第48話 混ぜて捏ねて焼いてみて

「うわぁ、かわいい」


 昼休み、教室の後ろに敷かれたカーペットの上に六組の生徒は丸くなって座った。ちょっとしたピクニックのような感じである。かわいらしく膝の上にハンカチを敷いてその上にこれまたかわいらしいお弁当箱が乗っている。そんなみんなの中心に昨日作ったお菓子が置かれている。


「一組にも試食してもらうから、夕食の後に追加で作ったんだ。ほら、材料はたっぷりあるから」


 そもそも煮たリンゴは冷ますためにアルミのタッパーに広げていたから、夕食後にはすっかり冷めていた。だからオーブンを温めてバラの形のアップルパイを作って焼いたのだ。そうしたら、「なつかしい」とか言ってシェルターに住んでいるオメガたちがやってきたのだった。ちょっと前まではクッキーだけだったらしいが、SNSの利用率が急激に高まったことにより、映えの要素を求められるようになって、デコレーションを施したカップケーキを大量に作る様になったんだそうだ。

 そして、今年はアフタヌーンティー仕様にすると話したところ、一気に盛り上がった。さらには、反対側に立つ実業高校に通うオメガたちにうらやましがられてしまったのだ。


「実業高校の子からアイデアをせがまれてさぁ」


 そんなことを言いつつ、光汰がビニル袋から出したものを見て、全員が固まってしまった。


「みんな知らないよね?鬼饅頭って言うんだって」


 光汰が出したのは、四角く切られたサツマイモが乗せられた蒸しパンだった。


「実業高校は、これを売るの?」


 一つを手にした女子が不思議そうに聞いてきた。


「毎年これなんだって。なんか映えないからやる気起きないって言われてさぁ」


 光汰も困った感じで全員分を袋から取り出した。


「目の前で実演販売できるから、っていうのが理由らしいよ」


 確かに、大きな蒸し器で湯気を立てながらの実演販売は食欲を刺激して、購買意欲を掻き立てるだろう。


「てゆーかさぁ、スイートポテトの方が映えるじゃん」

「実演したいんならバーナーであぶればいいんじゃない?」


 誰かがそんなことを口にすると、すぐに誰かがスマホで何かを調べた。


「ねえ、こーゆーのにしたら映えるじゃん」


 見せてきたのはクリームブリュレの写真だった。


「いいじゃん。今日帰ったら教えてあげよう。てかさぁ、コラボしたらいいのにね」


 蒼也がそんなこと言いながら鬼饅頭を一口かじった。


「ああ、それいいよね。あっちで作った野菜とか果物使ってカップケーキ焼くとか?」

「一週間違いだから、一緒に作ってもいいんじゃない?」

「野菜クッキーって体に良さそうじゃない?」


 そんな意見を交換しながら六組は楽しいお弁当の時間を過ごしたのだった。

 そして放課後、全員そろって一組に行けば、待ち構えていたのは実行委員の田島と村上だった。


「これが試作品?」


 一番前の机の上に昨日作ったお菓子を並べていく。カップケーキは籠に置いて冷ましていたから、そのままビニル袋に入れてもってきていたから、籠ごと机に置いた。


「あとこれね。実業高校の子たちと作ったんだ。コラボ?ってやつ?」


 お弁当の時に食べた鬼饅頭を紙皿の上に並べていく。朝になって冷めたのをラップにくるんできたから衛生的には問題はないが、この机の利用者に何か言われても面倒なのでそのための措置だ。


「スイートポテトにしたいんだよね。あっちは恒例でコレ作ってるらしいんだけど、映えるのも作りたいらしくてさ」


 光汰がそう説明すると、洋一郎がやってきて、鬼饅頭を一つ食べた。


「人気があるんだよなコレ。実演販売も視覚で楽しませる要素だから。二階堂様に相談した方がいいだろう。うちは飲食スペースで温めて出したら売れるんじゃないか?」


 洋一郎がそう言えば、実行委員の田島と村上は急いで確認をする。


「パン焼き用のトースターの使用は許可されているから、それで温めれば問題ないかと」


 そう答えながら教室の他の生徒たちを見る。

 なんとなく近づきにくいのか、窓際に集まっているのがなんとも言えなかった。


「試食なんだけど。味とか見た目の感想を紙に書いてこれに入れて」


 食べて口から出るのは「おいしい」だろう。もっと深く掘り下げた感想を言うとなると、言いにくいものだ。まして、レシピは二階堂家お抱えのパティシエ直伝なのだ。塩と砂糖を間違えでもしない限り不味い物なんて作れないだろう。だから光汰は百均で買ってきた小さな折り紙を机において、その横に同じく百均で買ってきた箱を置いた。箱は本来はくじ引き用だから、上の部分は丸い穴が開いている。そんな形だから、中に入った紙を見ることはなかなかに難しいというものなのだ。


「食べたものの種類と率直な感想でいいから」


 そう言うと光汰はその机から離れた。


「二階堂様は鬼饅頭は継続してほしいそうだ。そのうえで野菜を使ったスイーツを作って欲しいとの返事が来た」


 光汰に言うようなふりをしつつ、結局は教室にいる全員に聞こえてしまうのは、洋一郎の声がよくとおるからだろう。


「いいんじゃない?野菜のスイーツ。このクッキー、ニンジンとかほうれん草使ったらかわいくなりそうじゃない?」


 実行委員の村上が、市松模様のアイスボックスクッキーを手にしたそう言った。試作品は一番簡単なココア生地とプレーン生地で作ったから実にシンプルな色合いだ。


「発色がどうなるのかは微妙なところだな」


 洋一郎がそんなことを口にすれば、六組の生徒が口を開いた。


「天然着色料を使っていると言っても、鮮やかな色は敬遠されるのよね。だからそのままペーストを練り込んでくすんだ色の方が受け入れられると思うの。まぁ、パティシエのお二人から指導いただくから間違いはないと思うのだけど」


 実業高校とのコラボは決定事項だということをにおわせる言い方をして、軽いけん制をしたのは前回のことがあったからだ。さすがに今日は前に出てくることはなかったが、どんな感想を書いたのかが気になるところではある。実行委員の二人も試作品を食べて感想を紙に書いてはこにいれた。匿名性を持たせれば、大胆なことを書いてくる者もいるだろう。


「じゃあ、私たちはこの感想をもとにパティシエのお二人とレシピを考えるから」


 感想の書かれた紙の入った箱を、試作品の入っていたビニル袋に入れる。


「じゃあ、月曜日にまた試作品持ってくるからね」


 そういって六組の生徒は教室に戻ってカバンをもって、仲良くバスに乗ってシェルターに帰っていったのだった。

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