文化の交流という

第44話 始まりは波乱の予感

「文化祭伝統の出し物……」


 配られたプリントを手にして蒼也は呆然とした。二学期最初のホームルームでの議題は文化祭だった。蒼也のいるオメガクラスは、アルファの多い一組と合同でカフェをすることが決まっていたのだ。しかも内容がメイド&執事カフェだった。昔は喫茶店なんて言っていたらしいが、時代と共に名称が変化したらしい。


「メイド」


 蒼也が一番驚いたことは、男子生徒は全員がメイド服を着用することだった。但し書きに第二次性を問わず全員。とあったので、隣の席を思わず見たら、光汰がニヤニヤ笑っていた。


「文化祭の準備は基本一組が主体ですることになるが、だからと言って何もしない。っていうのはなしだからな。何か自分にできそうなことを積極的に探していくんだぞ」


 担任がそんなことを言って話を締めくくる。その後教室には一組のベータの生徒が二人入ってきた。ぶちゃけ放課後はすぐシェルターに帰ってしまう蒼也は、他のクラスの、ましてベータの生徒は未知の存在だった。


「文化祭実行委員の田島です。一組と六組の合同展示について説明させていただきます」

「同じく文化祭実行委員の村上です」


 そう挨拶をすると、二人は慣れた手つきでノートパソコンをプロジェクターに繋ぎ、文化祭の日程から説明に入った。文化祭は十月の第一土曜日が一般公開日で、前日の金曜日が校内発表日となっていた。一般公開日は在校生からの招待状を持っていないと入れないらしく、基本は一人五枚渡されるそうだ。文化祭当日は土足で校内を歩けるように、廊下にはシートが敷かれるそうで、その作業をするのが文化祭実行委員なのだが、自主参加は大歓迎と力説された。文科系の部活の作品展示が体育館となっていたり、茶道部が茶道室でお茶会を開催したり、着付け教室を開催したりするらしい。後援に三ノ輪家がいることを知ったりして、蒼也は驚きを隠せなかった。


「カフェの衣装は毎年アルファの在校生家庭から寄贈されますので安心してください。一人一着、使いまわしはしません」


 公立の高校なのに、文化祭の衣装が寄贈されるとは驚きだった。だが、クラスメイトたちは誰も驚いてなどいない。むしろ誰のメイド姿が見られる。なんて盛り上がっていた。


「文化祭当日はこちらのクラスは施錠されますので、注意してください」


 最後の一言で蒼也は驚いて顔を上げた。


「招待客が全員安全とは限りませんので、皆さんも十分注意してください」


 言われて蒼也は納得してしまった。実にそうなのだ。オメガの男というだけで、嫌悪する人がいる。勝手に敵視してきたり、見下してきたりする人がいる。そんな感情を減らすために一般公開しているはずなのに、なぜかこの学校に通っていながらそんな感情を持っている生徒や父兄が一定数いるのだ。光汰からも聞いたし、蒼也自身も実体験したからこそわかる。だからこそ、自己防衛をするに越したことはないのだ。


「蒼也はさぁ、お菓子作れる?」

「それ聞く?手伝いレベルでしかやったことないよ」

「でもさぁ、僕らオメガじゃん?結婚したら主夫になる確率高いよね」

「ああ、囲われるってやつ?」

「そう。まあ、優秀なアルファ様は料理もそつなくこなせちゃうんだけど、そうなると自分の存在意義が子ども産むだけになりそうで怖くない?」

「そ、う、だね」


 さて、困った。

 とりあえず、実行委員の二人についていく形でクラスの全員が一組にいって、形ばかりの顔合わせをした。一組にいるアルファは男子だけではない。女子のアルファもいて、必ずしも好意的な態度をとってもらえるわけではないのだ。その証拠に、「シェルターに住んでてもクッキーぐらい焼けるでしょ」なんてことを言われてしまったのだ。シェルターの内部にいわゆる家庭科室のような設備はある。蒼也が城崎のジャケットを洗濯したのも実はその部屋なのだ。オメガが自立するための訓練をする名目で設置された部屋なのだが、イベントがある度にみんなでわいわいと楽しく使用されていた。


「ま、あの程度の嫌味はスルーに限るんだけど」


 シェルターに住むオメガは結局そのまま一緒に帰ってくる形になってしまった。そもそもそんな嫌味を言ってきたのがアルファの女子生徒だったからだ。実行委員の二人に注意されたらそっぽを向く程度だったので、おそらく一般家庭のアルファなのだろう。名家に連なる家庭のアルファなら、シェルターの内部施設はある程度把握しているからだ。もちろん、そのシェルターに出仕している名家から、その手のイベントごとがある際に特別支援が入ることも聞かされているはずなのだ。


「あ、やっぱり全員ここにいた」


 明るい声がして、全員が声の方を向けば、見知らぬ大人が二人と、シェルター職員の小林が立っていた。


「みんな、文化祭のことでここにきたんだよね?」


 小林が探るような視線を向けながら言ってきた。手には相変わらずタブレットを持っていて、いつもながらの笑顔を蒼也たちに向けてくる。


「学校から連絡があったからね。こちらでも準備をしようと思って」


 小林はそう話しながら二人を蒼也たちの前に立たせた。


「お二人は二階堂家から派遣されたパティシエの神崎詩織さんと道庭雄大さん」


 ぺこりと頭を下げられて、蒼也たちも慌てて頭を下げる。


「なるほどねぇ」


 そんなことを口にしたのは、以前ジャケットの洗濯の際アドバイスをしてくれた女子だった。


「あの嫌味はこういうことを聞いていたからなんだ」


 確かに、これが毎年の恒例行事ならば、部活や委員会の先輩から聞かされていたに違いない。


「ああ、やっぱりそういうこと言っちゃう子がいたかぁ」


 小林がちょっと天を仰ぐような素振りを見せたけど、そんなことには誰も突っ込まなかった。


「去年までは学年唯一のアルファでちやほやされていたから、高校に来て誰からも相手にされなくてひがんでんのよ。名家から一般まで何十人ものアルファがいるんだもん。普通のアルファなんかお呼びじゃないってこと、わかってないのよね」

「そうそう、たくましい体つきしてんのに、アルファ男子に媚びうっててさ、見苦しいのよね彼女」

「オメガの実力見せつけてあげなくちゃよねぇ」

「光汰くんも蒼也くんも、一緒にがんばろうね」


 そんなことを言われ、蒼也も光汰もご遠慮することもできず、二人で手を取り合って頷くのであった。

 

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