第38話 押し問答と問答無用


「どのような方も本日はお通しすることは出来ません」


 幸城に案内されてやってきた部屋の前には、大柄な男が二人立っていて、案の定通せんぼしてくれた。それが主人からの命令だから、インターホンさえ押させることは許さないらしい。

 だがしかし、その程度のことで怯んだり引き返したりなんてできるわけが無い。なぜなら蒼也の位置情報は確かにこのマンションで途切れているのだから。そして、幸城が言うにはこの部屋に二階堂の姓を持つ人物が住んでいるという。そうだと言うなら、中を確かめさせてもらわなければならない。ただ、確証がないためゴリ押しが出来ないのだ。

 小林はタブレットを見てひたすら考える。確証もなく強行突破なんてできるはずもなく、ましてあの二人の体格からして小林が当たり負けするのは目に見えている。隣にいる幸城は若いアルファだから、勝てるかもしれないけれど、小林が完全に戦力外すぎる。


「管理人室で防犯カメラの映像を見せてもらって、それを確証にするしかないでしょう」


 小林は自ら出した結論を幸城に告げた。時間はかかるがタブレットが示すマンションはここだから、マンション内の防犯カメラに蒼也が映っている事を確認出来れば何とかなるかもしれない。乗ってきたエレベーターにも防犯カメラがついていた。GPSの途切れた時間からの映像を照会させて貰えるよう交渉するしかないだろう。


「時間がかかりますよ」

「でも、ここで立っていても仕方がないじゃないですか、私は管理人室に行ってみます」

「俺はここで待ってます」


 幸城に別れを告げて小林はエレベーターで下に降りた。時間帯のせいなのか、住人とすれ違うことはなく一階の管理人室にたどり着き、身分証明書とタブレットの画面を見せて防犯カメラの映像を照会させてもらった。だいぶイレギュラーな対応だけど、時間帯の指定をしたせいなのか、管理人は嫌な顔をせずに対応してくれた。そして、地下駐車場からエレベーターに乗り込む蒼也の姿を確認できた。


「こ、この子です!」


 小林が画面を指さすと管理人は驚いた顔をしたが、その映像をプリントしてくれた。そうして次はエレベーターから降りる蒼也の映像だ。やはり大柄な男と見た目のいい女と一緒に十五階で降りていた。そこもプリントしてもらい、小林は取り急ぎシェルターに連絡を入れた。


「蒼也くんが、あの、二階堂麗子と言うアルファの女に連れ去られました。今そのマンションにいて、防犯カメラの映像を確認できました」


 小林は二階堂麗子と言う人物を知らないが、幸城の言うところから考えるに蒼也と一緒にいる見目のいい女がそうなのだろうと推測した。アルファであるらしいから、見た目はかなりいいはずだ。防犯カメラの映像では分かりにくいが、背も高く体つきもバランスがだいぶ良さそうだった。


「はい、蒼也くんのGPSがこのマンションで途切れています。      はい。わかりました」


 小林は電話を切ると、管理人に向き合った。


「シェルターの職員が紹介状をもって改めてこちらに伺います。防犯カメラの映像は消去されないようご注意ください。本日は急なお願いを受け入れ頂きありがとうございました」


 小林はプリントされた二枚の写真とタブレットを小脇に抱えると急いでエレベーターに駆け寄った。ボタンを慌てて押せば誰か住人が使ったのか、エレベーターは八階に止まっていて少し待たされた。それさえも時間のロスと感じてしまうほど小林は焦っていた。蒼也のGPSが途切れてからもう一時間は経過してしまっている。まだフェロモンが不安定な蒼也では、ろくな抵抗が出来ないだろう。体力勝負でなら何とかなるとは思うけれど、そこはやはりアルファとオメガのポテンシャルの壁がある。


「フェロモンで挑まれたら蒼也くんは勝てない」


 元々の性質でもあるけれど、全てにおいて優秀なアルファは生まれながらに人の上に立つ事を潜在的に知っている。だから相手を従わせるとかそういった行為を本能で行えるのだ。だが、オメガは違う。誘惑のフェロモンは基本発情期に出てくるもので、本能によるものだ。嫌いなアルファを退けるための威嚇のフェロモンは、意識しなければそうそう出せるものでは無い。

 小林はBBQの時に、蒼也が無意識に威嚇のフェロモンを出していたことには気づいていた。傍から見ればただ不機嫌なだけにしか見えなかったわけで、本人が意図していないことぐらい分かっていた。だから、蒼也はフェロモンを操れてはいない。アルファの麗子にフェロモンで圧を掛けられたら、なす術がないだろう。


「蒼也くんを早く保護しなくちゃ」


 十五階について慌ててエレベーターを降りれば、幸城はまだあの二人と睨み合っていた。小林は急いで幸城の元に行くと、プリントされた写真を見せた。写真を見て幸城は小さく頷いた。


「この写真、写っているのはあんただだな?その隣にいるこの子、この子はシェルターのオメガだ。シェルターの許可無く連れ出すことは禁止されている。今すぐ帰してもらおうか?」


 幸城が男二人に写真を見せながら言い迫るが、相手は顔色一つ変えずに黙って立っている。余程主人の命令が絶対らしい。


「例え二階堂家だとしても許されませんよ?シェルターのオメガは国の保護下にいますから、今回の行為は犯罪です」


 小林が簡潔に告げたけれども、男二人は動かない。法令や法律よりも主人からの命令に重きをおいているということがよく分かる。だが、そんなことは小林には関係がないのだ。とにかく、オメガの、蒼也の身の安全こそが最優先なのだ。


「そこを退きなさい」


 背後から圧の強い声がした。振り返ればそこにはスーツ姿の城崎が立っていた。アルファらしく堂々と、そして恐ろしい程に威圧のフェロモンを放っている。


「城崎さん」


 反応したのは幸城で、すぐに城崎に場所を譲るように一歩脇に動いた。だが、それでも男二人は動かず、城崎の威嚇のフェロモンにも怯まず表情を変えない。


「退けと言っているのが聞こえないのか?」



 一歩、城崎が歩みを進める。だが、それでも男二人は動こうとはしない。


「あっ   ああああぁ」


 そんな時、小林が絶望的な声で叫んだ。

 その叫びに城崎が反応して振り返る。


「そ、蒼也くんの   蒼也くんのネックガードが外れちゃった」


 小林の手に持つタブレットの真ん中に、【解除】と言う文字が表示されていた。


「蒼也くんが、ネックガードを外しちゃった」


 タブレットを握りしめたまま小林はその場に座り込んだ。シェルター特製のネックガードは、使用しているオメガの指紋認証が正確に当てられなければ解除されないように作られている。もちろん、発情期には絶対に解除出来ない仕組みだ。


「そこを退けぇ」


 城崎が突然男二人を横になぎ払った。体格的には城崎も引けを取らないこともないが、さすがに二人を同時にとは凄まじい暴力である。幸城が呆気に取られて口を半開きにしている。

 オートロックではないのか、男二人をどかした城崎がドアノブに手をかければ、すんなりと玄関が開いた。城崎は躊躇うことなく部屋の中へと入っていく。小林はその様子を座り込んだ姿勢のまま眺めていた。


「小林さん、現場の確認をしないと」


 幸城が小林の肩を叩き立ち上がるよう促した。


「あ、ああ、そうだ、そうです」


 小林は何とか立ち上がり、倒されて動かなくなっている男たちの間を歩いた。死んではいないと思うが、こんな大男二人を一発で殴り倒す城崎は一体どれほどの腕力をしているのだろうか。一瞬そんなことを考えた小林だが、すぐに幸城の後について部屋の中へと入っていった。

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