第34話 日常時々非日常


世間で連休とは言え、前半と後半と言われるだけに平日があるのは学生にとってはしんどいものだ。


「学校だるい、発情期ですって休みたい」

「ダメだよ。それやったら次の発情期どうするの」

「周期が乱れました。って言えばいいじゃん」

「無理だよぉ、小林さんが許してくれないよ」


 そんなことをわちゃわちゃと喋りながらバスに乗る。乗客の数が少ないのは、会社が休みの会社員が多いからだろう。近くの工業団地の会社は、二日の平日も休日にしているところが多いようだ。

 けれど教室に入って、登校してきた生徒の数が少ないことに気がついた。


「もぉ、お金持ちの子は休んでんじゃん」

「光汰落ち着いて」

「きっと海外に行ってるんだよ。羨ましい」

「まぁまぁ、お土産期待しよう?ね?」


 シェルター組と一般家庭組は登校したけれど、やはり名家やそれに連なるお家の子は休んでいた。連休前に聞いてはいたけれど、海外旅行に行っているらしい。となれば一組のアルファたちも休んでいるのかと思いきや、案外登校していた。

 騒ぎまくる光汰のためなのか、昴と颯斗が廊下から手招きをしているのが見えた。


「お土産」

「海外じゃないけど、親の仕事に同行させられたんだ」


 それでも渡された紙袋は見ただけで分かる北海道銘菓のものだった。


「うわぁ、チョコ?」


 素早く反応して光汰が紙袋を受け取る。お礼もそこそこに中身を確認するのはいささか行儀が悪いと思うけれど、昴と颯斗は何も言わずに笑っている。


「シェルターから許可貰うの大変なんだよ。夏休みは申請してみたら?」

「ああ、それね。交通費がかかるじゃん」


 光汰は面倒くさそうに返事をする。


「シェルターに泊まればタダなんだから、ちょっとお小遣い貯めればなんとかなるだろう?」

「夏休みなら沖縄がいいなぁ僕」

「それこそ飛行機代貯めないとね」

「あーあ、アルファ様がチケットくれないかなぁ」

「恋人になってくれたらね」

「それは無理ぃ」


 そんなやり取りを堂々と廊下でしてしまえる光汰に感心しつつ、蒼也は受け取ったお土産をクラスメイトたちと仲良くわけあった。光汰は笑いながらお礼と称して投げキッスなどを披露しているのだから、このやり取りはいつもの事なのだろう。


「すっごい、美味しい」


 教室に入るなり光汰は直ぐにお土産のチョコレートを口にした。


「四ノ宮くんは光汰くんが喜ぶからいつもコレよねぇ」

「お礼がアレなの恒例行事だし」


 中学から同じ学校に通うクラスメイトたちは、見飽きるほどのことらしく、笑い話にしている。中学で第二次性が確定してから、アルファたちはわかりやすいぐらいにオメガである光汰たちを特別扱いしてきたそうで、特別なお土産を買ってくるのもそのひとつらしい。発情期で学校を休めば、その間の授業のノートを取っておいてくれたり、授業内容を教えてくれたりしたそうだ。全てにおいてオメガである光汰たちを特別に扱うことで、最初からベータたちに関心がないことを見せつけているのだそうだ。

 に、しても、蒼也は先程の会話で気になることがあった。


「ねぇ、シェルターに泊まればタダってなに?」


 そう口にしてみると、クラスメイトたちは顔を見合せてそれから蒼也の顔を見た。


「蒼也くん、知らないんだ?」

「シェルターにいるんだよね?」

「説明されなかった?」

「え?なにを?」


 まったく意味のわからない蒼也はしきりに瞬きをして、この状況を確認する。けれど、分からないものは分からなかった。何しろシェルターでの説明は、発情期明けのぼんやりとした頭で聞いていたからまともに覚えていないし、その後部屋にあるタブレットで未だに確認もしていないのだ。


「蒼也はぁ、ちゃんと説明聞いてなかったんでしょ」


 光汰がそう言いながら蒼也の頬をつついた。


「  うん、まぁ」


 バツの悪そうな顔をして蒼也は答える。


「まぁ、夏休み前に説明会があるんだけど、クラスで知らないの蒼也だけだから教えとくね。オメガはね、日本全国のシェルターにタダで泊まれるの」

「全国?」

「そう、全国。北は北海道から南は沖縄まで、っても予約は必要だよ」

「そうなんだ」

「オメガにも、色々事情があるでしょ?蒼也みたいにちょっと家族と揉めちゃったとか、恋人がストーカーになったとか、そんな時のためにお試しでシェルターに泊まれるシステムなんだよ」

「     なるほど」


 蒼也が家出みたいにシェルターに飛び込んだことは、もうクラスのみんなが知っていることで、今更誰も驚かなかった。それよりもお試しでシェルターに泊まれるとは知らなかった。


「オメガは貴重だからね。アルファ様たちは選ばれたいわけ、それにさ、進学や就職で引越しするでしょ?オメガが住める物件って少ないんだよ。だからシェルターを利用するの」

「へえぇ」

「時期が来たらちゃんとした説明会が開かれるから、詳しいことはまたその時に聞けばいいよ」


 いつの間にかに担任教師がやってきていて、みんな慌てて席に着く。


「まったく、生徒は休めても教師は休めないんだからな」


 そんなことを言いながら出席を取る担任は光汰を見ながら笑っている。


「俺は嬉しいよ。青木が連休の中日に登校したんだから」

「なにそれ」

「中学の時は休んでいただろう?成長したなぁ」

「なんでそんなこと?」

「なんでって、そりゃ内申に書いてあったからだろう」

「うわぁ、内申ってそんなことまで書かれてるの、酷い」

「酷いのは光汰じゃん」


 蒼也が締めくくり、わちゃわちゃとしたホームルームが終わった。クラスメイトたちはこの間のシェルター主催のBBQに参加していたから、その時撮った写真なんかを休み時間に見せあった。貰った北海道のお土産は、学校にいるうちに全部食べてしまったのだった。


 そうして放課後、特に用事がなかった蒼也は一人でバス停に向かった。光汰が中学からの知り合いのアルファからお土産を受け取ると言ったからだ。わざわざ放課後に渡す約束をしてきたのだから、邪魔をしてはいけない。バラバラにバス停に向かっても、乗るバスは一緒だからさして意味は無いけれど、それでもほんの一時一人になることは蒼也には必要だった。別にいつも集団でいることが嫌な訳では無い。ただ、たまには一人になりたいだけだ。

 連休中日であるから、委員会や部活動は精力的に活動していた。晴れて湿度も低く、体が動かしやすいからだ。


「あ、あのっ」


 花壇の脇から一人の女子生徒が立ち上がり光汰の前に立った。声をかけるのと動きが随分と早くて、隣を歩いていた宮城がその間に割り込んだ。


「何あんた?光汰になんの用?」


 若干威嚇するような空気を醸し出し、宮城は相手を睨みつけた。


「あ、ごめんなさい。私石川亜弓と言います。その、蒼也のお友だち、ですよね?」


 名乗られて光汰は相手のことを上から下までじっくりと見た。話には聞いていたが、本当に蒼也の姉が学校にいたのだ。


「そうだけど、何か用?」


 蒼也からの話だけを聞く限り、姉の亜弓は典型的なベータ女子である。そう言った意味で光汰は警戒しつつ返事をした。もちろんアルファである宮城の腕を掴んだまま。


「蒼也って、恋人がいるのかな?年上の、高そうな車に乗ってる感じの人」

「   恋人、蒼也、の?」


 突然与えられた情報を頭の中で整理する。恋人では無いが、それに該当しそうな人物が一人光汰の頭に浮かんだ。


「さっき、校門に迎えに来てたから」

「あ、そうなんだぁ、一緒に帰る約束してたのに   お姉さん教えてくれてありがとうございます」


 光汰はそう返事をして頭を下げた。だが、隣に立つ宮城に目で合図を送る。宮城も理解したのかポケットからスマホを取りだし電話をかけた。


「あ、俺です。洋一郎です」


 何気ない振りをしたまま光汰は宮城の腕を掴んで校門まで歩く。けれど指先は白くなるほど宮城の制服を掴んでいた。


「城崎さんが迎えに来たんなら、お姉さんは姿を見たはずだよね」

「ああ、城崎さんはいま裁判所にいるってよ」


 会話を終えた宮城が光汰に答える。蒼也の恋人らしき人物である城崎が、蒼也をエスコートせずに車に乗せるはずがない。そしてそれは間違いではなく、光汰の知らないアルファが蒼也を連れ出したことが確定した。


「どうしよう。また蒼也が拐われちゃった」

「は?また?またってなんだよ?」


 校門の影で宮城が光汰に問う。


「春先に、ベータの女に」

「で?」

「城崎さんの事務所にいたベータ女だよ。直ぐに城崎さんが助けてくれたから   」

「あれか、わかった。     ってことは、今回も城崎さん狙いの女の仕業か?」

「わかんないよ。BBQの時に狙われたかもしれない」

「そっちもあるのかよ」

「小林さんに連絡してみる」


 光汰はバスを待ちながら小林に電話をかけた。

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