第47話 ロゼ色の作戦会議

「じゃあ、リンゴを薄切りにする人と、材料を計る人に分かれて」


 神崎に言われて何となくそれぞれテーブルに着いたけれど、自家用車組の二人は困ったような顔をして神崎を見た。そして、意を決したように口を開く。


「あの、私たち、家で刃物を扱ったことがなくて、でも、きちんと参加がしたいという思いはあるんです」

「制服が汚れないようにエプロンも持参してます。ご指導のほどよろしくお願いいたします」


 二人がそう言って頭を下げるものだから、神崎は恐縮してしまい、困ったように隣の道庭と顔を見合わせた。五大名家の分家筋である二人は、おそらく二階堂家から派遣された神崎と道庭に粗相をしないよう親から言われているのだろう。外部とあまり接しないで育ってきた、世間が想像するらしいオメガなのである。


「そんなにかしこまらないで、みんなで仲良く作りましょうね」


 神崎がそう言うと、全員が作業を始めた。文化祭で販売するとは言っても、そこは素人の高校生が作るから、一度に大量にとはいかない。一般的なレシピ通りに小麦粉の分量を量り、バターと砂糖を混ぜ合わせて生地を作っていく。バラのアップルパイを担当している方では例の二人が神崎と道庭にマンツーマンで指導を受けていた。包丁の握り方から始まって、リンゴをスライスしていく。ただ今回はバラの形のアップルパイを作るため、皮をむくという工程がないのが残念なことだった。結局のところ、リンゴの皮がむけないお嬢さんが存在することは覆らないのであった。

 そうしてクッキーチームはラップに生地をくるんで冷蔵庫にしまい込んだころ、アップルパイチームはスライスしたリンゴを砂糖と絡めて煮詰めていた。


「販売のカップケーキと飲食のカップケーキ、種類を変えてチーズケーキはなしじゃダメなのかな?」


 メレンゲをゴムベラで混ぜ合わせながら光汰がふいに口にした。

 もちろん、電動泡だて器なんかを使っていたり、オーブンの予熱を確認していた生徒は、聞き取れなかったのか何かを発言したらしい光汰の方を周りに合わせて見つめてくる。


「二階堂様が材料を提供してくれるからお金は気にしなくていいのはわかるけど。チーズケーキって焼いたところで冷蔵庫保管じゃん。前日に何個も焼いて冷ましてって、現実的じゃないと思うんだよね」


 光汰の言葉を聞いた神崎が口を開く。


「光汰君の意見だね。でも、それだと一般公開日はアップルパイしか提供しないことになるけど?」


 他に意見がないのか、神崎は調理室を見渡した。だが、言われたとおりにやればいいと思っていたのか、みな俯いている。


「カップケーキの種類を増やせばいいんじゃない?キャラメルとかチョコとか、それこそチーズとか混ぜ合わせたらだめなのかな?」


 そんな感じのお菓子を食べたことがあるだけで、実際の作り方なんか知らないから、蒼也は思ったことをそのまま口にしてみた。


「紅茶のカップケーキっておしゃれだと思う」


 ローズアップルパイを作りたいといった生徒が口を開いた。手にはスマホを持っているから、光汰の発言を受けてすぐに調べたのだろう。


「小さく作ってアフタヌーンティーのように提供してはどうでしょう?執事とメイドのカフェなんですよね?」


 自家用車組がなかなかセレブな発言をしてくれたが、女子たちはそれを聞いて目を輝かせた。


「すごい、それいい。二階堂様道具揃えてくれるかしら?」

「添えるジャムを手作りすればいいと思うのよね」

「チーズのクリームを添えるならスコーンを焼くのもいいと思う」

「衣装があるならセッティングも揃えたいです」


 一人が発言すれば、あとは数珠つなぎのように言葉が紡がれる。それに面食らったのは道庭で、慌ててポケットから手帳を出してメモを取っていた。


「チーズクリームはすでに発注した材料で作れますね。ケーキスタンドは系列店から調達ができると思います」


 神崎がスマホでチェックしながら答えると、光汰が素早く手を挙げた。


「実行委員に確認するから」


 当然光汰が電話を入れた先は洋一郎なのだが、教室で話し合いをしていたからなのか、すぐさま返事が返ってきた。


「一組もアフタヌーンティーに賛成だって、本格的でかっこいいってさ」


 光汰の返事を聞いて神崎は頷くと、すぐさまどこかに電話を入れていた。相手は二階堂家の誰かなのだろうけれど、話があっさりと終わったあたり、こんなことは想定内だったのだろう。


「あ、そうだ」


 不意に誰かが小走りで移動して、棚をあちこち開けだした。


「あった。これでしょ、ケーキスタンドって」


 出てきたのは三段のケーキスタンドで、随分とシンプルな作りだった。


「ずっと前にお姉さんたちが使ってたのを見たんだ。ティーパーティーに呼ばれたから練習してるって言ってたのよ」


 たいして使われていないからなのか、ピカピカでしかも皿の部分はきちんと陶器だった。


「ずいぶん本格的な道具があるんですね。さすがはシェルターと言ったところでしょうか」


 ケーキスタンドを眺めながら神崎が感心したような発言をした。蒼也だって、そんなものがあっさり出てきて驚いているところだ。こっそりスマホで調べてみたけれど、安い物でも二、三千円はする。今出てきたものは一万円ぐらいはしそうな雰囲気があった。


「これ持って行って見せてみる?持ち出しは許可がいるのかな?」


 持ってきた生徒が考え込むが、シッカリとした造りのケーキスタンドは、随分と重たそうだ。


「いやいや、重たくて運べないでしょ。今日焼けたクッキーとカップケーキを乗せて写真撮ればいいじゃん」


 光汰がそう提案をすれば、皆が納得をしてくれた。家庭科室にオーブンが複数台あったので、紅茶とチョコとプレーンのカップケーキを焼いて、アイスボックスクッキーも焼くことが出来た。焼いている間にチョコクリームを作り市松模様に焼きあがったクッキーにサンドする。甘く煮たリンゴは、ステンレスの入れ物に広げて冷ましたから、市販のパイシート一袋分を何とか焼くことが出来た。


「あー、やっぱり」


 ケーキスタンドに並べて写真を撮っていると、小林が現れた。


「え?まさか……」


 皆が慌てて壁の時計を見れば、夕飯の時間ギリギリになっていた。


「お迎えが来てるんだよ」


 小林が困ったような顔で告げると、2人は不安そうな顔をする。


「初日に張り切りすぎたよ。片付けは僕らがちゃんとするから、明日学校に持っていくから」

「で、でも……」

「だめだめ、オメガだからこそ門限は守らなくちゃ」


 他の子たちにカバンを持たれ、グイグイと手を引かれて家庭科室を後にする二人を見送りながら、洸太が小林に提案をする。


「夕飯食べたら片付けするから、鍵をかけて貰っていいかな?」


 シェルターに住むオメガは複数いる。蒼也たちとは違う高校に通っているオメガも実は数人いるのだ。邪魔をされることは無いけれど、それでも片付けをしていないことを見られるのは宜しくない。と洸太は判断したのだろう。


「そうだね。その方がいいかも」


 神崎と道庭にお礼を言うと、小林鍵をかけてもらいひとまず家庭科室を後にした。

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