。小さい頃はしょっちゅうあっていたと記憶していたが、十二歳の検査の結果で蒼也がオメガと確定したあたりから連絡がなくなったような気がする。だからそう、蒼也の中学入学祝いは連絡もなかった。はたしてそんな祖父母に招待チケットを渡すのかどうかなんて蒼也は知らない。渡すとすれば姉の分から回すだろう。


「そんなこと言っても、お前は五枚全部持ってきているじゃねーか」


 蒼也が招待チケットを渡す際、五枚つづりのまま持ってきていたことを、城崎はしっかりと見ていたのだ。招待チケットの裏には、学年クラス出席番号が数字で刻印されていた。以前は生徒の名前が記入されていたのだが、安全面を考慮して数字だけになったのだ。


「だってほら、弁護士先生の弟子?部下?の人、俺は覚えてないけどあの時お世話になったらしいからさ」


 何度か姿は見たことがあるが、名前をちゃんときいたことがなかった。確か事務所の入り口に名前がかけられていて、さっきそこで名前を見たような気がしたのだが、初めて来たせいで実は緊張していた蒼也は、記憶するまで至らなかったのだ。光汰から教わったとおり、『城』が付いていたような気はする。だが、緊張していることを城崎に悟られないようにしていたため、まったく記憶に残らなかったのである。


「ああん。なんだってあんな奴に俺の番から贈り物渡さなくちゃならねんだよ」


 弁護士先生であるはずなのに、城崎はずいぶんと口が悪かった。最初の頃はものすごく丁寧で紳士的なアルファだったのに、蒼也が麗子に拉致された時、蒼也はぼんやりとした意識の中でえげつない城崎の本性を見てしまったのだ。それが番を奪われた故のアルファの本能からの行動だったとしても、なにかとんでもないものを見てしまった。とあの時蒼也は思ったのだ。だからその後からかうように見ていたことを教えたら、城崎は開き直って二人っきりの時はこんな感じになってしまった。


「だって世話になったじゃん」


 蒼也が口をとがらせて言うと、その唇を二本指で挟みながら、城崎が答えた。


「光汰あたりがチケット余らせてるから安心しろ。ってかな、普通に俺の事務所は招待されてっからな」


 そう言って城崎はデスクから綺麗な封筒を持ってきた。普段学校から渡される安っぽい茶封筒とは大違いの綺麗な白い封筒は、まるで結婚式の招待状のような造りをしていた。


「なにそれ」


 封筒には型押しで校章が刻印されていて、料金別納の印も押されている。


「学校側が特別に招待する、いわゆる来賓への招待状だよ」


 そう言われてみればそんな話を聞いたような気がする。オメガ指定校だから、所轄の名家を招待するのが習わしで、ありがちに議員なんかも招待するのだと聞いたような気がした。そんな人たちはもれなくアルファだから、オメガの生徒は注意するようにとかホームルームで言われたような気もする。ほとんど覚えていないのは、少なからず蒼也が置かれていたからなのかもしれない。


「それなら先に教えてくれればよかったのに」


 尖らせた唇をはさまれたまま、蒼也は文句を言ってみた。


「ばぁか。番からの招待チケットは特別だろうよ」


 そう言われればすぐさま蒼也の口から決まり文句が出てくるというものだ。


「まだ番ってませんからぁ」


 そう言って、城崎の指を唇から離すと、ボディーバックから用意した包みを取り出した。


「仕方がないから特別なのを持ってきたよ」


 蒼也が持ってきたのは黄色いスコーンだ。実業高校に通うオメガの生徒たちが困ったように持ってきたかぼちゃを使って作ったのだ。夏休み中に収穫して、文化祭で一般販売するのだが、今年はこれで鬼饅頭のようなお菓子を作ってみようと試作したからだ。かぼちゃを使ったと一目でわかる様にかぼちゃの種を一つ載せたのはパティシエ二人のアイデアだ。


「かぼちゃを使った菓子か」


 見ただけでそれとなくわかってくれたから、その辺はクリアできたらしい。


「スコーンだよ」


 蒼也はそう言って、透明な包みに入ったかぼちゃのスコーンを取り出した。


「実業高校のかぼちゃか」


 シェルター専属の弁護士なだけあって、そのあたりの事情は筒抜けらしい。蒼也が手にした黄色いスコーンを城崎はしげしげと眺めた。


「俺たちはカフェだから、アフタヌーンティーならスコーンでしょ、ってことなわけ。かぼちゃ切るのに力いるからさ、俺が担当したんだよ」


 なんとなくいいわけみたいに言ってはみたものの、実際は丸ごと蒸し器で蒸してから切ったので、たいして力なんか必要ではなかった。蒼也がスコーンの担当になったのは、抜型で簡単に成型できるからなのだ。お菓子作り初めて蒼也には、十分すぎるぐらい簡単なモノだった。


「ほら食べて」


 出来栄え云々を言われる前に、蒼也は黄色いスコーンを城崎の口に押し込んだ。


「おっ」


 何か言いかけたが、なんだかんだ言ってもそこは弁護士先生でもあるアルファである。口の中に食べ物を入れてしゃべるようなことはせず、ゆっくりと咀嚼する。本来ならクリームやジャムを塗って食べるスコーンであるが、かぼちゃの味がよく効いていて、城崎はしっかりとかわいい番の初めての味を飲み込んだ。そうして残りを口にするとき、忘れずに蒼也の手首をつかみ、シッカリと指ごと口の中に含むのだった。


「わっ、何すんだよ変態」


 そう叫んで逃げようとした蒼也だったが、シッカリとつかまれてしまった手首のせいで、体がびくりと反応しただけでコレ一ミリも逃げてなんかいなかった。


「何って、スキンシップは大切だろ」


 城崎はそう言って蒼也の手のひらをぺろりと舐めた。


「いっ」


 生暖かく柔らかな感触は、敏感な手のひらを十分すぎるほどに刺激した。もちろん、こんな戯れは城崎にとっては計算の上なのだは、なんの免疫も持たない高校生の蒼也にとっては刺激が強すぎた。掴まれた手首を起点に蒼也の体が座っていたソファーに沈み込む。まさに腰砕けと言っていい状態だった。


「強いオメガになるんだろ?この程度でそんなに反応してたんじゃなぁ」


 まさに上からニヤニヤとした目線を投げかけてくる城崎は、支配者然としたアルファそのものだった。


「お、れ……免疫、ないって」


 体の奥底から何かがはいずり出てくるような、なんとも言えないぞわぞわとした落ち着きのない気分になって、蒼也は泣き出したい気持ちになった。目の前に座るアルファは蒼也のアルファであるから、蒼也が何をしても何を言ってもその全てが許される存在だ。だから泣いてすがっても、感情に任せて怒っても、全て許される。けれど、でも、蒼也はそんなオメガになりたいわけではない。


「からかうなよ。俺だって怒るんだからな」


 歯を食いしばって口を開けば、城崎は満足したような笑みを浮かべた。


「それでいい。それでこそ俺のオメガだ」


 それを聞いて蒼也は知らず喉が鳴った。


「文化祭にはいろんなアルファが招待されているからな。学年が違うアルファだっているだろ?どいつもこいつも品行方正だとは限らないんだぜ。俺みたいにな」


 自覚しているのなら改善しろ。と思うのだが、そんな城崎の態度が蒼也を楽にさせてくれているのだ。年上で、世間一般で言うところの弁護士先生というエリート職のアルファと将来番になることが確約されているという状況は、安全ではあるが蒼也のオメガとしての成長を妨げているともいえる。周りから遅れてシェルーターに入った蒼也は、ベータ家庭で生まれ育ったせいでずいぶんとオメガの常識が分かっていないでいた。


「同じ学年にちょっと怖い女の子がいるけど」


 蒼也は気にしないでいようとしていたが、祖父母のことを思い出したらそのことまで思い出してしまった。

 

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