第36話 誰が誰で誰だって?


 宮城の腕を掴んでいなければきっと立ってなんか居られなかった。前回は、知った時にはもう蒼也はシェルターに帰ってきていたから。だけど今回は違う。全く知らない奴に蒼也が連れ去られてしまったのだ。電話をかけた時、小林がわかりやすいほど向こうで慌てていた。ネックガードのGPSで蒼也の移動速度がわかったからだろう。

 宮城の腕にしがみつくようにしている光汰の頭を、宮城は何度も優しく撫でてくる。光汰は泣きそうになるのを堪えて制服の袖を握る指先に力を込めた。


「光汰くん」


 目の前に止まった車は国産の一般車。五ナンバーのワンボックスカーだ。シェルターで車に誰かを乗せる時、それは大抵オメガに何かがあった時だから、乗り降りのしやすい車になってしまう。

 スライドドアが電動で開閉するのはやはりありがたい機能だと思いつつ、光汰は宮城と一緒に乗り込んだ。


「あ、宮城くん。久しぶりだね」

「ご無沙汰しております」


 丁寧に頭を下げる宮城は、勝手知ったる様子で助手席置かれたタブレットを手にした。


「アイコンが点滅してますね」


 地図が開かれているのに、そこに移動を示すアイコンはなく、画面の中央付近で赤いアイコンが点滅をしていた。


「そうなんだよ。学校に着くちょっと前にその状態になったんだ」


 小林はカーナビにその位置を記録してガイドを始めた。機械音声の女性の声が案内を開始する。


「ここは……」


 タブレットを見ていた宮城が地図を拡大して、慌ててスマホを取りだした。そうして慌ただしくアイコンが示す建物の名前を相手に告げた。


「洋一郎、なに?ここがなんなの?」


 地図を拡大してあるからマンションの名前が分かる。だが、その名前を見ても光汰にはなんのヒントにも繋がらない。


「分譲マンション、二階堂グループの不動産屋が仲介してる新築。JRの駅近に六棟建てた小中学校が隣接しているベッドタウン的な作りになってる」

「うん」

「敷地内は住人しか入れないようになってる。アメリカの仲介層向けハウスタウンを模して作られているのが特徴。マンション全体の敷地にはいる際、守衛のいる門を通るのが厄介なんだ」

「え、じゃあ入れないじゃん」

「幸城さんなら入れる」

「なんで?」

「幸城さんは、二階堂家に連なる家系の人だから、カードキーを持っている。それに、シェルターのオメガが連れ込まれたと言えば簡単に通れる」

「俺の身分証とそのタブレットを見せる必要があるけどね」


 小林は目的のマンションに一番近い門を目指していたらしく、車をゆっくりと減速させた。門は高速の入口のようになっていて、警備の人が顔を出てきた。たぶん、住人の車にはETCのような装置が付いていて、反応してバーが上がるシステムなのだろう。


「どちらに御用ですか?」


 言われるが早いか、小林はすぐさま身分証を提示した。それに合わせてタブレットの画面も見せる。


「シェルターの職員です。うちの施設のオメガがこちらの建物に連れ込まれました。このアイコンが点滅している部屋に向かいます」

「え、あっと、入場許可をそちらの部屋の方に確認をしないと」

「出来るわけないでしょう?オメガ保護法に基づき押し入ります」

「え?それは、困るなぁ、上に確認をしないと」

「そういうことは、後でしてください。オメガの生存確認が先決ですからね」

「え、え?」

「おっさん、グダグダ言ってねーでサッサとゲート開けろよ」


 後部座席から宮城が怒鳴った。


「オメガ保護法に基づき職員からの依頼は原則断れません。開けないならゲート壊しますよ」


 小林がブレーキから足を離すと、警備員は慌ててゲートのボタンを押した。


「後日書類が届きますからぁ」


 窓を開けたまま小林が叫んだが、その言葉が正しく警備員の耳に届いたのかは不明である。


「五号棟だよ、小林さん」

「わかった」


 案内板を確認しながら小林が車を走らせる。マンションの敷地内であるから公道ではないとはいえ、制限速度は三十キロらしい。目的の建物に着けば、そこには来客用の駐車場があった。小林が丁寧に駐車をするものだから、宮城は若干イラついてしまったが、もうここまで来て騒ぐ程でもないと思い横を見れば、光汰が顔をひきつらせていた。


「光汰?」


 声をかけて手を握れば不安そうな目が宮城に向けられた。光汰の知っている二階堂と言えば、コテージにしょっちゅう入り浸っていると噂の二階堂始だろう。だからこそ、蒼也を連れ去ったアルファが始ではないことぐらい分かる。


「蒼也、大丈夫かな」


 掠れたような声でそんなことを言われれば、当たり前のように「大丈夫だよ」と答えるしかない。それでも、車から降りて光汰を現場に連れていくのは躊躇われる。場合によっては見せられないような惨状になっていることもあるし、光汰も巻き込まれてしまう可能性もあるからだ。


「こっちだよ、小林さん」


 小林が丁寧に駐車を終わらせると同時に、大きな声がした。普段はそんな素振りをまるで見せない幸城がマンションの入口で小林をよんでいた。


「宮城くん、光汰くんを任せていいかな?」


 小林が落ち着いた声で問いかけてきた。まだ高校生の光汰を一人にする訳にはいかないし、かといって連れていく訳にもいかないからだ。現場がどうなっているのかなんて分からないからだ。ただ、蒼也のネックガードからは異常値は送信されては来ていない。それだけが救いなのだが、GPSの受信が不安定なこの状態で信じていいのかどうか疑問ではある。


「はい、大丈夫です。俺アルファですから」

「ありがとう。任せたよ」


 小林は一度光汰の頭を撫でると、鍵を宮城に渡して幸城の方へと走っていった。幸城は宮城の言った通りマンションの玄関を開けるカードキーで玄関を開けると、なんの迷いもなくエレベーターに乗り込む。


「えぇっと、何故階数を?」


 なんの迷いもなく15階のボタンを押す幸城に、小林は疑問を述べた。確かに、オメガである蒼也を拉致した不届き者は運転手付きの高級車に乗っていたの聞いたから、最上階に住んでいると思って間違いないだろう。だが、それはあくまでも予想であって確証では無い。


「え?ああ、麗子の部屋は十五階で間違いありませんよ」

「麗子?   いや、麗子って誰です?」

「麗子がここに住んでることを知らないんですか?」

「知らないもないも、そもそも麗子って誰です?」


 小林の疑問と、幸城の答えが噛み合わない。幸城は宮城からマンションの名前を聞いて直ぐに二階堂麗子の仕業だと推測した。麗子は城崎にご執心で、しかも映画館に乗り込んだと聞いていたからだ。シェルターのBBQ大会なんかに参加するようなアルファでは無い。なぜなら麗子はアルファ至上主義の女アルファだからだ。


「小林さん、あそこのシェルターの職員のくせして二階堂麗子を知らない?」

「二階堂麗子?二階堂家にそんな名前の人いました?」


 小林は首を傾げてしきりに考えているようだ。どうやら小林の頭には本家と分家の表立ったアルファの情報しか入っていないようだった。分家のしかも会社経営やショッピングモールの運営に携わっていないような者は、小林からしたら名前を覚える価値はないようだ。


「     知らないのならいいです。今日知って下さい」

「分かりました」


 最上階の十五階につき、扉が開くと目的の部屋がすぐにわかった。そこには玄関ドアの前にひと目でわかる大柄な男が二人も立っていたからだ。

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