第30話 護るもされるも
城崎から貰ったピアスをして行っても、学校で怒られるようなことはなかった。逆にオメガクラスの生徒たちから羨ましがられ、入学前に仲良くなったアルファの二人から「残念」と言うコメントを貰った。意味はよく分からなかったけれど、他のアルファの匂いのするオメガに手を出さないのは暗黙のルールたのだそうだ。
「やっぱり力のあるアルファに護られるのが一番だよね」
教室の隅でクッションを抱き抱えての井戸端会議にもようやくなれた。教室の大きさはほかのクラスと変わらないのに、生徒数が少ないからロッカーのある教室の後ろは広いスペースがある。そこに絨毯が敷かれているのは体育の授業などの時、ここで着替えるからだ。もちろん、敷かれている絨毯もアルファ様からの贈り物だ。
「それでも理解力のないベータや、格下のアルファがシャシャって来るのうざいよね」
「くるの?」
「くるよぉ、だってベータは匂いわかんないじゃん」
明るく笑いながら言ってはいるけれど、その目は笑っていない。
「だいたいさぁ、「私の方が先に好きだったのに」ってなんなの?」
「あー、あったねぇそんなこと」
光汰の発言で一斉に笑いだした。蒼也だけが分からず首を傾げる。
「中学の時に、ベータのバカがやらかしてくれたの」
笑いながらそう言って光汰の肩を叩くから、光汰が仕方がないな、というような顔をして話してくれた。
光汰たちシェルターに住むオメガは学区内の公立中学に通っていた。義務教育だから当然のことで、シェルターの学区内であるからオメガ保護法に基づき隔離部屋なども用意された学校だった。だから学年に必ずオメガはいるし、教師たちもそれ相応の対応が出来るものしかが配属されてはいなかった。けれど選べないのはベータの生徒たちで、住んでいる地域の学校に通う。小学校の時は意識しないけれど、中学に入り第二次性検査が行われたあとに、思春期特有の好奇心からやらかしてくれたバカがいたのだ。
制服のワイシャツの下に、隠れるように巻かれていたネックガードを背後から触ってきたのだ。オメガの急所でもある項を触られたから、光汰は悲鳴を上げた。それも授業中であったから、悲鳴を上げた光汰に教室中の視線が集まる。それどころか、隣のクラスから教師が駆けつけるほどだった。
悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた光汰のことを、後ろの席のベータ男子がニヤけた顔で見ていた。それを確認した時、光汰は立ち上がると同時にそいつの頬を勢いよく叩いたのだ。そんな反撃を食らうとは思っていなかったのだろう、不意打ちを食らったベータ男子は呆気なく床に倒れた。
「セクハラで、訴えてやる」
光汰が、そう叫んだことでようやく教師が教壇から駆け寄ってきた。光汰とベータ男子を交互に見比べ、光汰の肩を掴んで隣のクラスの教師に預ける。そうして床に倒れたベータ男子を立ち上がらせて質問をする。
「お前、なにをしたんだ?」
けれどベータ男子は答えず、光汰に叩かれた頬を抑えるだけだった。
教師は板書をしていたし、教室の生徒たちもそれをノートに書き留めていた。だから誰も二人の間に何があったのか見ていなかった。と言うことになりそうな雰囲気になった時、教室の一番後ろに座る生徒が手を挙げた。
「はい、先生。僕は見ました。関根くんは青木くんの項に触りました」
それは学年にいる唯一のアルファだった。
光汰の項に触れたベータ男子は、両親が呼び出されて厳重注意を受けた。親子共々シェルター職員からオメガ保護法についてと第二次性について講義を受けるという処罰となった。そんなことに有給を使用することになってベータの両親は文句を言っていたらしいが、オメガ保護法は昨日今日に成立したものでは無い。シェルターがあることを知りながらそこに居を構えたのだから、文句は言えないという訳だ。オメガと関わりたくないのなら、シェルターのない地域に住めばいい。それだけで随分と違ってくる。ただ、シェルターのある地域は活性化していて暮らしやすいのだ。
「シェルターは動かせません。文句があるならこの地域に住まなければいいだけのことなんですよ」
不満たらたらのベータの両親に向かって最初に言い放たれたのはそんな言葉だった。
「学区ぐらい確認してから家を建てれよろしかったんですよ。こちらのシェルターは一之瀬家と二階堂家の管轄になっていますんで、これ以上ごねれば当然報告させていただきますが、よろしいですね」
言いながら資料を弄ぶ。国家公務員でありながら、シェルターの職員は時に横暴な態度をとる。それはオメガを軽んじる態度をとるベータに遭遇した時だ。そんな時は隣接するショピングモールのオーナーとなっている名家の名を出せば大抵黙り込む。勤める会社が少なからず関わっているからだ。
「 ぁ っその、お手間を取らせて申し訳ありません。本日は、よろしくお願いします」
ようやくベータの両親が頭を下げて講義が始まった。学校の授業より退屈で、関わらなければ生涯必要としない知識を教えこまれるのは苦痛で、とてつもなく苦痛である。
「私の方が先に好きだったのに」
騒ぎのあった翌日、下駄箱で靴を履き替えていた光汰にそう言ってきたのはベータの女子だった。後ろには友だちらしい似たような雰囲気の女子生徒が数名いる。
「何の話?」
意味のわからない光汰は睨みつけるような目線で相手を見た。平凡よりは多少抜きん出てはいるけれど、それでもベータはベータだ。思春期に入り第二次性徴期を迎えれば、それぞれの性に基づき成長はするものの、そこには個性が伴い、まして、ベータであればそこには限界というものがある。どんなに努力をしようとも、アルファを虜にするオメガに叶うわけなどないのだ。
「宮城くんのことよっ」
「宮城? ああ、昨日の」
話のつながりがようやく見えた光汰は面倒くさそうに答えた。実際面倒なのだ、アルファのことでベータと話わすることは。
「宮城くんに庇われたからって、いい気になんないでよね。オメガのくせに」
言われて光汰は直ぐに理解した。だからこそ、こいつにも教えてやらなければならないのだ。
「何言ってんの、ベータのくせに。アルファがオメガを護るのは当たり前なんだよ。そんなこともわかんないわけ?」
そう言ってやれば、ベータの女子は一歩光汰から離れる。
「お前も、関根と同じなのかな?一之瀬家と二階堂家、敵に回したい?」
「な、言って、んの よ」
光汰は静かに威嚇のフェロモンを流していた。理解力の低いベータの相手をいちいちするのは正直面倒くさい。未熟なベータが相手なら、光汰が出せるフェロモンでも十分だった。
「先とか後とかないから、ベータのくせしてアルファとオメガの間に割り込めるなんて思うなよ。お前が僕より綺麗になれる未来なんかないんだよ」
そうやって光汰が嗤ったから、ベータの女子はそのままその場に座り込んでしまった。腰が抜けたのだろう。
「ベータのくせして調子にのんなよ」
光汰の捨て台詞が全てだった。他のベータの生徒たちは何も言ってこなければ、座り込んだベータの女子に手を差し出したりもしない。シェルターのオメガが何たるかを知っている生徒たちは、ただ黙って見ているだけだった。
「それは、なかなかな体験だったね」
話を聞いて蒼也は思う。光汰のように強いオメガになりたいと。
「まぁ宮城はアルファの義務で行動しただけだからさぁ、僕のことが好きとかないんだよね」
「そーそー、アルファがオメガを護るのは当たり前の行動なんだから」
「そ、う、なの?」
まだその辺のあたりが理解できない蒼也は首を傾げるしかない。
「でも、まぁ」
そう言って光汰の手が蒼也の耳に伸びる。
「これは違うよ、蒼也」
「 っ」
思わず蒼也の頬が赤くなった。
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