第45話 作戦会議で一致団結

 パティシエの二人はとても優秀なベータで、コンクールで入賞するほどの腕前だった。さすがに二階堂家から派遣されてきた人物を紹介なしに置いていくわけにもいかないから、小林が丁寧に説明してくれた。もちろん、いつも手にしているタブレットで二人の経歴や務める店の紹介などを織り交ぜつの人物紹介だった。本当はもう一人オメガのパティシエがいたのだが、発情期がきてしまったため、番と籠ってしまったそうだ。


「いろいろ先に情報を耳にしてしまったとは思うけど、言いたい人には言わせておいて、文化祭できっちり結果を出せばいいんだから」


 小林にとっては毎年恒例なのだろう。誰が何を作ったのかなんてこのさいこだわるところではないのだ。オメガたちが協力して結果を出すことが重要なのだ。だって、学校行事の文化祭なのだから。個人の評価ではなく、クラス単位の出し物を評価されるのだ。だから、一年のオメガのクラスはおいしいお菓子を提供した。という結果を残せばいいのである。世の中にはを求める人が少なからずいるのだから。


「毎年カップケーキとクッキーをたくさん作って販売してるんだ。販売するものは日持ちのするものに限定されるんだよ。校内公開日はベイクドチーズケーキとアップルパイを飲食スペースで提供している。一般公開日はカップケーキに絞るだけの生クリームを添えて提供になるよ」


 なぜか文化祭の内容をパティシエの神崎にされて、それでもみんなが素直に頷いていた。


「材料は明日ここに運び込まれるから。学校が終わったらまっすぐ帰ってきてね。シェルター在住じゃないオメガの生徒さんが二人いるって聞いてるから、その子たちと一緒に帰ってきてね」


 神崎の話を聞いて蒼也はちらりと光汰の顔を見た。どうやら光汰はそこも知っているようだった。


「基本の作り方は、一応この用紙に書いてあるから。手順を知りたかったら自分で動画なんかを見てみてね。二人には明日学校で担任の先生から渡してもらうから安心して」


 神崎が発言するのは、どうやら神崎の方が年上だったかららしい。


「何か希望があったら早めに言ってね。材料の準備の都合があるから」


 神崎がそう言うと、すかさず誰かが手を挙げた。


「一組に意見を聞かなくていいんですか?作るものが決まってることにあの子が反発しそうで怖いんだけど」

「メニューも伝統っていうのならそれでもいいんですけど……」


 女子がそんな発言をしたから、神崎と道庭が顔を見合わせた。


「メニューは二階堂家からの条件に合うものを選びました。まずここから学校に運搬する際形が崩れないもの。食べ物の提供のため、シッカリと過熱されていること。そして、台風被害応援のため傷のついたリンゴの消費の協力です」


 そう言って神崎がリンゴを一つ取り出した。


「日本人って見た目を気にするでしょ?だから加工して消費を促進しているんだけど限界があるのよね。見た目はこんなだけど味は確かなの。それを高校生の皆さんにもわかって欲しいわけ」

「つまり僕らオメガが広告塔みたいなことをするってわけだ。『見た目で判断しないで』って」


 光汰がそう言うと、小林が深く頷いた。


「すでに一人出てきちゃったみたいだけど、そういうのを仕方がない。って片付けちゃうのは簡単なことなんだけど。オメガ保護法があって、ここにシェルターがあって、みんなが通ってるのはオメガ指定校なんだよね。それなのにいまだに理解しようとしない人がいて、現状を無視した行動を起こす人がいる。折角住みわけができるようになっているのにそれを無視してくる人はいるんだよ。ま、仕事の都合だったり家庭の事情だったりするわけだから一概に向こうが悪いって言えないのが現状なんだよね。だから、こっちも理解してもらう努力が必要なんだよね。ただ、こっちが努力してんのにそれを無視して強行突破してきたらそこは法律の出番になっちゃうんだけど、でもそれは最終手段で、そうなったときってみんなが何かしらの被害にあった後なんだよ。文化祭はこれからみんなが向き合う社会の縮図だと思って頑張って欲しい。傷ついたりんごは象徴だと思って」


 小林の熱弁をみんな黙って聞いて、それから光汰がリンゴをかじった。


「一皮むけば綺麗だよ。って?結局人間て自分より劣る存在が欲しいんだよね。そうやって自分の優位性を求めてる。承認欲求みたいなもんでしょ?だからこそさ、負けてやるつもりはないから」

 

 光汰がそう宣言すると、そこにいた誰もが頷いたのだった。

 もちろん、小林がおろおろとした顔をして、蒼也に助けを求めるような目線を向けてきたけれど、蒼也は黙って左耳を小林に示した。


「みんな夕飯の時間は守ってね」


 小林が家庭科室からいなくなると、女子の一人が神崎に話しかけてきた。


「私ね、こういうお菓子を作りたいんだけど、駄目なのかしら?」


 手にしたスマホの画面を神崎に見せた。画面には何やらカラフルなお菓子の画像が見えた。


「ああ、最近SNSで流行っているやつね」


 神崎はすぐに理解して、嬉しそうに笑った。


「これならお持ち帰りできるわね。見た目もかわいいし、みんな自分のスマホで『ローズアップルパイ』って検索してみて」


 言われて全員がすぐさま検索してしまうあたりが現代っ子らしいところだ。


「「「かわいい」」」


 女子たちは全員がキャーキャーいいながらの好反応だ。蒼也と光汰は繰り返し流される手順の動画をただ眺めるだけだ。ずいぶんと綺麗に編集された動画は、手順が分かりやすくていいけれど、いかにも簡単です。という作りこまれ感が半端ない印象なのだ。はたして蒼也に本当に作れるのか疑問しか浮かばない。


「明日作ってみようよ」


 気軽に言い出されて、蒼也が顔を引きつらせていると、すかさず神崎が口をはさんだ。


「作るのは確認をとってからね。それに、アップルパイはリンゴを煮なくちゃいけないから、放課後に作ると時間が遅くなっちゃうよ?」


 言われてすぐに思ったのは、シェルターに住んでいない二人だ。五大名家ではないけれど、分家筋の家なのだと聞いている。確か送迎されていたはずだ。


「あの二人、自家用車で通学してたよね?」


 蒼也が光汰に聞いてみると、光汰は蒼也の質問に答えるふりをしながら、全員に聞こえるように答えた。


「ここにいない二人は今日の話知らないんだからさ、誰かメールでもしてあげてよ。僕たち連絡先知らないから」


 光汰に言われて、先走った提案をしてしまった女子が慌ててスマホでメッセージを送った。すぐに返事が来たようで、何回かのやり取りを周りの女子と確認できたようだ。


「二人には、メッセージで確認とれたよ。バラのアップルパイはいいね。って言ってくれた。クッキーのデザイン考えてみるって、で、明日一組に相談しよう。って」


 それを聞いて神崎が頷いている。


「じゃあ明日、作りたいクッキーとカップケーキを一組に見せよう。その後ここに集合。でいいよね?」


 光汰がそう言うと、神崎が笑顔で頷いた。つまりそういうことらしい。


「じゃあさ、各自映えそうなのを探して、明日教室で見せ合おうよ」


 そう言って、この場は解散となった。もちろんこの後夕食で顔を合わせるのだけど、ここにはいない二人のために話し合いはまた明日。

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