第50話 格差社会の縮図は教室に

「今年は彩音のおかげで文化祭に参加できるよ」


 そばをすする上機嫌の祖父を見ながら、彩音は内心不満でいっぱいだった。


(じゃあなんで千円なのよ)


 それでもそんなことは祖父母には言えないことぐらいわかっている。あくまでも二世帯住宅に住んでいるだけで、祖父母は彩音の保護者ではない。地元に住む親子三代で同じ高校に通うことができたことが自慢のベータの祖父母なのだ。

 それに、やたらと大きな声で「ベータだから」と繰り返していたことも気になって仕方がない。彩音はアルファではあるが、祖父母も両親もベータであることに間違いはないのだから。


「チケットは一人五枚までもらえるんだ」


 彩音がそう言うと、祖父母は嬉しそうに頷いた。

 そうして、彩音の中に生まれた疑問は祖父母にぶつけられることなく、そのまま母親にぶつけられた。夕飯の支度を手伝いながら、それとなくキッチンで母親に聞いたのだ。


「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「今日ね、おばあちゃんたちの寄付金の振り込み手伝ったんだ」

「あら、ありがとう。おばあちゃんそういうの昔から苦手らしいのよね」


 母親はなんてことのないかのようにさらりと会話をする。

 彩音はサラダを盛り付けたり食器を並べたりしながら母親の表情を確認するが、特に変化は見られない。


「それでね。おじいちゃんもおばあちゃんも寄付金が千円だったの。お母さんたちは違うよね?」


 彩音がそう口にすると、母親は急に真顔になって彩音を睨むような目つきをした。


「寄付金の金額何て軽々しく口にするもんじゃありません。子どもは黙ってなさい」


 母親の急な変わりように彩音が驚いていると、タイミングよくやってきた父親が驚いたままの彩音にとどめを刺した。


「この際だからはっきりと言っておくが、うちはベータなんだ。アルファより目立つことは出来ない。彩音が学校でどんな立ち位置かは知らないが、両親がベータであることを忘れるなよ」


 それを聞いて彩音が目をぱちくりさせていると、母親がはっきりとした答えを口にした。


「ベータの寄付金は一口っていうのが暗黙の了解なの。アルファは百口からっていうのが昔からの習わしなのよ。彩音は百口からの寄付金を自分でしなくちゃいけなくなるんだから、覚悟しておきなさいよ」


 それを聞いて驚きすぎて、彩音は素直に返事をするしかなかったのであった。

 そうして二学期になり、実行委員から見せてもらった予算案を見て彩音は正直いって驚いた。人件費が恐ろしくかかっているのだ。たかだか県立高校の文化祭だというのに、外部の警備会社を雇っていたのだ。


(警備会社への支払いだけで百万円超えてる……それに、整備費ってなに?)


 予算案は前年度との比較という形で表になっていたから、今年になって突然発生した予算ではないことぐらい見ればわかった。だが、県立高校の文化祭で七桁の予算が二つも三つもあっていいものなのだろうか。と彩音は思うのだ。


「話には聞いてたけど、実際見てみるとびっくりだねぇ」


 彩音の持つ予算書を横から覗き込んでそんなことを口にしたのは、同じアルファの田所未来たどころみくだ。


「知ってたの?」


 横に立つ未来の顔を見つめながら聞いてみれば、未来は少しほほ笑みながら答えた。


「うちはずっとここで商売してるから、小さいころから聞いてたし、学校のホームページでも公開してるじゃない?」


 こともなげに言われてしまい、彩音の心臓が小さく跳ねた。学校のホームページを確認するのが当たり前のような言い方をされたからだ。実行委員でなくても、アルファならやって当たり前だと言われたような気がした。


「うち父は一般アルファだから百口だけど、颯斗くんと昴くんのところは千口とかなんでしょ?」


 さらっとクラスメイトである名家のアルファに話題を振るあたりが、一般アルファの処世術なのだろう。


「ああ、うん。うちの父親はPTA会長してるからさ、来賓で来る自分の警備のために寄付金出してるようなもんだよね」


 そう四ノ宮颯斗しのみやはやとが答えれば、応じるように一之瀬昴いちのせすばるも答えた。


「うちの父親はそこのシェルターが管轄だから、来賓としてくるからね。俺がメイドの格好で接客するのが楽しみらしいよ」


 自虐的に昴がそんなことを言ったことで、彩音はようやく気が付いた。来賓でやってくるのはその辺の議員だけではないのだ。県立高校なのに、五大名家のアルファが来るのだ。下手をすれば名家の本家からやってくるかもしれないのだ。つまり、警備は国会並みに厳しくなることが必然となるわけで、警備費に軽く百万越えは当たり前というわけなのだった。


「昴くんのお父様は卒業生?」


 未来がそんな質問をすれば、昴は笑いながら顔の前で手のひらを左右に振った。


「違う違う。でも管轄だからね。視察を兼ねての来賓だから、二階堂家の手前寄付金は弾むらしいよ」


 いずれ自分にその役が回ってくることが分かっているからか、昴の笑顔は若干引きつっていた。


「うちは一般アルファ家庭でよかった」


 未来がそう言うと、背後から同意の声が聞こえてきた。


「俺もそう思うよ」


 声の主は洋一郎だった。だが彩音は知っている。名字に『城』の付いたアルファは、裏名家と呼ばれていることを。一般人のふりをしているが、シェルーターの顧問弁護士を調べれば、そんな名前しか出てこない。


「うちの両親はベータだから一口なんだよ。でもあなたは百口だから頑張りなさい。って言われたわ」


 彩音が自虐的に言ってみると、未来が一瞬真顔になって、すぐに笑って答えてくれた。


「なにそれ、親ひどくない?」

「でしょー」


 そうやって笑いあって、ようやく自分の立ち位置を彩音は知ったのであった。

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